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婚約破棄して「お前などいなくても困らない」と言った王太子様へ。 私が隣国で魔導具革命を起こした結果、そちらの国が崩壊したそうですが?

作者: くるり
掲載日:2026/02/21

「エルゼ・アステリア! 貴様との婚約を破棄し、この国から追放する!」


王立アカデミーの卒業パーティー。

シャンデリアの光が降り注ぐホールの中央で、婚約者であるヴィルム王太子が声を張り上げました。

その傍らには、可憐に震える男爵令嬢、ミりィが寄り添っています。


「……婚約破棄、ですか。理由は伺っても?」


私は手に持っていた冷え切ったハーブティーを一口飲み、静かに問い返しました。

周囲の貴族たちは「ついに捨てられたか」「地味で無能な公爵令嬢にはお似合いだ」と、隠しもしない嘲笑を向けてきます。


「しらばっそれるな! 貴様、聖女として目覚めたミリィの魔導具を壊し、あろうことか『ガラクタだ』と罵ったそうだな!」


「……ああ、あの効率の悪い加熱回路のことですか? 事実を申し上げたまでですが」


「黙れ! 以前から気に入らなかったのだ。貴様が執務室に籠もって書き連ねていた研究成果も、すべてミリィの助言によるものだったと本人から聞いている。ゆえに先ほど、貴様の名のつく特許はすべてミリィ名義へ書き換えさせ、貴様の研究予算は彼女の『聖女基金』へと全額没収した!」


「…………」


その瞬間、私の心の中で、プツンと何かが切れる音がしました。

私が不眠不休で作り上げた『魔力の永久循環回路』。

その特許使用料で、この国の国家予算の三割が賄われていたというのに。


「……私の特許を、彼女の名義に?」


「そうだ。無能な貴様が名乗るより、聖女の名があった方が国民も喜ぶ。貴様は明日から、その要領の悪い手際を反省するがいい!」


私は、俯いて震える肩を隠しませんでした。

悲しいからではありません。……あまりの滑稽さに、笑いを堪えるのが必死だったからです。


「分かりました。……では、特許も、予算も、私が今まで維持してきた『これら』も、すべて彼女に引き継がせていただきますね」


私は、この国のインフラを支えていた『指輪』を、音もなく机に置きました。


私はふっと息を吐きました。

確かに、この指輪も、私のコートも、王家の予算(といっても私の研究成果で得た特許料の数パーセントですが)で作ったものです。


「……ですが殿下、一つだけ確認を。私が今ここで『すべて』を置いて行けば、私は自由の身ということでよろしいですね?」


「ああ、二度とその顔を見せるな!」


「分かりました」


私は指先から、長年愛用していた魔導指輪を抜き取りました。

それは、この王都を囲む『大結界』の制御キー。


続いて、胸元のブローチを外しました。

それは、王宮内の全魔導具を動かす『魔力増幅炉』のバイパス装置。


最後に、私が常に書き留めていた手帳を床に置きました。

そこには、この国の古びた魔導インフラを無理やり動かし続けるための、『補正計算式』が記されています。


「では、失礼いたします。……あ、言い忘れておりましたが、ミリィ様」


震える男爵令嬢に、私は最高の笑みを向けました。


「私のメンテナンスがない状態での魔導具の連続使用は、お控えになった方がよろしいですよ。……爆発しますから」


「な、何を不吉なことを……! 負け惜しみは見苦しいわ!」


私は返事もせず、ドレスの裾を翻してホールを後にしました。

背後から「せいせいした! 明日からは聖女であるミリィがこの国の魔導具を管理するんだ!」という殿下の高笑いが聞こえてきます。


――馬鹿ね。


私は知っています。

あと10分もすれば、私の指輪から供給されていた魔力が途絶え、王都を照らす魔導灯が一つ、また一つと消えていくことを。

そして一晩明ける頃には、この国の全システムが「沈黙」することを。

だってそういう風に仕組んだのだから


夜の王宮門を出たところで、一台の漆黒の馬車が止まっていました。

馬車から降りてきたのは、夜の闇よりも深い色のマントを羽織った、氷のような美貌の青年。


「……ようやく、隙ができたか」


隣国の皇帝、シグムンド陛下。

なぜ「死神」とまで恐れられる彼がここに?


「エルゼ・アステリア。君を迎えに来た。……いや、どうか我が帝国を救ってほしい」


「陛下? 私は今、無能として追放されたばかりなのですが」


「無能? 冗談はやめてくれ。君が一人でこの国の『心臓』を握っていたことは、調査済みだ」


彼は私の冷え切った手に、自らの暖かい手を重ねました。

そして、熱のこもった瞳で私を見つめます。


「……三日も持ちますかしら、この国」


私がそう呟いた瞬間でした。

背後の王宮から、ガシャァン! という不気味な破砕音が響きました。


かつて私が、数万の数式を編み込んで維持していた『大結界』の端が、ついに物理的な限界を迎えたのです。

夜空を覆っていた透明な膜が、まるでガラスが割れるように剥落し、キラキラと残酷な光を放ちながら地上へ降り注ぎます。


「見てごらんなさい、陛下。あんなに綺麗に壊れていく」


私は一度も振り返りませんでした。

ですが、背中で感じていたのです。

王宮の窓から漏れていた暖かい光が、ドミノ倒しのように次々と消え、豪奢な石造りの建物がただの「冷たい岩の塊」へと成り下がっていくのを。


「エルゼ……」


シグムンド陛下が、私の肩にそっと漆黒の外套をかけました。

王国の紋章が刻まれた私のドレスを覆い隠すように。

まるで、私の過去ごと塗りつぶして、自分の色に染め上げるかのように。


「あんな連中のために、君の指先を汚す必要はない。君が注いできた魔力も、知性も……これからはすべて、私が買い取ろう」


陛下の手が、私の頬に触れました。

軍人特有の硬い手が、壊れ物を扱うようにそっと触れます。


「……陛下、高いですよ? 私の技術は」


「構わん。私の帝国を、私の魂を、そしてこの心臓を対価に捧げよう。……さあ、行こう。君がいないと息もできないような場所ではなく、君がいることで輝く場所へ」


ガクン、と馬車が動き出しました。

その瞬間、遠くでヴィルム王太子の「な、なぜ灯りが消える!? おい、誰か魔法を供給しろ!」という、情けない絶叫が風に乗って聞こえてきた気がしました。


私はそっと、馬車のカーテンを閉めました。


「さようなら、ヴィルム殿下。……いいえ、ただの『無能な王子様』」


暗闇に沈んでいく王宮を見捨てて、私は目の前の、自分を必要としてくれる「死神」の胸に深く顔を埋めたのです。





帝国へ向かう馬車の中。

ふかふかの毛皮に包まれた私は、対面に座るシグムンド陛下から、信じられないほど熱い視線を浴びていました。


「……あの、陛下。そんなに見つめられては、魔導回路の設計図が書けませんわ」


「構わん。君が呼吸をしている、その事実だけで帝国には利益がある。……エルゼ、空腹ではないか? 喉は乾いていないか? 寒くはないか?」


「いえ、至れり尽くせりですので」


実際、馬車の中には王国では見たこともないような魔導冷暖房が完備され、最高級の菓子が山積みにされています。


「そうか。……アステリア王国は、君を『研究オタク』と呼んだそうだな」


陛下の声が、一瞬だけ低く冷え切ります。


「ああ、あの愚か者共め。君が一人で、王国の全魔導具の『メンテナンス』を肩代わりしていたことも知らずに。……エルゼ、我が国ではそんな真似はさせない」


「えっ? 仕事をさせていただけないのですか?」


私が不安げに尋ねると、陛下は慌てたように私の手を取り、指先にそっと唇を寄せました。


「違う。君には『設計』と『命令』だけをしてほしいのだ。実作業メンテナンスは、我が国の魔導師団が分担して行う。君はただ、その天才的な頭脳で、好きなものを作ればいい」


帝国の度肝を抜く「最初の一仕事」

帝国に着いた翌日。

私はさっそく、陛下から与えられた「国家最高機密工房(という名の豪華な宮殿)」で、一つ試作を作ってみることにしました。


「まずは……そうですね。帝国の騎士様たちの鎧が重そうですから、『重力軽減の刻印』を刻んでみましょうか」


数時間後。

演習場に集まった帝国騎士団の前で、私がその鎧を披露すると――。


「な、なんだこれは……!? 鉄の塊のはずなのに、羽毛のように軽いぞ!」

「それだけじゃない! 身体能力が三倍、いや五倍に跳ね上がっている……!」


ざわつく騎士たち。

そこへ、帝国随一の魔導宰相が血相を変えて飛んできました。


「エルゼ様! これは……これは失われた古代魔導の『魔力圧縮の刻印』ではありませんか!? 王国ではこれを、何に使っていたのですか!?」


「ええと、王太子の寝室の温度調節エアコンを、1度単位で細かく設定するために流用していましたが……」


「…………」


魔導宰相は絶句し、そのまま膝をつきました。

「あの国は……神の指先を、泥遊びに使わせていたのか……ッ!」


一方その頃、アステリア王国では――

「おい! なぜ街の灯りがつかないんだ! 夜だぞ!」


王宮では、ヴィルム王太子が真っ暗な廊下で怒鳴り散らしていました。

足元には、彼が「聖女」と崇めたミリィが、煙を吹いた魔導具を前に泣きじゃくっています。


「だ、だって……エルゼ様が残した手帳、文字が細かすぎて何が書いてあるか分からないんですものぉ……!」


「そんなはずがあるか! 貴様は聖女だろう!?」


「し、識字魔法を使ってもダメなんです! 構造が複雑すぎて、一箇所いじると別の場所が爆発するんです……!」


ドガァァァン!!


遠くで大きな爆発音が響きました。

王都の上下水道を管理していた魔導ポンプが、過負荷で自壊した音です。

明日から、王都の民は一滴の水も飲めなくなる――。


そんな惨状など露知らず。

私は、シグムンド陛下に抱き寄せられ、テラスで星を眺めていました。


「エルゼ。君の技術があれば、世界を滅ぼすことすら容易だろう。……だが、君はそれを望まない」


陛下は私の腰を強く抱き寄せ、耳元で熱く囁きます。


「君が作るものは、人を幸せにする。……だからこそ、私は全力で君を守る。王国が君を奪い返しに来ようと、大陸中の軍隊を敵に回そうと、君の自由と笑顔だけは私が買い占めよう」


「陛下……。重いですわ」


「愛か? それとも魔力か? ……どちらも、君にだけは無限に注ぐと決めている」





帝国へ渡ってから三ヶ月。

私が開発した「超効率魔導コンロ」と「自動魔導清掃機」は、帝国の全家庭に普及し、国民の幸福度は戦後最大を記録していました。


そんなある日。


帝都の謁見の間に、ボロボロになった一団が這うようにして現れました。


「エルゼ……! エルゼはどこだ! 戻ってきてくれ、頼む!!」


謁見の間、かつて高慢に婚約破棄を突きつけたヴィルム王太子は、今や見る影もありませんでした。

泥と煤にまみれたその姿は、一国の王子というより、路地裏に這いつくばる物乞いのようです。


「お久しぶりですわ、ヴィルム殿下。……ずいぶんと『個性的』な装いですこと」


私がシグムンド陛下の隣から見下ろすと、ヴィルムは弾かれたように床に額を擦りつけました。

ガツン、と鈍い音が広間に響きます。


「エルゼ! 頼む、この通りだ! 私が悪かった! だから王都へ……いや、我が国を救いに来てくれ!」


「あら、あれほど『無能な研究オタク』と私を罵っていたのに? 特等席で私の研究成果を奪い、ミリィさんに捧げたのは殿下ではありませんか」


私の言葉に、ヴィルムは顔を真っ赤にしながら、隣でガタガタ震えているミリィを指差しました。


「こ、こいつだ! 全部、このミリィが私をそそのかしたんだ! 『私ならエルゼ様よりもっと上手くやれる』と甘い声で誘ってきたから、私はうっかり騙されただけで……! そうだ、悪いのは全部こいつだ! 私は被害者なんだ!」


「ちょ、ちょっとヴィルム様!? 酷いじゃない!」


「黙れ! この役立たずの女が! お前が特許を書き換えさせたせいで、帝国から莫大な損害賠償請求が来て、国庫は空っぽだ! お前のせいで私はっ……!」


ヴィルムはなりふり構わずミリィの髪を掴み、責任をなすりつけ合って床を転げ回ります。

その醜悪な痴話喧嘩に、シグムンド陛下は深く冷たい溜息を吐きました。


「……不快だな。エルゼの視界に、これ以上汚物を入れないでくれ」


陛下の合図で、騎士たちがヴィルムの首根っこを掴んで無理やり引き剥がします。

ヴィルムは涙と鼻水で顔をぐちゃぐちゃにしながら、今度は這いずって私に縋りつこうとしました。


「エルゼ、愛している! 婚約破棄はなかったことにしよう! 特別にお前を『正妃』にしてやる! ミリィは……ミリィは地下牢に叩き込むから! だから今すぐ王国の魔導炉を修理してくれぇ!」


「正妃、ですか? 陛下、聞こえました?」


私が可笑しそうに尋ねると、陛下は私の腰を抱き寄せ、ヴィルムを射殺さんばかりの目で見据えました。


「……私の婚約者に対し、どの口が『側妃』だの『正妃』だのと抜かす。貴様のような、自分を守ってくれた宝をゴミ箱へ捨てるような無能に、エルゼは勿体なさすぎる」


「ひ、ひぃぃぃ……っ!」


ヴィルムは恐怖で失禁し、ガチガチと歯を鳴らして震え始めました。


「ヴィルム殿下。あなたが『ガラクタ』と呼んで捨てた私の指輪……あれは私が離れると同時に、私が組んでいた全プログラムを消去し、物理的に爆発するよう設定してありました。今さら戻ったところで、あの国にあるのは瓦礫の山だけですわ」


「そ、そんな……。じゃあ、私の……私の国はどうなる……?」


「知ったことではありませんわ。さようなら、ヴィルム『元』殿下。あ、お帰りの際は、私が開発した『魔導高速馬車』のチケットを買っていくとよろしいですよ。……もっとも、お財布に金貨の一枚でも残っていればの話ですが」


衛兵に引きずり出されていくヴィルム。

「エルゼー! 助けてくれー! 悪かった、私が馬鹿だったぁぁー!」という惨めな叫び声が、帝宮の長い廊下に虚しく響き渡りました。


その後

王太子たちは衛兵に引きずり出され、後に残ったのは、静寂とシグムンド陛下の溜息だけ。


「……エルゼ。あんな男に、少しでも言葉をかけてやる必要はなかった」


「ふふ、陛下。最後のお別れですから。それより……」


私は陛下の胸元に顔を埋めました。


「開発中の『全自動マッサージチェア』、完成したら一番に陛下に座っていただきたいのです。最近、お疲れのようですから」


「……ああ。君がそばにいてくれるなら、それだけで私は癒やされる」


陛下は私の腰を引き寄せ、深い口づけを落としました。

滅びゆく王国と、反映する帝国。

幸せの温度差は、もう二度と埋まることはないのでした。

最後までお読みいただきありがとうございます!

いつもより短めにサクッと読めるように書いてみました。


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