5話 変化の兆し(1)
アレスが部屋を出た後少ししてお父様だけが部屋に来た。
私はベッドに上体だけ起こして座った。
「申し訳ありませんお父様、まだ少し体が重く、このような状態でお話をさせてください」
淑女として謝るとお父様は小さい声で「構わない」そう言ってベッドの隣の椅子に座る。
座ってからしばらく私の顔色を伺いながら、少し困ったように話し出した。
「……体調はどうだ?」
その声色は少し心配しているのが伝わってくる……。
でも同時に何か、違うと感じた。
お父様はーー確かに落ち着いた方だったし声や仕草も私の小さい頃の記憶にあるお父様だ。
見た目も確かにお父様で間違いないのに、腑に落ちない小さな疑念が、胸にそっと沈む。
お父様の頭から足元までをゆっくりと眺めて気づいた。
そうだ、お父様は右足を怪我していたはず。
それなのに、目の前にいるお父様は杖をついていないし右足を引きずってもいない。
私は心の中で、首を傾げながらお父様の顔を見直した。
「はい、気分は良くなりました」
お父様はいつ、怪我をされたんだったかしら……?
「そうか……それならいい」
話が続かず沈黙が部屋を支配する。
小さい頃はもう少し普通に話をしていたと思うのに。
私はあのループで話しにくくなってしまっているが。何故だか、お父様まで話にくそうにしている気がした。
確か、お父様やお母様とあまり話をしなくなったのは学園に行って私が“悪女“と呼ばれはじめたくらいからだと思っていたけれど。
こんなに早くからお父様は私と話しにくそうだったかしら?
前の人生の時にはまったく気づかなかった。
「魔力測定だが……」
何も話さない私の様子を伺うようにお父様が口を開く。
「5日後に行うように話をした」
「……はい、分かりました」
どうやら、延期になった魔力測定の日取りの話をしにきたみたいだった。
「それから、ヴェルシエル殿下もやはり立ち合いをしてくださるそうだ、忙しくお前にも会えていないし、今見舞いに来るのはセレナが休めないだろうとその日に会おうとのことだった」
お父様の話には私の胸に違和感を落とす。
殿下が私に気を遣われている?
あの頃の私たちの間にはお互いを気遣うことよりも勉強や周囲の評価ばかり気にして、距離が出来てしまっていた。
それでも私は改善しようと努力をしていたと思っていた……。
私を避けて冷たい目をする殿下、妹には変わらない優しい笑顔を見せる。
そんな彼を寂しさと哀しさで見てきたけど……。
もしかしたら殿下だけじゃなくて、私自身も彼にどこか違った態度を取っていたのかもしれない。
今そう思えたとしても、やっぱり会いたくない気持ちは変えられない。
あれだけ助けを求め、愛を求め、許しを願った私に彼は信じることなく無情に処刑を言い渡す。そして、他でもない私の妹を選ぶのだ。
そんなことを98回も繰り返し見てきた私に、どんな顔して殿下と会えばいいというのだろう。
もちろん今の彼らはそんなこと、知らないのは分かってはいるし例え、今のお父様たちみたいに優しい殿下だったとしても、私はどう接したらいいのか分からない。
お父様から視線を逸らし下を向く。
「……殿下は、必ず来て頂かないとダメ、でしょうか?」
口からは無意識に殿下を拒絶する思いが漏れる。お父様を見上げると私を見るその表情からは、困っているのを感じ取れた。
お父様は少し考えてから口を開く。
「思うことがあるようだが彼はこの国の象徴、そしてセレナ、お前はそんな彼の婚約者として選ばれたんだ、貴族としての責務を果たしなさい」
アリーが言ったら?
思わずそう思ってしまった。
貴族の責務、正直今の私にはどうだっていい。
そんなものどうせ果たされることなんないんだから。けれど、今のお父様に何を言っても無駄よね。
「……わかり、ました。変なことを言って申し訳ありません。お父様」
私はギュッと拳を握りもう一度下を向いた。
「分かったならいい、よく眠りなさい」
そう言ってお父様は少し不器用に私を宥めるよう頭を撫でて部屋を出た。
嬉しいはずなのに、今では拒みたい気持ちでいっぱいになった。