4話 共鳴(2)
綺麗ね。
私は素直にそう思えた。
赤、ピンク、白に青や紫……色とりどりの花弁が太陽に照らされ揺れていた。
私にとってこの花だけは昔から“好きな花“だった。
可憐でどこか強さを感じ、それなのにどこか儚げで芯がある、そんな雰囲気が好きだ。
「いつ見ても綺麗……“彼“がお姉様の為に、植えたんだもんね……本当、摘んでしまいたいくらいに……綺麗」
アネモネに見惚れていると、横で同じように見たていアリーがそう呟いた。その声は何故か異様に空気を張り詰めさせる。
私は一瞬で血の気が引き、足元に冷たいものがまとわりつくのを感じ、アリーをチラッと見た。彼女の瞳はあの闇を映していた。
アリーは昔からこんな瞳をしていたの?
私の知っている幼いアリーは、笑顔が眩しいほど天真爛漫で、誰からも愛される無邪気な子。
でも、目の前にいる彼女はーー。
私を裏切り殿下の隣に立って微笑んでいたあの時の、闇の奥を纏ったような瞳とまったく同じ顔をしている。
くる、しいッ……上手く息が吸えない……。
ギュッと心臓を何かに鷲掴みにされているような苦しさを感じ胸を抑える。
「どうかした、お姉様?」
アリーが口元に笑みを浮かべながら近づいてくる。でも、その目は笑っていない。
ど、うしよう……ッ、動けない!
「アリシア様」
私に近づくアリーの前にアレスがスッと手を出し間に入る。
「セレナ様に私と植えた、ダリアをお見せになってはいかがでしょう?”時間”が来てしまう前に」
アレスの言葉に彼女は一瞬、考えるように目を閉じてからニッコリと笑った。
「そうね、お姉様。あっちに1番好きなダリアがあるから見に行こう!」
そう言って駆け出すアリーの瞳には、無邪気さが戻っていた。
まるで、何もなかったかのように。
いったい、あれはなんなのだろうか。
何故あの瞳に誰も反応しないの?
私だけしか見えてない?
私は体が強張り動けなくなっていた。
「お嬢様?大丈夫ですか?」
動かないまま一点を見つめて立ち尽くす私にマルセナが近づき問いかける。
私は小刻みに震える手を握りしめ、気持ちを落ち着かせ、詰まる言葉を絞り出す。
「……だい、じょうぶよ、行きましょう」
逃げ出したい気持ちを抑え、アリーの駆けっていった方へゆっくりと向かうが、さっきの冷たい波が足元を掬い重さを感じる。
でも、先に行く彼女を置いて部屋には帰れないし、あの瞳がなんなのかも知らなければならない。重い足を引きずりながら歩いた。
「あっ!お姉様、遅い、遅い!」
「ちょっと、アネモネに見惚れて」
精一杯、微笑んで見せる。
……上手く笑えてるかしら。
自分の表情に不安を覚える。
「“彼“が植えた花だもんね」
私の気持ちとは裏腹にアリーは切なげに微笑みながら話すが釈然としない。
さっきの暗い瞳もそうだけど、アリーがさっきからあのアネモネが“私の為“に植えられたように話すことに違和感を感じた。
そう言えば昔から8歳前後の記憶が曖昧で、あるにはあるはずなのに、どこか浮いているような妙な感じがしている。
だからか、誰が植えたのかしっくり来てない記憶に自分の前を歩く彼女に問いかけた。
「アリー、あのアネモネなんだけど」
「お姉様、ほら、見て!私の好きな花よ」
言葉を遮りアリーはまだ開花していない花を指差して無邪気に笑う、指の先にあったのは“ダリア“だった。
「まだ咲く時期じゃないけど、咲けばダリアもとっても綺麗なんだよ!お姉様は、花より植物の方が好きだろうけどね……咲いたら、一緒に見にこようね、”シエル”と”リアン”も昔みたいに四人、一緒に」
儚げで優しい顔でふわりと微笑むアリーに、見てはいけないという、得体のしれない感情が込み上げてきて視線を逸した。