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魔力量平民以下、無属性で悪役令嬢にされた私。ループ百回目で光属性を得て神龍に愛されたので運命を変え、静かに生きます。  作者: 神崎桜夜
一章

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26(2)

(……この目。変わっていない。前の人生で、私を断頭台へと導いたときの――)


体が一瞬強張る。

だがセレナはまぶたを閉じ、呼吸を整える。

しかし震えが止まらない。


(分かってる……ここは前とは違う、分かっているのに……)


目を堅く閉じ、セレナは下を向く。


「……少し、失礼致します」


アルディアがそう声を上げると同時に、セレナの耳に鎧が軋む音が響く。

目を開けなければと分かっているのに体がゆうことを聞かない。


「……セレナリア様」

「ッ!」


怯え膝の上で拳を握る彼女の手にアルディアがそっと手を重ねた。セレナは体を大きく揺らし驚きのあまり目を見開いた。


「あっ……」


開けた瞳に映ったのは跪き少し悲しげに微笑みを浮かべたアルディアの姿だった。


「セレナリア様、申し訳ございません。私はどうにも人に恐怖を与えてしまう顔のようで」


困ったように笑う彼女にセレナの胸は締め付けられた。


(あぁ……この方も前の人生とは違う。本来の彼女は自分の見た目が誰かを怖がらせると心配する優しいお方……)


セレナは大きく深呼吸をしてアルディアの手を握り返した。

アルディアは目を見開く。

そこには先程まで震えていた少女は居なかった。


「アルディア様、大変申し訳ありませんでした。決してあなたが怖かったわけではありません、ただ少しだけ記憶に揺れただけです」


その瞳に宿るは決意の炎。もう恐怖には揺れていなかった。


(……同じ人物か?)


アルディアがそう感じるほどセレナは強く見えた。


「それで……アルディア様、恐れながら……私は少しでも“力”を身につけたいと思っています」


アルディアの眉がわずかに動いた。


「力、ですか?」

「はい。私には殿下をお守りできるほどの剣も、術もありません。ですが、もう誰かの背に隠れるばかりでは何も変えられないと思うのです」


その言葉に、アルディアの表情が変わった。

驚きと、困ったような表情が混じるような微笑。


「……それで“戦闘訓練”を?」

「はい。まだ未熟ですが、教えていただけるならぜひお願いしたいのです」


アルディアはしばらく沈黙した。

鎧の金属が微かに鳴り、彼女は立ち上がる。


「よろしいでしょう。ですが、私の訓練は生半可な覚悟では務まりません」

「覚悟しております」


セレナの瞳が真っ直ぐに向けられる。

その目に、かつて処刑台で見た“恐怖”の色はもうなかった。


あるのはーー確かな”守りたい”という強い意志。


アルディアは一歩近づき、ほんのわずかに笑みを浮かべる。


「……殿下のお気持ちが、今なら少し分かります」

「え?」

「あなたを信じるとお決めになった気持ちが」


その一言に、セレナの胸がじんわりと熱を帯びた。泣きたい気持ちをグッと堪えた。




※ ※ ※ ※ ※


王宮訓練場。


訓練ようの服に着替えてやって来たセレナ。

外は風が冷たく吹き抜ける。


「さて、さっそく始めましょう……っと言いたいところですがまずはセレナリア様がどれほど動けるかを確認させていただきます」

「動き、ですか?」


アルディアの言葉にセレナは不思議そうに首を傾げる。


「はい。魔法を使うにも、剣を握るにも、体が土台になります。あなたがどれだけ動けるのか、それを確かめてから訓練内容を決めましょう」

「わ、分かりました」


セレナは小さく頷くが、内心は少し不安だった。公爵家の令嬢としての礼儀作法や舞踏の訓練なら慣れている。

けれど、“体力を測る”ような訓練など、これまで一度も経験がない。


(……どこまで出来るかしら)

「では、まずは軽い準備運動から」


アルディアが言うと、騎士団員が二人、器具を運んできた。

縄跳び、短い棒、砂袋――どれも地味だが、基礎を見るには最適なものだ。


「さぁ、まずはこれから」


アルディアに縄跳びを手渡され、セレナは小さく息を吸って頷く。

縄を握り、軽く跳び始めた。

最初はぎこちなかったが、徐々にリズムが整い、呼吸も安定してくる。


(意外と、できる……)


アルディアが腕を組み、静かに観察していた。

跳躍の高さ、足の運び、姿勢――全てが丁寧で無駄がない。

けれど、それは“令嬢らしい慎重さ”でもあった。


(踏み込みが浅いな)

「そこで止めてください」


セレナが縄を止め、息を整える。

アルディアは近づいて、彼女の肩の位置を軽く直した。


「体の軸が少し右に傾いています。体の軸がブレては魔法、剣を扱うのに隙を与えてしまいます」

「……な、なるほど」

「基礎とは体の扱い方も含めてです。まず、自分の体を正しく知ることが大事です」


その言葉に、セレナは静かに頷いた。

アルディアの声は決して冷たくはない。

むしろ、厳しさの中に“導こうとする優しさ”があった。


「次は短距離走です。この距離を往復してみてください。無理のない速度で構いません」


アルディアが指さした先には、白線で区切られた一直線の道。

セレナは小さく息を吐き、足を踏み出す。


(走るのは……久しぶり。けれど、今は――)


必死に駆け抜ける姿を見て、アルディアの口元が僅かに緩む。


(……彼女は本気だ。殿下が仰られたように、噂で言われている“高慢な令嬢”ではない)


セレナが息を切らしながら戻ってくる。

額に浮かんだ汗を、アルディアが差し出した布で拭ってやった。


「……悪くないです。少し休憩を挟みましょう」

「は、はい」

「公女様にしては体力がありますね」


少し悪戯げに笑うアルディアの顔を見てセレナは一瞬、驚いた。


(こんな顔をした彼女を見るは……はじめて)


その顔にセレナの中にあった“恐怖”が溶けた気がした。セレナも小さく微笑んだ。

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