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朝の光が差し込む中、セレナを乗せた馬車が王都の大通りを走っていた。
白い城壁が近づくたび、胸の奥がきゅっと締めつけられる。
(……あの扉の向こうに)
ヴェルシエルの手紙には「立ち会う」と書かれていた。
けれど今朝、急な政務で不在になったと知らされた。
出迎えるのは――王宮騎士団団長、アルディア・カリステラ。
(……あの人に、直接会うのね)
無意識に指先が震える。
前の人生のアルディアはただ任務を全うしただけ。記憶の欠片が、冷たく胸に影を落とす。
「セレナお嬢様、到着いたしました」
アレスの声で現実に引き戻され、馬車の扉が開くと風が頬を撫でる。
王宮の白い石畳が、どこまでも冷たく見えた。
「ありがとう、アレス」
「……私が傍におります」
小さく頷いて一歩を踏み出す。
王宮の門をくぐるたび、記憶の奥底で何かがざわめく。
まるで“前の自分”が「逃げろ」と囁いているようだった。
※ ※ ※ ※ ※
大理石の回廊を抜けた先。
金色の紋章を掲げた扉の前に、銀鎧の女騎士が静かに立っていた。
「――お久しぶりですね、セレナリア様」
凛とした声が鼓膜を打った瞬間、胸の奥に痛みが走る。呼吸が一瞬だけ乱れ、足が止まった。
「アルディア……様」
言葉が、喉の奥で小さく震える。
彼女の真っ赤な髪が、銀の鎧が、目の奥に広がる。
その姿は誰よりも誇り高く、そして――“恐ろしかった”。
アルディアは一歩近づき、穏やかに微笑んだ。
「王太子殿下が立ち会う予定でしたが、政務のため私一人でお話を聞かせていただきます」
「……聞いて、おります」
ほんの少しだけ目線を逸らす。
優しい声なのに、近づくたびに胸の鼓動が早くなる。過去の断片が、音もなく心の奥を刺す。
「では、どうぞこちらへ」
歩き出した背を追う。
重厚な扉を抜けるたび、鎧の音が静かに響く。
その音が、かつての“最期の足音”と重なって聞こえた。
(――大丈夫。今はもう、過去とは違う)
セレナは胸の前でそっと拳を握った。
アレスは後ろからゆっくりと二人を追う。
(……今のところは、大丈夫そうですね)
何かを警戒しながらアレスは静かに二人を見つめていた。
※ ※ ※ ※ ※
王宮の応接室に案内され、セレナは深く息を整えた。
高い天井に吊るされたシャンデリアが光を受け、磨かれた床には彼女とアルディアの影が静かに映る。
「改めて、お招きに感謝いたします」
セレナが礼を述べると、アルディアは軽く首を横に振った。
「感謝を申し上げるのはこちらの方です。あの魔獣騒ぎ、参加者たちから詳しく伺いました。あなたが令嬢方を守ったと」
「……私がしたことなど、大したことではありません」
そう口にしながらも、セレナの手は膝の上で小さく握られていた。
アルディアの声音は穏やかだ。だが、その奥にある“騎士の眼”が彼女を試しているように感じる。
「被害を最小限に抑えられたのは、あなたの的確な判断と結界魔法の力。王国を守護する騎士団団長としても正式に感謝を伝えるべき案件です」
アルディアが手元の報告書を閉じ、静かに視線を上げる。その瞳が正面からセレナを射抜いた。
――その瞬間。
胸の奥が、ぎゅっと掴まれるように痛んだ。




