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夕食を終えたあと、セレナは父の書斎へ向かう。
廊下は静かでセレナとマルセナの二人の足音だけが聞こえてきた。
書斎の扉の前に立つと扉の向こうからは紙をめくる音だけが微かに聞こえる。
コン、コン、コン。
「セレナお嬢様が参られました」
マルセナが控えめに声をかける。
少し間を置いて低い返事が返ってきた。
「入れ」
扉を開けセレナはふわりとスカートを持ち上げ一礼する。
「失礼します、お父様」
「そこへ座りなさい」
視線を上げると、山のような書類の向こう側で紙をめくっていた。
父はその手を止め、少し疲れたような瞳で娘を見た。
その瞳の奥はどこか焦りも揺れていた。
「……アレスから聞いた。王宮へ招待されたそうだな」
「はい。アルディア様から、先日の魔獣の件でお話があると」
「そうか。……行くといい」
短く答えた父の声は、どこか緊張しているようだった。
セレナは小さく首を傾げる。
「お父様……どうかなさいましたか?」
いつもと違う父にセレナは不思議そうに聞いた。
公爵は手にしていた書類を机に置き、小さく息を吐いた。
「いや、何でもない。……それよりも、当日の護衛だがユリネスとイレイナは別の任務に就く」
「えっ、二人ともですか?」
「あぁ、心配するな。危険なものではない」
心配そうに瞳を揺らしたセレナに父はそう告げる。
「では、当日はマルセナと二人で」
「いや、アレスを連れて行きなさい」
「アレス、ですか?」
「……あぁ」
思わず問い返す。
つい先日、アレスは専属から外されたばかり。
その彼を再び同行させるというのは、不自然に思えた。
「……構いませんが、なぜアレスなのでしょう」
セレナは真っ直ぐに父を見る。
その姿に父はわずかに目を見開いた。
こちらを見据える瞳は彼女が見せたことのない“芯の強さ”が見え隠れした。
「……殿下への言伝を頼みたくてな。アレスが一番信用できるからな」
父は視線を逸らしそれ以上は何も語らなかった。
セレナは胸がざわついたが小さく息を吐いて答えた。
「分かりました。では、そのようにいたします」
部屋を出ようと立ち上がろうとしたその時、父が「待ちなさい」と声をかける。
机の引き出しを開け、手のひらほどの小さな箱を差し出した。
「これを、持っていけ」
セレナはその箱を受け取り中身を確認する。
中には淡く紫色に輝く小さな宝石のついたネックレスが入っていた。
「……これは?」
「魔塔から届いた。持っていれば許可証なしでも魔塔へ出入りできるそうだ」
「ッ……ありがとうございます、お父様!」
セレナの頬が柔らかく緩む。
その笑顔を見た父の表情が、一瞬だけ和らいだ。
「セレナ……無理はするな」
その声は、まるで願いを込めるように優しかった。
セレナは静かに頷く。
「はい。気をつけます」
一礼して部屋を出る。
扉が閉まったあとも、父はしばらくその方向を見つめていた。
「……強くなったな」
呟く彼の背に、アレスの落ち着いた声が返る。
「えぇ。ですが――その強さが、アリシア様を傷つける結果になるかもしれません」
「……そうならぬよう、お前に任せる」
父は困ったように眉を寄せる。
沈黙の中、二人の視線は閉ざされた扉へ。
考えるのは双子の娘たちの未来。




