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(あの瞬間がよぎって動揺してしまったわ……三人ともに心配かけないようにしないと)
セレナは小さく息を吐いてから少し困ったように微笑んだ。
「大丈夫よミレッタ、実は殿下のお手紙にアルディア様が私と話をしたいって書かれていて……」
「そうなんですか!それはすごいお話しですよお嬢様!アルディア様と言えば平民の間でもファンが多いんです!」
セレナの言葉を遮りミレッタは興奮気味に頬を染めてうっとりとする。
アルディアの顔立ちは女性とも男性とも取れるような中性的で美しい容姿をしている。
それに加えて彼女の剣術は男性すら圧倒するほどの剣技で貴族だけでなく平民の女性からも人気が高い。
「【白薔薇の騎士】に出てくる騎士団長のモデルがアルディア様って噂があるくらい女性の憧れなんです!」
「そうなの?その話は知らなかったわ」
「何を隠そう!私、アルディア様の大ファンでその小説を持っているんですけど、その小説に出てくる騎士団長様も本当に素敵で!」
興奮気味に語るミレッタをセレナは微笑ましそうに見つめる。
しかし、マルセナは彼女の態度を一括して嗜めた。
「ミレッタ!興奮し過ぎですよ!」
「うっ、す、すみませんお嬢様!アルディア様の話が出来ると思ってつい、嬉しくなってしまって……」
マルセナに叱られたミレッタは縮こまってセレナに頭を下げた。
「大丈夫よミレッタ、あなたの好きな小説や人の話を聞けて嬉しいわ」
優しく笑うセレナにミレッタは少し目に涙を浮かべて笑顔を浮かべる。
「お嬢様!!」
「セレナお嬢様、ミレッタを甘やかせ過ぎてはいけません」
今にもセレナに抱きつきそうなミレッタの襟首をマルセナがつまみ上げる。
「ごめんなさいマルセナ」
そんな彼女にセレナはクスリと笑い、ミレッタは口を尖らせた。
「それでアルディア様はセレナ様になんのお話があると?」
今まで彼女たちの様子を伺っていたアレスは少しだけ焦っているようだった。
「たいしたことじゃないわ、先日の魔獣事件についてお話したいって……それだけよ。でも、人気者の彼女に会うと思うと緊張しちゃって」
「……では、王宮に伺うという事ですか?」
セレナの言葉を聞いたアレスの顔は心配と焦りの表情が混じったような複雑な顔をしていた。
その顔にセレナは小さな警戒音が鳴り響いている気がした。
「そう、ね、殿下からのお誘いだしお父様に確認してからになるけど……どうかした?」
彼の態度の違和感にセレナは首を傾げる。
「……いえ、公爵様に確認されるのであれば夕食後がよろしいかと思います」
アレスの声色はいつもと変わらないはずなのに、何故か彼女にはその声が少しだけ低く重く響いていた。
そして彼の瞳は一瞬だけ揺れたがセレナにはアレスの揺れる思いには気づかなかった。
「分かったわ、ありがとう」
「それでは、私はこれで失礼します」
そう言ってどこか足早にアレスは部屋を出て行った。
彼が部屋を出た後、三人は改めてお茶を入れ直した。
(さっきのアレス……本当は何を言いたかったのかしら……)
新しく入れた紅茶を飲みながらセレナはいつもと何処か違う彼の態度を思い返していた。
※ ※ ※ ※ ※
セレナの部屋を後にしたアレスは足早にある場所に向かう。
目的の場所に着くと彼はいつもより少し荒めに扉をノックして部屋の主の返事を待った。
「誰だ」
「私です」
「アレスか、入れ」
部屋の主の返事を聞いてアレスは扉を開け中に入る。
中には椅子に座って書類に目を通している主人ーーベレノルト公爵。
アレスは彼に一礼する。
「公爵様、急ぎお伝えすることがございます」
「なんだ、アリーの体の事か?」
ベレノルトはアレスの焦りまじりの声に何かを感じ取り、手にしていた書類を無造作に机に置いて顔を上げて眉を寄せた。
「いえ、アリシア様の事ではなく……セレナ様についてでございます」
「セレナ?あの子がどうした?」
アレスの口から出たまさかの名にベレノルトは少しだけ目を見開いた。
「実は先程ヴェルシエル殿下からのお手紙をお届けに伺ったのですが……どうやら殿下から王宮に来るようにと招かれたようです」
彼の報告にベレノルトは大きく肩を揺らし緊張感が部屋に漂う。
「後ほど公爵様に許可を頂きに来られるとおっしゃっておりました」
アレスの言葉にベレノルトは頭を抱え大きなため息を吐く。
「……場所は王宮だったな?行くのもアリーではなくセレナ」
彼は重い頭を上げ、アレスを見た。
「おそらく王太子は何も気づくことはないだろうが……万が一がある、その日はユリネスとイレイナは別の任務につかせてお前がセレナの護衛に付け、いいなアレス」
アレスは自分を鋭い目でみる公爵にゆっくりと頭を下げて答えた。
「……かしこまりました」
「頼んだぞ、お前にしか出来ない」
「承知しております」
しばらくしてからアレスは公爵の書斎を後にする。
彼が出て行くとベレノルトはまた深く息を吐いた。
「あれから2年……」
小さく呟き彼は窓の外に目を向ける。
日が傾き真っ赤な夕日があの日を思い出させる。
「……大丈夫、今度こそ私があの子たちを守る」
その言葉はまるで自分に言い聞かせているように空に消えていった。




