21(2)
玄関に着くと待っているはずのアリシアの姿が見当たらない。
(まだ来てないのかしら?)
セレナが辺りを確認しているとアレスが別の仕事で屋敷を出るところだった。
彼は少し不思議そうな顔をして彼女を見ている。
セレナ首を傾げてアレスを見つめ返していると彼がセレナの目の前に立ち止まり眉をひそめて話しかけた。
「セレナ様、まだご出発されていなかったのですか?」
(何の話だろう?)
セレナはアレスの言葉に疑問を抱いた。
アリシアから聞いたお茶会までにはまだ十分に時間はあるはずだったからだ。
「アリーから聞いた時間にはまだ余裕があるわ?それより……アリーが見当たらないのだけど、アレス見てない?」
セレナがそう言うとアレスは少し目を見開いて怒ったようにため息を吐いた。
「アリシア様ならもう出られておりますよ」
「えっ?でも、アリーと一緒に行く約束をしてたのよ?時間も間違えていないわ」
(いったい、どういうこと?)
セレナが首を傾げているとアレスは彼女を急かして外へと誘導する。
「ちょ、ちょっとアレス?どうなっているの?」
少し焦る彼女をアレスは馬車に乗らせる。
「とにかく、今は早く会場に向かったほうがよろしいかと思います。」
セレナたちが馬車に乗るのを確認してアレスは御者に命令する。動き出す馬車の窓の外を覗くセレナにアレスは頭を下げて見送った。
「……もう、動き出しましたか」
アレスは見えなくなっていく馬車にポツリと呟き公爵に頼まれた仕事へ向かった。
※ ※ ※ ※ ※
アレスに急かされお茶会の会場を目指しすセレナはーー。
(……アリーが嘘を吐いたってことよね。)
馬車から窓の外を見上げる。
美しく広がる青色が胸をざわつかせる。
(前回から本当は薄々疑ってはいた。だけど、アレスでさえ決定的な証拠を見つける事は出来なかった。でも今日の事ではっきりしたわね……やっぱりアリーが私を“悪女“にしていたのね)
セレナは俯き膝の上で拳を握りしめる。
実の妹が自分を陥れている悲しさと怒りが込み上げてくる。
(きっと気づいていた……でもアリーだと思いたくなかった自分がいて、気づかないフリをしていたのだと思う……)
目を閉じるセレナ。
込み上げてくる感情をグッと堪えて目を開ける。
(今回は違うわ。黙って見ているだけは……もうしない)
その瞳は力強く揺れた。
アレスに言われたように急いで向かったがセレナが着いた時にはお茶会は始まっていた。
「まぁ、来ていただけたのですねセレナリア様、あまりにご到着が遅かったので、私の主催するお茶会になんて来たくないのかと思ってしまいましたわ」
毛先を巻いたピンク色の髪に薄めの赤い目の色をした令嬢がセレナを出迎えにこやかに嫌味を言う。
そのご令嬢の見た目にセレナは見覚えがあった。自分のことを主催者とも言っている、どうやら彼女がーーナタリー・ブライダーで間違いなさそうだった。
セレナはナタリーにニッコリと笑いかける。
「この度は遅れてしまい大変申し訳ありたせんわナタリー嬢」
そして、セレナが気品溢れるカーテシーをすると会場がどよめいた。
「あら?聞いていた方と少し違うような」
「もっと、傲慢な方だと思っていましたわ」
ざわめく会場からはセレナのある事ない事が囁かれ、すでに彼女は“悪女“への階段を登らされていた。
しかし、セレナは焦るそぶりを見せず優雅にマルセナに指示をする。
「マルセナ、例の物を」
「はい、お嬢様」
マルセナたちはセレナの指示である物を会場へと運び込んだ。
「ねぇ、あれって!」
彼女が入って来たときよりも会場が騒つく。
「実はこのようなお茶会に参加するのは、初めてで、みなさんに何か手土産をと思ってこちらを用意しておりましたら少し遅れてしまって、許してくださるかしら?」
セレナが持って来たのは今王都で人気のスイーツ店の限定お菓子。
貴族の間でもなかなか手に入らないと話題になっている。
その箱を一つマルセナから受け取り、セレナはナタリーに直接差し出してにこやかに笑う。
ナタリーは少し顔を引き攣らせたが微笑み返してお菓子の箱を受け取る。
「ご配慮感謝致しますわ、どうぞこちらへ」
公爵令嬢であるセレナの好意を拒否すればナタリーの方が悪く言われてしまう。
そのため、彼女は少し悔しげにセレナを中に通した。
前回にはないお茶会だったが、ナタリーには何かしらの因縁をよくつけられたセレナ。
そのため、何かあった時のためにはじめから対策を考えていたのだ。
そのおかげで、会場の空気はセレナへの悪女の印象が少し変わった。
(今回はやられるだけじゃないわ)
セレナは美しい姿勢と力強い目をして会場にいるはずのアリーを探した。
彼女の優雅に歩くその姿に会場の雰囲気は小さくどよめく。
誰の目にも、セレナが“悪女“の衣を羽織っているようには微塵も見えなかった。




