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次の日、マルセナに動きやすい服を準備してもらい光魔法の訓練をするために庭に出る。
アレスに練習を付き合ってもらうことになったのでユリネスとイレイナは騎士団の朝の訓練に参加することになった。
セレナが向かった場所はラドリディアン家の広い庭の奥にある、彼らの先祖が代々守っている“護石【ラピスラクトス】“がある場所。
この護石は、この国にの創設の神話に伝わる大事な石だ。
フロラティア王国はかつて小さな名もない国だった。人々は他の周辺国とは違い魔法をうちに宿し生まれてくる。
しかし、別の国々が彼らの魔法を悪用するために支配しようと進軍して来た。
そして、国を守るために立ち上がった創設者の一人がラドリディアン家の先祖であるーーコリンナ・ラドリディアンだ。
彼女はその戦いで国の守神と言われていた双子の神龍の片割れーーアウルセリオンから血統魔法を授かる。
血統魔法を受け継ぐ三家にはこの国を創設したときに、守護を任されている神聖物がある。
ここは護石から漏れている結界魔法の影響なのか澄み渡るほど神聖な空気が漂っている。
セレナはここでなら、光魔法が発動できるような気がした。
「では、セレナ様始めましょう」
彼女はこくりと頷き昨日アレスが教えてくれたようにイメージしてみる。
小さな光を一つイメージして、その光に小さな光の粒を集約する……。
…………。
「全てを照らせ。ゾフィス・イルミナティオ」
木々たちがざわざわと揺れる音だけが響き静かな空気が流れる。
何も、起こらない。
「何故、高等魔法を選んだんですか?セレナ様の今の魔力量では無理だと思いますが?」
この場所が神聖な場所だからか、セレナは出来る気がして高等魔法を詠唱していた。
「わ、分かってるわ、ちょっと挑戦してみただけよ」
「出来ないのが分かってるのにですか?」
頬を膨らませ拗ねたような態度を見せる彼女にアレスは少し笑いながらそう言った。
「私、貴方のそういうところ嫌いよ」
セレナはクスクスと笑いを堪えるアレスを睨みつける。
「お褒めに預かり光栄です」
アレスは無表情に戻り、セレナに一礼する。
(まったく褒めてなどいないのだけど)
彼女はじっとりと彼を睨み、一息ついてから別の光魔法に挑戦する。
「小さく輝け。フミリス・イルミナティオ」
また、時間が止まったように静かになる。
やはり、何も起きない。
夏が近づいているせいで暑いからなのか、焦りからなのか彼女はじわりと汗をかいてきた。
そして、発動しない光魔法にセレナはやっぱりあの測定が間違いだったのではと不安が膨らんでいく。
しばらく、彼らはいくつかの光魔法を試してみたが何も起きる気配はなく、小さな光さえ輝くことはなかった。
「少し休憩されてはいかがでしょうか?」
アレスはセレナにタオルを渡した。
「ありがとう」
タオルを受け取り汗を拭く。
セレナは座れる場所を探し護石の後ろにあるこの家で1番大きな木の下に行く。
アレスが敷物を出して草の上に広げ、セレナはそこに座る。
紅茶を淹れてもらいゆっくりと一口のみ深く深呼吸する。
(どうして、出来ないの……。やっぱり、魔力量が圧倒的に足りていないから?私に才能がないから……?)
セレナは頑張ろうと思えば思うほど、自分の弱さに打ちのめされそうになるのをグッと堪える。
(身体的にも体を鍛えたり護身術を訓練したりしているわけじゃないから圧倒的に体力も筋力も足りていないのも原因かもしれない)
セレナは今後、体を鍛えるために剣術や護身術を学ぶことも視野に入れて行こうと考えた。
彼女は打ちひしがれるだけだった前の自分から変わろうとしていた。
そよぐような風を浴びながら紅茶を口に含みセレナはある疑問を思い出した。
「そう言えばアレス」
手にしていたカップを置きながら横に立つ彼を見上げる。
「なんでしょ?」
アレスはセレナに視線を向ける。
「こないだい聞きそびれたんだけど、あなた、水属性以外の魔法が使えるの?」
彼の肩が微かに揺れ、二人の間にはなんとも言えない静かな空気が流れた。
「アレス?」
セレナの問いに彼は言葉を紡ぐのを躊躇っているように見えた。
彼女が知る限り、彼は水属性だけしか使えなかったはず。しかし、何故か今の彼はまるで他の魔法も使えるような事を口にしていた。
「私が使えるのはあくまで、水属性だけです」
「えっ、でも、アリーの看病をしているのよね?水属性の魔法に治癒に通じる魔法なんてあったかしら?」
彼女が首を傾げて聞くとアレスは歯切れ悪く答える。
「体調を治癒するような魔法は有りません。ただ、意識を回復させることは出来ますので」
意識を回復。
なんだかそれは、水属性の魔法というよりも“付与魔法“に近い気がした。
しかし、確か水属性の高等魔法で怪我は治せないが体力が回復できるような魔法があったはずだからそういうことなのだろうかとセレナは考えた。
「それよりも、そろそろ再開されませんと時間がなくなりますよ」
「あ、そうね」
あまり納得いくような答えではなかったが彼が少し聞いて欲しくなさそうだったので、セレナはそれ以上踏み込むのをやめた。
休憩を終え、セレナはもう一度試してみたがやはり何も起きなかった。
気持ちばかりが焦って何も進展しない事に苛立ちと不安ばかりが募る。
セレナは縋る思いで肩で息をしながら先祖たちが守ってきた護石にそっと触れてみた。
目を瞑り祈るように心の中でどうか、私に力を貸してくださいと願ってみる。
……そっと目を開けるが何か起きるわけもなく目に映ったのは護石と深い森だけだった。
(私が、光魔法を使うなんてやっぱり……無理なの?)
護石に触れた手にグッと力が入る。
その時だった、触れた手の甲にある血統魔法の証、ユリの花の紋章が暖かく優しい光を放つ。
触れている護石は冷たいはずなのにドクンッと脈を打ち人肌くらいに暖かくなっていく気がした。
そして、セレナの周りだけ静寂が広がっていき彼女の頭の中に直接、低くい声が深く響いて来た。




