3話 枯れたはずの涙(2)
私、まだ泣けたのね。
不思議とまだ泣ける自分がいることに安堵し小さく笑みも溢れた。
「セレナ様も、アリシア様のようにもう少し、“欲“を出してみてはいかがですか?」
欲……。
その言葉に動きが止まる。
私がいくら望んでも全て奪われ消えていってしまった。だからこそ、全てを諦めた。
ハンカチを握る手に力が入る。
でももし、もしも。
今回は、諦めたものをもう二度と捨てなくていい未来があって、やり直す事が出来るかも知れないならと……。
そんな風に、ほんの少し期待してもいいのだろうか?
諦めた筈の未来を。
もがけばもがくほど複雑に糸が絡まり、私の体を締め付けていた98回の処刑。
思い出すと背中から迫り来る恐怖の足音がまだ、聞こえる気がして耳を覆い隠したくなる気持ちにグッと体に力を込め耐える。
「素直になってみるのも必要です、貴方が本当に心から“素直に泣ける“その時まで、仕方がないのでお側にいますので」
アレスの気持ちが嬉しいと頭では分かっていても、今はもう素直に受け止められないと思うのも現実。
だって、もしこのまま成長できても、またあの断頭台に立っているかもしれないと思う未来が、じわじわと私の心を蝕んでいくから。
それでもーー。
今は、少し変わったと。
今だけは、あの地獄じゃない回帰だと。
そのことに、少しの安堵を噛み締めた。
柔らかな布で頬に伝い溢れだした想いをもう一度拭き取り、顔を上げる。
「アレス……」
「頭が硬いんですよ、相変わらず」
ぷつっと。
私の言葉を遮るように彼は皮肉を言ってきた。でも今はその皮肉に、張り詰めていた糸が少しだけ、ほどけ一気に体から力が抜けるのを感じた。
「……ありがとうって言おうとしたのに……はぁ。もう寝るわ」
椅子から立ち上がりベッドに向かう。
アレスの言葉は皮肉混じりだけど彼なりの優しさが込められていて、昔からその皮肉に助けられた。
「はじめから、大人しくしておいてください」
手際良く机のものを片付けていくアレスに、少し恨めしい気持ちと“あの時“も変わらずにいてくれた彼が、傍にいることの心地よさを胸に抱いた。
アレスは片付けが終わりベッドの横に歩いて来て、横になる私にふわっと布団を掛け直す。
「こんな遅くまで起きて、マルセナさんを困らせないようにちゃんと起きてくださいね」
「……分かってるわ。本当に貴方ってどんな時でも変わらないのね」
アレスをじろっと睨みつけるが彼は涼しい顔のまま少し口元を綻ばせた。
「褒め言葉として、受け取っておきますね。それではセレナ様、おやすみなさいませ」
「……おやすみ、アレス」
アレスは一礼し銀のトレイを片手に扉へ向かう。パタンと扉が静かに閉まり私はため息を一つ吐く。部屋には、再び静けさが戻った。
次、目を覚ましたらどこなのかしら。
やっぱり、あの地獄の中でこれはただの夢?
喉の奥に針が通るような恐怖と不安が残る中せめて、今夜だけでも誰にも邪魔されることなく静かに明日を迎えたいと願い、100回目の夜を眠った。