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「ですがーー」
「……セレナ」
しかし、ゆっくりと間を置いて発せられたお母様の声色からは、はっきりとした拒絶の響きを感じた。
私の言葉をかき消すようにお母様は目を鋭くし、これ以上何も言うなと訴えているようだった。
「私はお姉様みたいに魔法の勉強をしたり動いたりするのは得意じゃないもの、だからそういうことはお姉様に任せるわ」
アリーの口元は笑っているように見えるのに、目元はまったく笑っていない、深い深い水底のようなままだ。
「大丈夫、大丈夫よお姉様」
彼女のその言葉は、まるで自分に言い聞かせているように聞こえた。
そして、確かにあのループの時と同じように見えているのに、目の前のアリーの瞳からはなぜか、別の感情もゆらゆらと揺れているような気がした。
それは一瞬だったけど、とても静かで悲しい揺らぎだった。
「アリー、セレナ、このケーキも美味しそうよ」
張り詰めた空気を立ち切るかのように、お母様がフルーツタルトを私たち二人の前に出して来た。
私たちは一瞬、キュトンとした顔でお互いの顔とお母様の顔をみた。
「本当に美味しそう、早く食べましょうお姉様」
アリーはまるで何もなかったように笑い、その顔は彼女らしい愛らしく無邪気な表情に戻っていた。
私は結局、お母様の拒絶に何も言えなくなってしまい差し出されたタルトを口にする。
あれほど恐怖だけを感じていたあの瞳に悲しみを感じたのは、はじめてだった。
タルトを口にしながら楽しそうに会話をする二人を見つめる。
さっき冷たいと感じた空気が嘘のように優しく穏やかに流れた。
目の前の光景を見ながら思う、以前の流れとは違う出来事。
家族や従者との距離に少しずつ現れ始めた違和感と疑問。
ーーアレスの知らない魔法、お母様の異常なまでのアリーへの過保護。
それはもう執着と呼ぶほどにお母様は彼女の側を離れない。
そしてーーアリーのあの瞳。
前回はアレスと2人だけだったけど、今回はセナたちにも手伝ってもらい慎重に知らないことを調べ行こう。そうすれば、きっと真実に辿り着く。
私は紅茶を一口飲みながら新たな決意を胸に抱く。
「お姉様?どうかしたの?」
考え事をしていた私の顔をアリーが覗き込む。
「なんでもないわ」
私は小さく首を横に振った。
「それなら、いいんだけど、なんだかボーッとしてるみたいだったから」
アリーは心配そうに言う。
今の彼女を見ていると、どちらが本当の彼女の顔なのか混乱してくる。
「あっ、そう言えばお姉様」
アリーは何かを思いだしたかのように手をパンッと叩いた。
「ナタリーを知っているかしら?」
知っているも何も彼女の家柄は侯爵令嬢で前の人生の時に私に突っかかって来た人たちの中の一人。
彼女の名前を聞いた途端、記憶の底から這い出るように学園での出来事を思い出す。
ーー『まぁ、セレナリア様ご機嫌よう、今日も本ばかり読んでいっらっしゃるんですのね』
教室の一番後ろの窓側の席に座り本を読む私にナタリー嬢は扇子を口元に当てながら話しかけてきた。
『アリシア様はあんなに華やかでお美しいと言うのに』
彼女の話を聞きたくなく椅子から立ちあがり逃げるようにその場から離れようとしたら別の令嬢がわざと、私にぶつかり倒れる。
『きゃっ痛いわ、セレナリア様ひどい!』
『まぁ!ひどいですわ、彼女が先程少し貴女の婚約者であらせられるヴェルシエル殿下と話していたからって突き飛ばすなんて!』
『私は、そんなことしていません』
キッパリと否定している私に他の生徒は疑いの目を向けていた。ーー
学園にいる間、彼女は私を目の敵にしていたし、アリーの取り巻きのようにいつも周りに立っていた。
彼女のせいである事ない事、いろんな噂が立つようになったから、アレスに彼女を調べてもらったが噂の根源はナタリー嬢ではなかった。
そして、その先にいる黒幕らしき人物は何故かずっと分からないままだった。




