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「どうぞ」
私がそう返事をすると静かに扉が開きアレスが銀のトレイを片手に入って来た。
ミルクティーのいい香りが鼻をくすぐる。
アレスは私の前にそっとカップを置く。
「いかがでしたか?」
「えぇ、とってもためになったしまた伺う約束もしたわ」
ミルクティーを一口飲む。
温かく甘い飲み物が疲れた体を少しずつ癒していく。
「それは、良かったですね」
「そうね、あっ、でも魔塔の主人のノヴァ様はなんだか少し貴方に似ている気がしたわアレス」
私がそう言うとアレスはいつもの読み取れない顔で私をみてから視線を逸らした。
「……私みたいなものが2人も居れば仕事がもっと楽になりますね」
「そう言うところが似ていたわ」
彼の言葉に苦笑いで答えた。
「……他人の空にですよ、それよりも今日の晩餐も小食堂に向かわれないのですか?」
私の言葉に彼は少しだけ寂しそうな顔をし、それと同時にこれ以上は踏み込んで欲しくないような雰囲気を纏っていた。
彼は基本的に無表情だからあまり感情は読み取れないがなんだかノヴァ様の話はあまりしたくないようだった。
だから、アレスの質問にだけ答えることにした。
誰にだって聞かれたくない事、話したくない事は必ずあるものだから。
「……そうね、また今度にするわ」
私にとっての家族との距離のように。
「分かりました、では出来ましたらこちらにお運び致します」
「ありがとう」
そう答えるとアレスは一礼し部屋を出て行った。彼が出て行った後もう一度、ソファーに体を沈める。
正直言うと家族みんなで食事をするのはまだ気まずい。
お父様とは少しずついろんな話が出来るようになってきた。
けれどお母様とは……違う。
大きな窓から夕日の光が燃えるように部屋を赤く染め私は窓の外に視線を向ける。
お母様は片時もアリーから離れない。
手を繋ぎ、肩を抱き、優しく微笑みかける。
私の入る余地なんてないくらいにお母様は、アリーにつきっきりなのだ。
だからと言ってお母様があからさまに私を避けたりしている訳じゃない。
なのに……話せなかった。
どうしてかと聞かれても分からないがいつの間にか話しにくくなってしまっている。
そっと立ち上がり本棚から読みかけの小説を手に取り今度は窓の側にある椅子に腰掛ける。
アリーとは……仲良くしている訳ではないが、たまにお茶をする。
いや、厳密には彼女が勝手にやって来て椅子に座り話をしだすのだ。
何をしたとか、誰かのお茶会に行ってきただとか、そんな話をアリーが一方的に話して私はそれを聞かされる。
そんな中、明日はアリーに誘われてお母様と3人でお茶会をすることになっている。
はじめは何かしらの理由を付けて断っていたのだが流石にそろそろ断れなくなって了承した。
行きたいと喜んで言える訳ではないけどお父様との距離も少しずつ変わってきている。
だからお母様との距離も少しずつでいいから変えていけたらと淡い期待を抱いている。
明日は三人だけど少しは話ができればと思いながら小説を片手に晩餐を待った。
しばらくしてから、アレスではなくマルセナが晩餐を運んで来た。
「あら、アレスは?」
「アレス様は公爵様に呼ばれて別のお仕事を頼まれたそうで私が運びに来ました」
まただ。
お父様はいったいアレスになんの仕事を任せてるの?
きっとマルセナに聞いても分からないだろう。
前の時の彼はこんなに頻繁に私のそばを離れなかったのに今の状況は違和感しかなかった。
私に言えない仕事って何をしているのかしら。
不思議なざわつきが胸の中に広がり少し体が震えた私は明日への不安と一緒に自分の体を包んだ。




