3話 枯れたはずの涙(1)
夜もふけたがいつもと違う回帰に落ち着かず寝付けない私は、ベッドから体を起こし本棚から適当な本を手に取り椅子に座った。
手にとったのはなんて事ない淑女のための礼儀作法書、読む気のない本をペラペラとめくりながら朝の出来後を思い返す。
何も整理できてない。
どうして、今回だけ10歳に戻ったの……?
今覚えているのは、前回は処刑が来る前に自分で終わらせたってことだけ。
他に変わった事なんてなかったはずなのに……。
薄暗い部屋の中に聞こえるのは本をめくる紙の擦れる音だけ。
「寝てなくていいんですか、セレナ様」
「っ!?」
突然背後から声をかけられたことにびっくりして、声にならない声がでた。
考えることに夢中で扉をノックした音が聞こえなかったみたいだ。声をかけて来た青年は、銀のトレイに乗せてある湯気の立ったマグカップを私の前に優しく置いた。
「まったく、こんな時まで勉強とは、相変わらずですね」
ブツブツと小言を言ってはいるが、彼が心配をしているのが声色で分かる。
「どうせこんな事だろうと思って、ホットココアを淹れて参りました」
薄いエメラルドグリーン色の長髪は高い位置で結ばれ、深みのある青い切れ長の瞳には品がある、マグカップを置く所作も美しい。
彼もよく知る人物の一人。
「……あなた、アレス、なの?」
「……頭を打たれてまだ混乱されてるんですね、ココアを飲んで早く寝てください」
アレスの目は少し呆れているように私を捉え、彼の声色が、あの時の言葉を鮮明に呼び起こす。
ーー『セレナ様があのようなことをする筈がないのを私は知っています。ですから、早く無実を証明してください』ーー
この静かで落ち着きのある声と顔は紛れもなく“彼“だ。
私は置かれたマグカップを手に取り暖かいココアをゆっくり喉に流し込んだ。
一つ、息を吐く。
さっきまでの強張った気持ちが少し、ココアの温かさに解けていく気がした。
昔から彼は気づいたらこうやってそばに居てくれた。
「……お疲れのようですね。セレナ様、もうベッドに戻って、お休みになってください」
アレスはそう言って私にハンカチを差し出してきた。意味が分からず彼に顔を向けると雫が机を濡らす。
頬に違和感を感じ手を伸ばし触れてみると涙が溢れ頬を伝っていた。止めようにも、止まることを知らないかのようにとめどなく溢れてくる。
「わたし……っ……どうして、泣いて……」
何度も繰り返した地獄の中で、泣くことさえ忘れたと思っていたのに……。
家族の久しぶりの優しさにすら涙なんて出なかったのに、今は勝手に溢れていく。
ココアの温かさとアレスの変わらなさがほんの少し心の隙間を温めただけなのにーー。
「少し、お疲れなんですよ。だいたい、セレナ様は勉強のしすぎなんです。貴方が倒れたら私の仕事が増えます」
アレスは相変わらず無表情だが、その声は優しく、冷えた心に沁み込んでいく。
私は差し出された小さな布を受け取り、ゆっくりと目元を拭いた。