12話 黒い影(2)
部屋に戻る前に廊下でアレスに会った。
「セレナ様、お帰りなさいませ。公爵様にはお会いになれましたか?」
「えぇ、夕食を一緒にする約束をしたわ……アリーは、大丈夫?」
アリーの様子を聞いてみる。
彼女は出る前の話しを聞いた限りまだ体調が優れない様子だったけど。
「えぇ、だいぶん意識が回復されました。今日の御夕食は家族三人で召し上がっていただけると思います」
「そうなの?出る前はまだ回復してないようだったけど?」
「……はい、私の魔法でだいぶん良くなられたので大丈夫かと思います」
アレスは変わらず無表情で話してはいるが少しだけ眉が動いた気がした。
それに、アレスの魔法?
彼が使う魔法は水魔法のはずだ。
人の体調を良くする魔法が水魔法にあっただろうか?
私が知る限りでは、王族の血統魔法である“治癒魔法“くらいだと思っていたけれど。
彼くらいの実力があれば王家のような治癒魔法は使えなくても、癒しの水魔法があってそれを使えるのかしら?
そんな小さな疑問が芽生え彼の顔をまじまじと見つめるが変わらず無表情で表現は読み取れない。
「ご夕食の準備が整いましたらお部屋に伺いますでは、失礼いたします」
そう言ってアレスは一礼し下がった。
なんとも言えない棘を残して私は彼の背中を見送り部屋に戻った。
部屋で小説を読んでいるとアレスが夕食の迎えに来て小食堂に向かう。
少しぎこちなく席に座り沈黙もあったが夕食は和やかに進む。
今まであまり話しをしなかったお父様と領民や領地の話しをしたり魔法の話しをしたりした。
そう言えば聞きたいことがあったのだった。
「お父様、一つよろしいでしょうか?」
「どうした?」
お父様はフォークとナイフを置き私を見た。
私はナフキンで口を拭いてから気になっていたことを口にする。
「あの日現れたあの大きな化け物はなんだったのでしょうか?」
さっきまで和やかだった部屋の空気がピリッと揺れる。
「まだ、分からない。今レオティスに調査をさせているが……」
お父様は少し言いにくそうに口を閉じる。
「あれほど禍々しく大きな生き物を見たことありませんし……もし、あんなのがまだ存在して王都に侵入でもしたらフロラティア国内に混乱が生じます」
私の目を見て一つ息を吐いてからお父様は重い口を開いた。
「まだ確かなことは分かっていないが恐らくあれは“魔物“で間違えないだろう」
「魔物?」
前回の人生ではそんな生物は出てきていない。
それがなぜ10歳に回帰して現れたのか。
やっぱり前回とは何か違う。
「お前たちも小さい頃、絵本で見たことがあるだろう?この国の創設物語」
この国の創設の物語は子守唄がわりのように乳母がよく寝る前に話してくれてよく知っている。
それだけじゃなく、私は時期王妃として妃教育でも嫌というほど勉強した。
「はい、よく見ました」
「私はあの話し好きよ」
静かに話しを聞いていたアリーがにこやかに話に入ってくる。
でも、その声色はあの冷たいものだった。
チラッと彼女の顔を見るがやっぱりなんの色も通さないような黒さをしている。小さく肩を揺らす。
お父様を見ても彼女のその瞳には気づいていないようだった。
もちろん、その場にいる誰も気づいていない。
私だけに見えているのだろうか?
不安が波のように押し寄せてくるのを感じた。
「あの話しに出てくる双子の神龍なんて……なんだか私たちに似てるよね、お姉様」
アリーはそう言って私の方を見て微笑む。
私は喉元にヒヤリとしたものが巻きついたように感じ、咄嗟に椅子をガタンッと鳴らし立ち上がってしまった。
「どうした、セレナ」
「い、いえ。なんでも、ありません」
そう言ってもう一度おずおずと椅子に座る。
「大丈夫、お姉様?」
声をかけてくるアリーの方を見ずに私は「大丈夫よ」とだけ返した。
「あっ、そんなことよりもお父様、私お願いがあるのだけど」
私が話せずにいるとアリーが話しを変えてしまいそれ以上、お父様には魔物のことを何も聞けず夕食を終えてしまった。




