番外編 魔力測定前ーー王子の決意と祈り シエルSID
彼は使用人が来る前に目を覚まし宮女たちを待たず自ら起きて身支度を始める。
本来なら沢山の使用人がやって来てかれの身支度を整えるのだが、彼はそれよりも先にある程度自らの支度を整える。
幼い体にしては少し筋肉質で子供らしからぬ腹筋と腕の太さをしていて、手は豆だらけで硬くなっている。
しかし、そんな彼の顔はその筋肉には似合わないような美しく中性的な華やかさがある。
肩くらいまでの少し金髪よりの黄色がかった髪がサラサラと揺れ、その濃い深い緑の瞳はまるで宝石のようだ。
そう、彼こそがこのフロラティア王国の第一王子であるーーヴェルシエル・アクリオスその人である。
彼がある程度の身支度を終わらせる頃に宮女たちがやって来て残りの支度を整える。
そして、支度が整うと時間があえば両親と朝の食事をする。
しかし、大概彼の食事は一人だ。
決して両親が彼を放置している訳ではないが、どうしても国王、王妃ともなれば忙しくなかなか時間が合わない。
たった一人の弟が居るが、その弟は7歳ごろに急に体を悪くしてあまり部屋から出られなくなってしまった。
時間がある時は弟の部屋を覗いてはみるがほとんど会話もなく本当に習慣化した業務のように覗くだけだった。
そして、彼の1日が始まる。
朝は帝王学。午前中いっぱいずっと机にかじり付き家庭教師の元ひたすら勉強。
それが終わり軽めの昼食を挟んで昼からは魔法に剣術の訓練。
訓練が終わり少しの休憩を挟んでからマナーを学ぶ。
全ての勉強や訓練を終えるとシエルは、既に王太子としての仕事を少しずつしており自分の書斎に向かい書類と睨めっこをする。
それが彼の変わり映えのない毎日だった。
そんな毎日に光をくれるのが彼女だ。
だから、彼女に会いたい気持ちが溢れるのを必死に押し殺し淡々と業務をこなす。
きっと彼女は自分にあまり会いたくないから。
シエルはそう思いながら、今日も変わらず書斎で書類と睨めっこしていると、幼い頃から自分の友として、従者として仕えている護衛騎士であるルディウス・ジルフィールが部屋に入って来た。
「失礼します、殿下」
シエルは書類から目を離さず答える。
「どうかしたのか」
「例の事で少しだけ進展がございました」
ルディウスの言葉にシエルは少し肩を揺らし書類から顔を上げる。
「それで?」
シエルの声は部屋を一瞬で冷たく冷やした。ルディウスも彼のように少しだけ怒りのこもったような声色をしている。
「やはり、セレナ嬢の噂は殿下が目星を付けたあの者によって流されているようです」
ルディウスの言葉にシエルは瞳を静けさから怒りに大きく揺らし手にしていた書類をギュッと握りしめた。
「やはりそうか」
シエルは少し考える素振りを見せてから便箋とペンを手に取り筆を走らせる。
「ルディウス、セレナの父ベレノルト公爵に急ぎこの書状を渡して来てくれ」
そう言ってシエルが書いたのは彼にとって一番大切な人であるセレナが受ける魔力測定への立ち合いの旨だった。
「かしこまりました」
シエルが書いた書状を受け取りルディウスは部屋を後にする。
夕日が赤く染める窓の外を眺めた後、自分の手の平に目を落とす。
ーー『シエル、二人でこの国を守って行こうね!』ーー
彼の記憶の中で優しく笑う少女は幼き頃のセレナ。
シエルはギュッと拳を握り口元に持っていく。そして彼女を想い目を瞑り小さく呟く。
「たとえ僕一人の想いだとしても……君だけは、必ず守る」
ゆっくりと開かれた彼の瞳は固い決意の光が宿っていた。




