10話 魔力の融合(1)
お父様が部屋から出た少し後にアレスが部屋に来た。銀のトレイの上には小さなカップが乗せてあり、リンゴのようなフルーティーな香りが漂ってくる。
「セレナ様、今夜はカモミールティーを淹れて参りました」
「ありがとう」
アレスからカップを受け取ると柔らかな香りが心を落ち着かせる。香りを楽しみながらカップに口をつけ一口飲む。温かさと甘さが心にゆっくりと広がって疲れが癒やされるような気がした。
「公爵様とお話はできましたか?」
アレスは私の前に立ち質問をしてきたが私は彼の言葉に少し眉を下げて困ったように答えた。
「えぇ、今までよりは話せたと思うわ」
カップを手に取りもう一口、喉に流し込む。
「セレナ様も少し変わられましたが……公爵様も少し変わられましたね」
アレスはいつもの無表情でそう言った。
「そうかしら?」
「えぇ、ほんの少しだけ……それがいい事であればよろしいですね、では私は下がります。マルセナ後は頼みましたよ」
「もちろんです、アレス様」
「おやすみなさいませ、セレナ様」
アレスは私に一礼し静かに部屋を出ていったが、さっきの彼の言葉は何だかあまり喜んでいるようには聞こえなかったことが少し引っかかった。
その後、マルセナと少し話をしながらカモミールティーをゆっくり飲み終わり彼女に片付けてもらった。
「では、セレナお嬢様、私も今夜はもう下がりますね、良い夢を。おやすみなさいませ」
「ありがとうマルセナ、おやすみなさい」
私の返事を聞いてマルセナはニコリと笑い一礼をして部屋を出た。
静まり返る部屋でベッドに体を預けて考える。
このまま何事もなく終わればいいのだけれど。
この旅の無事を祈って私は眠りに着いた。
※
次の日も馬車に結界を張って進み、予定通り領地に辿り着いた私たちはいよいよ洪水対策計画をはじめる。馬車が危険なくらい今日も雨足はひどい。
川も氾濫寸前の状態になりつつあった。
私たちは邸宅へ到着したが休む間もなく作戦を実行することに。
アリーを邸宅に残しカッパを着て外にでる。
最初は彼女もついてくると聞かなかったがアレスとお父様に止められ納得しないまま置いてきた。
ちゃんと邸宅で大人しくしてくれてたらいいけど。強く雨が降る中、アリーが居る部屋の窓を見上げながらそう思った。
私たちは作戦決行場所へと移動する。
雨が強すぎて前が見えない。
「セレナッ!やはり、お前は危険だ!家に戻りなさい!」
お父様の叫ぶ声が聞こえる。
右手を上げながら顔に雨がかからないようにしてみるが、雨が強すぎてあまり意味がない。
それくらい危ない状況だけどもうここまで来たら戻るリスクの方が高いと思う。
私はお父様に聞こえるように大きな声で自分の意思を伝える。
「大丈夫です、お父様!必ず、やり遂げます!」
「……分かった!しかし、無理はするな」
「もちろんです!」
何かいいたげだったが私の意思が固いのをみてお父様はそれ以上は何も言わなかった。
お父様が川下へ行き土魔法で新たな水路を作り流す、私は川上からレオティス団長と川沿いに高くはない壁を作りながら街を目指し逃げ遅れた人がいないかを確認する。
私の護衛にはレオティス団長がそばに居たからアレスとマルセナは領地内の市民の誘導へと向かった。
作戦がはじまり、お父様が土魔法を使うがやはり凄かった。
アリーの魔力量が多いのはおそらくお父様譲りなのだろう。
私たちの作戦は滞りなく上手く行った。
これなら、多分大丈夫だ。
お父様と合流して邸宅に戻ろうとしたそのとき、逃げ遅れたのか小さな女の子の二人が川縁を走っていた。
まだ市民がいたなんて!
少女たちに駆け寄ろうとしたらバキバキと大きな音が聞こえてきた。
音がした方を見ると土の壁に少しずつヒビが入り始めていた。
もしかして、水圧に耐えられなくてヒビが入り始めてるの!
「危ない!」
私は少女たちの所へ駆け出していた。
私が駆け出したと同時に後ろからバキンッと大きな音共に爆発音が響き渡り、凄まじい風圧が辺りに吹いた。
いったい、何が起きたの!
私は風圧に耐えながらもう一度、土の障壁に目をやるとそこには障壁と同じくらいの大きさの黒いオオカミのような生物がこちらを睨みつけていた。
その姿は異様で異形だった。
形は確かにオオカミのようにみえるが全身が真っ黒で、まるで黒いモヤがその形をなしているようだった。
そして、風圧で尻餅をついている少女たちを睨む目は真っ赤に光り、怒りを抱いているように見えた。




