9話 いざ、領地へ(2)
次の日の朝、玄関に向かうと心配そうなお母様とあまり納得の行っていないお父様がアリーと話していた。
この瞬間までアリーを説得しているようだったがどうやら言うことを聞かず仕方なくという状況のようだった。
「ベレノルト、どうかアリーの事よろしくお願いしますね」
「あぁ、分かっている、アリー決して私のそばを離れてはいけないよ?」
「大丈夫よ、ちゃんと約束は守るわ!それに、アレスがいるもの」
アリーは自分の隣に立つアレスをニコニコと見上げながらそう言った。
一応、アレスは私の護衛なのだけどね。
その光景に私ははぁ、と一つ息が漏れた。
その後、馬車に乗るために外に出る。
三人で同じ馬車に乗るのはさすがに気まずいので私は別の馬車にしてもらった。
2人が乗ったのを確認し私も馬車に乗る。
「セレナ」
ドアが閉まる前にお母様が私に話しかけてきた。
「どうかされましたか?」
お母様の顔を見ると昨日のアリーのようになんとも言えない顔をしていた。
「貴方も気をつけてね、アリーとお父様をよろしくね」
「……」
まさか、お母様からそんなことを言われるとは思っておらずびっくりして小さく頷くことしか出来なかった。
不安そうなお母様を残し扉が閉まり馬車が動き出した。
本当に少しずつだけど変わっている気がした。
このままいけば、あの地獄のような未来は来ないかもしれないと淡い期待を胸に領地へ向かう。領地は王都にあるタウンハウスから約2日ほど。今は雨足も酷いためもっと掛かるかもしれない。
前回はお父様1人で向かわれたから馬車も簡素だったろうし休憩もあまりしていないはず。
でも、今回は私たちがついてきてしまったから馬車の進みが遅れている。
そう思っていると馬車がガタンっと大きく揺れて止まった。
「な、何?」
「セレナお嬢様!大丈夫ですか?」
一緒に乗っていたマルセナが心配そうに声をかけてくる。
「私は大丈夫よ、マルセナも平気?」
「はい、私はなんともありません。セレナお嬢様はここで少し待っていてください、外の様子を確認して参ります」
マルセナはそう言って雨具を着て馬車を降りた。
どうしよう、せっかく対策を考えたのにこのままでは本末転倒だ。
私は馬車の窓から外を覗く、雨粒が大きいのか馬車に当たり中にはすごい音が響いている。
「セレナお嬢様、どうやら雨の影響で道が悪く足元が取られてしまった様です、視界も悪く今動くのは危険だとの判断でこのまましばらく雨足が弱まるまで待機するそうです」
びしゃびしゃに濡れたマルセナが戻って来た。彼女は自分についた雨を払いながら外の状況を報告してくれた。
しかし、困ったことになってしまった。
今ここで足止めされると洪水に間に合わない。
前回の出来事よりもより最悪な結末を迎えてしまう。
どうしよう。
私は焦りながら思考を巡らせ、前回のお父様との会話を思い出す。
ーー『結界魔法は動いてないものにしか使えないんですか?』
『いいや、私のお父様、お前のお祖父様は動いている物にも結界魔法をかけておられた例えば』ーー
そうだ!
馬車に結界を張れば雨の影響を直接的に受けないかもしれない。
私は雨具を手に取り馬車を降りる。
「セ、セレナお嬢様!危ないですから外に出てはダメです!」
後ろからマルセナが私を止める声が聞こえたが構わずお父様の元へ走った。
お父様はラドリディアン家直属の騎士団団長のレオティス団長と話していた。
「お父様!」
「セレナ!何をしているだ!危ないから馬車から出るんじゃない、今すぐ戻りなさい」
お父様は目を見開き私に叫ぶ。
雨がすごくて視界も悪いし声も聞こえづらい。
「大丈夫です!それよりも、私に考えがあります」
「セレナお嬢様!も、申し訳ございません公爵様、直ぐに馬車へとお戻りいただきますので」
追いかけてきたマルセナがお父様に慌てて頭を下げる。
「ちょっと待ってマルセナ、お父様、私の結界魔法を使えばもしかしたら上手く進めるかもしれません」
「セ、セレナお嬢様」
マルセナは私とお父様を不安そうに交互にみる。お父様は考えるように私をしばらく黙ってみていた。
「公爵様、失礼を承知でよろしいでしょうか?」
沈黙する私たちにレオティス団長が頭を少し下げながら割って入った。
「なんだ、レオティス」
「このまま雨足が弱くなるとは限りません、それならお嬢様の提案に賭けてみるほうが安全かもしれません」
「レオティス団長!」
レオティス団長は私の後押しをしてくれた。
前回の彼とも関係は良好だったが彼はお父様の護衛騎士だったから関わり自体は少なかった。
「はぁ、確かにこのままここで足止めをされて領地へ向かうのが遅れてしまっては意味がない」
「では!」
「あぁ、任せる」
私はお父様に力強く頷いてみせ馬車に近づきユリの証に左手を重ね詠唱する。
「遮断結界“セクルディア“」
お父様とアリーの乗る馬車に結界を張る。
この結界魔法は結界内を外界の影響から遮断することが出来る。薄い膜の結界が光りを放ちながら馬車を覆う。
「これはすごいですね、公爵様」
レオティス団長は驚きの声を上げながらにこやかに笑っていた。
「……子供の成長とは、早いものだなレオティス」
「そうですね」
マルセナが泣きながら喜んで私の手を握っている後ろでお父様たちがそんな会話をしていたのを私は知るよしもなかった。
その後、私の馬車や他の馬車にも結界を張り予定通り目的の宿に着いた。今日はここで一夜を過ごす。
夕食や湯浴みが終わりマルセナに髪を乾かしてもらっていると部屋の扉をノックする音が聞こえる。
「はい」
「セレナ、私だ」
返事をすると部屋の外から聞こえたのはお父様の声だった。
「どうぞ」
お父様は部屋に入り椅子に座る私の所までゆっくりと近づいてくる。
「疲れてはいないか?」
少し気まずそうにお父様はポツリと呟くがその声色は優しさを含んでいた。
「はい、今のところは大丈夫です」
「そうか」
やっぱり話は続かずお父様は黙ったまま私を見ている。
「あ、あの」
沈黙に耐えられず私が声をかけると意を決したように声を漏らすお父様。
「あの結界魔法はよく出来ていた。1人で覚えたのか?」
「えっ、あっ、はい家にあったものを読んで」
「そうか、私は……結界魔法を受け継がなかった。お前に教えてやれることは、ないかもしれないが何かあれば聞きなさい、それから魔塔の件も申請許可を確認している、もう少し待ってなさい……それだけだおやすみ」
言いたいことだけを言ってお父様は部屋を出よう立ち上がり扉に向かって歩く。
お父様なりに私を気遣ってくださっているのを感じたのが少しだけ嬉しく思えた。
「……お父様、ありがとうございます。何かあればよろしくお願いいたします」
私は椅子から立ち上がり去って行くお父様の背中にお辞儀をしながら言った。
お父様は気恥ずかしかったのか、こちらを振り向かず小さな声で「あぁ」とだけ答えて部屋を後にされた。お父様が部屋から出て静かになる。
マルセナが私の横に来て少し目を潤ませて「よかったですね、お嬢様」と笑っていた。




