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2話 100回目のループ(1)

ーー100回目の目覚め。


ゆっくりと開いた目に映るのは自室の真っ白な天蓋。やっぱり何も変わらない、終わらない朝を迎えた。


……結局また、ここなのね。


何度も処刑と目覚めを繰り返し、私の心は疲弊していた。目覚めるたびに感じる少しの安堵、そしてまたはじまることへの不快感。


まぁ、今回は処刑じゃなくて自ら手放したんだけど……。


そう言えば意識を失う前に何か大事な事を思い出したはずなのに、今は思い出そうにも記憶に蓋がされているように思い出せない。

思い出した所でどうせ悲しい過去、それならもう必要ない。


起き上がりたくなくて、ゴロゴロと寝返りを繰り返してみる、寝ていた所で侍女たちが部屋に入って来て私を起こす。


仕方がないので、起き上がってみようと体に力を入れるが、体はベッドに根を張ったように動かず、私は顔だけを横に向け周囲を見渡した。

ぐるりと部屋の様子を伺い、異変に気づく。


……カーテンが、少しだけ開いてる?


今までの“ループ“では、カーテンが開けっぱなしであったことはなく、私は思わず重たい体を起こした。その勢いで布団の中から何かが転がる。


「……これ、は」


私が手にしたのは赤い毛並みに、首には金色の下地に薄い緑で刺繍が施してあるリボンを結んだ、小さなクマのぬいぐるみだった。


ふわりと懐かしい“アネモネ“の香りが忘れたはずの思い出を蘇らせる。


ーー『セレナ、これ、プレゼント!』


小さい頃の殿下は私にクマのぬいぐるみと両手いっぱいの花束を渡してくれた。


『うわぁ!ありがとう、“シエル“!とっても可

愛いクマのぬいぐるみとキレイなアネモネね!』ーー


このぬいぐるみは、“元婚約者“の殿下から婚約した祝いにと贈られた物。


ぬいぐるみを握る手にほんの少し力が入る、記憶の片隅に追いやったはずの殿下は、頬をほんのり赤く染め優しく微笑えんでいた。


でも今の私にはそんな優しい思い出さえ擦り切れて、思い返へせるのは断頭台の上にいる私を冷たく見下ろすあの殿下の顔だけ。


「……なんで、ここに」


ポツリと呟く。

このクマのぬいぐるみを私は大事にしていた。

けれど、私が15歳になる前に“忽然“と消えてしまった。

探しても見つけられなかったのに、今私の手の中にあることに、息を呑むーー。


あれほど繰り返した“ループ“の中で、一度も存在しなかったぬいぐるみ。

何が起きているのか分からない状況にじわじわと不安がせり上がっていき手に汗が滲む。


その時ーー。


廊下からバタバタと走る音が聞こえてきて、バンッと音を立てて部屋の扉が勢いよく開かれふわりと黒髪を揺らして少女が入って来た。


「おはよう、お姉様!今日は選定の儀よ!いつまで寝ているの、早く準備して行きましょう!」


いつもと変わらないループで入ってくるのは必ず私の筆頭侍女と若い侍女の2人だったはず。

でも、今入って来たのは愛らしい声に無邪気な笑顔でふわふわと揺れる黒髪は夜の空を映しとったような美しさだ。

その黒髪は高い位置に二つに結ばれ、少女が動くたびに光の加減で銀色にも見える。

少女の髪はキラキラと輝きを放ち可愛らしさ演出しているようだった。

目が離せない少女のその自由さに私は見覚えがあった。


「アリー!あなたって子は、あまり走り回ってはいけないといつも言っているでしょう。ケガをしてしまったらどうするのです?」


私が少女を観察していると、優しさ混じりの苦言を吐きながら美しい黒髪を靡かせた若い女性が入って来た。

その若い女性も明らかに侍女ではなく身分が高い貴族女性だ。

二人の動きを眺めながら私はどこか懐かしく、けれど、現実味のないその光景に無意識に声が漏れていた。


「お母様、その顔……」


「セレナ?どうしたの、顔色が悪いわね……また怖い夢でもみたの?」


私の言葉に反応して若い貴族女性がこちらを向いたが、優しさの中に切なさの滲むその顔と声は、私にとって思い出したくない人物の1人に似ている。

記憶の奥底で薄れていったはずのーー私のお母様。


お母様はあの地獄のループの間、ずっと冷めた傍観者だったはずなのに、目の前にいるお母様からは、そんな冷たさは微塵も漂ってこないし、とても若く見える。

そのことに、戸惑いを抱き私は小さく「いえ」とだけ発し首を横に振った。


「お姉様?どうかしたの?体調でも悪いの?」


「体調は、大丈夫……」


少女は身を案じる声色をしながら、私の顔を覗き込んできたが、私を映したその瞳は光を宿していなかった。

この瞳を、私は知っている。

まるで、自分の周りだけ空気が薄くなっていき凍てつくような緊迫感が襲い恐怖が足元から迫って来るのを感じた。

私は震える体を守るように両手で自分を包む。


「お姉様?震えているの?」


恐怖に震える私は下を向いていたが、少女が私に向かって手を伸ばしてくるのが横目に見え、肩を微かに揺らし伸びてきた小さな手を反射的に払いのけてしまった。


パァンッ!


乾いた音が部屋の中に響く。

一瞬時が止まったように静まり返る部屋。

その静けさの中、聞こえたのは外で揺れている木々たちの音だけだった。


「ッ……お、お姉様?」


少女は叩かれた手をさすりながら驚きを宿した目で私を見ている。

さっき確かに見たはずの暗く底のない闇のよううな色をしていた瞳は、そこにはなかった。

気のせい、だったの?

鼓動が早く打って呼吸がしにくい、見覚えのある瞳と、反射的に小さな少女の手を強く払いのけた自分に戸惑い困惑している。

額には変な汗が滲み喉が渇いて生唾を飲んだ。


「ご、めんなさい、私」


少女も私に払いのけられて困惑している様子だった。


「アリー!大丈夫?怪我はない?」


困惑と焦りに揺れる私をよそにアリーと呼ぶ少女の手を、割れ物を扱うように確認するお母様。


「これくらい平気よ、お母様。それより、お姉様……驚かせてごめんなさい」


お母様に添えられた手を握り返し、優しく儚げに笑う少女の姿は私の知る彼女ではない。

そのはずなのに、お母様から聞こえた言葉に胸の奥がざわりと騒ぎ、口が勝手に動いた。


「アリー……?」


“アリー“、この名前を私はよく知っている。


少女の顔や声、仕草……消し去りたいはずなのに、胸に強く刻まれて忘れられない“彼女“に確かに似てはいる。


でも、違う。

彼女のわけがない、私のことを憎らしい瞳で見つめる妹ーー“アリシア・ラドリディアン“。


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