7話 小さな決意と記憶(3)
選定の儀の後すぐから、殿下から手紙が届くようになった。
「セレナお嬢様、ヴェルシエル殿下からのお手が届きました」
マルセナがにこやかに殿下の手紙を持ってきて私に渡す。私は手紙を受け取り椅子に座って封を開ける。内容はいつもたわいも無い話。日常の話しだったり、家族の話だったり。
家族の話の中では彼の弟“シトリシアン殿下“の様態も書いてあった。
小さい頃は一緒に遊んでいたはずなのに、いつの頃からか彼は体が悪くなった。
初めは呪いだの、病などと言われていたが王家は治癒魔法の血統魔法を扱う。
だから呪いや病の類は基本的には効かないし、現時点でもっとも治癒魔法の能力が高いお父上であられる国王様から直々に治癒を受けているはずなのに、体は悪くなるばかりで一向に良くならないのだ。
たまに調子がいい時は車椅子などで外に出るらしいのだが、あまり長い時間は無理だと手紙に書いてあった。
あのループの時の彼は、もうほとんど体も動かなかったはずなのに私の処刑はどのループの時も、必ず車椅子に乗って参加してたわね。
手紙を読みながらそんなことを考えていると部屋の扉がノックされる。
「セレナ様、失礼致します」
「どうぞ」
アレスが静かに扉を開けて入ってくる。
「セレナ様、公爵様がこの後、談話室へ来るようにとのことです」
「お父様が?何の話かしら」
「この所梅雨の時期で雨がひどく、領地の方が危険だという書簡が届いたようで、公爵様が領地に戻られ川の増水対策の補強などをしに行かれるようなのでその話かと」
「川の……増水……」
アレスのその言葉に聞き覚えがあった。
そう言えば、10歳の頃に大きな水害が領地を襲ったんだった。
あまりの雨で領地の1番大きな川が増水して洪水が起きてしまって農作物や民家が流れてしまった。
被害は大きかったけれど、幸いお父様が現地に向かわれ、土魔法を使い市民のみんなを早めに避難させたのだ。
そのおかげで、市民は誰一人として被害がなかった。でも、逆にそのせいでお父様は足を怪我して杖をついて歩くようになるんだわ。
そしてその後、足を怪我したお父様に変わりアリーが領地の大地を整備したりして領地だけでなく王都でも評判が広がる。
でも、どうしてかしら?
一つの疑問が生まれる。
前の人生の時は気づかなかったけど、足の怪我くらいなら国王様の治癒魔法で治せるはずなのに。
どうしてお父様は足を怪我したままだったのかしら?
「セレナ様?どうかなさいましたか?最近、心ここにあらずですね。いくら大事な方からの手紙に浮かれているからとは言えしっかりしてください」
そう言ってアレスは少し睨むようにテーブルの上にある殿下の手紙をみる。
「ち、違うわ、別に大事とかではなくて返事を書いたらずっと新しいのが届くから」
私がしどろもどろにそう返すとアレスは少しだけ悲しげな微笑みをしてみせた。
「貴方が誰かと楽しそうに出来ているならそれは、いい事です」
何故、彼の顔が悲しげなのかは分からないが、その表情には少しの安堵も混じっているような気がした。
「何を言っているの?アレスと話すのもちゃんと楽しいわよ」
私がそう返すと目をパチパチと瞬きさせたかと思うと少し困ったような笑みでクスリと笑った。
「そうですか、それはよかったです」
今まで彼とは一回目の人生から98回のループを共に過ごしたけれど、こんな風に嬉しそうに声を出して笑ったのをはじめて見たかも知れない。アレスもこんな風に笑えるのね。
そう思いながらアレスを見ていると、我に返ったのか一つ咳払いをして、いつもの無表情に戻ってしまった。
「セレナ様は単純なお方ですから、私なんかと話して楽しいと思えるんですよ」
「そうね、いろんなことが単純でよかったんだと今では少し思えてきたわ」
「……何か変わられるきっかけでも?」
今までの私なら決して言わないようなことを口にしたのかアレスは少しだけ驚いていた。
「まだ、分からないけど変われたらと思う。だからこそ、お父様に話をしなくてはね、行きましょう」
椅子から立ち上がりアレスたちと談話室へ向かった。




