7話 小さな決意と記憶(2)
お父様の書斎の前につきミレッタがドアをノックすると中からお父様の声で「誰だ」と聞こえてくる。
「セレナお嬢様が参りました」
「セレナが?入りなさい」
私が来たことにお父様は少しびっくりしたような声色で返事した。お父様の返事を聞きミレッタがゆっくりと扉を開ける。
「お邪魔いたします」
部屋に入りお父様に一礼をする。
「それで、朝からどうしたんだ」
机に向かい書類に目を通したまま一度もこちらを見ないお父様に近づく。机の前まで来たけれどお父様はやっぱり書類から目を離さない。
そんなお父様を見ていると距離の遠さを改めて感じる。
「お願いがあって参りました」
「お願い?」
普段何も頼まないからお父様は驚いた顔をして書類に向けていた顔を上げる。
普段あまり私を映すことのないその目は私をしっかり捉えた。
「はい、昨日の選定の儀で私は光属性の魔法を扱えることがわかりました。ですが光属性の魔法を扱える者はこの時代にいません、そこで魔塔の主人に会いに行き魔法のご指導と勉強をお願いしに行きたいのですが、魔塔への訪問申請をお願い出来ないでしょうか?」
私は願いを一気に捲し立てた。お願い事なんて今までしなかったからお父様は驚きながら口元に手を当て考える素振りを見せてから顔を上げて言った。
「……分かった、少し待っていなさい申請には数日かかる」
「ありがとうございます、お父様!」
私は思わず喜びの声をあげて頭を下げた。
「ッ……そんな、顔も出来たんだな」
お父様が何か小さな声で優しく呟いたように聞こえた。その後すぐに、お父様の書斎を後にしミレッタに紅茶を頼み私は図書室へ向かう。
ミレッタは直ぐに紅茶を銀のトレイに乗せて持ってきてくれた。
「お願いとは魔塔への訪問許可申請だったんですね」
ミレッタは紅茶をカップに注ぐ。
「私が知りたい血統魔法の詳しい起源や光魔法の使用方法は魔塔や王宮図書館に比べてここにある本や魔導書は詳しく記されたものはないから」
ミレッタは私の前に紅茶のカップを置きながら「流石はお嬢様です!」となぜか拳を握っていた。紅茶を飲みながらペラペラと本をめくる。
ゆっくりとした時間が流れる。
一応、家にある本をもう一度確認しては見たもののやっぱり私が知りたいことを詳しく記されている本はここにはないわね。
「ミレッタ、本を片付けるのを手伝ってくれる?」
横に控えていたミレッタに本を仕舞うのを手伝ってもらう。
「もちろんです、お嬢様」
ミレッタはニッコリ笑って手際よく本を元あった場所に仕舞っていく。
普段の彼女は少し落ち着きがないように見えるけどこういう所をみるとやっぱりマルセナが選んだ私付きの侍女だと思う。
出していた全ての本を仕舞い切りミレッタと図書室を出て部屋へ向かう。
静かな廊下は私とミレッタの足音だけが響いている。何気なく窓の外に視線を向けたら、お父様とお母様とお茶を楽しむアリーが見えた。
私に声をかける事もないのね。
そっと窓に触れる。
変えられるかもしれない未来。
けれど、変える必要があるのだろうか?
このまま静かに何もせず、部屋に篭って居ればもしかしたら何も起きる事なく過ごしていけるかも知れない。
でも……。
ーー『セレナ』ーー
選定の儀で見た殿下の笑った顔と声が頭から離れない。今の私はやっぱり彼と元の関係に戻りたい訳ではない。
ただ、あの酷く悲しそうで苛立ちを宿した瞳が今の曇りないままでいられたら。
お父様、お母様との距離を縮められたら。
今のアリーともっと話しをしたら。
目の前に広がる光景に、私の居場所を作ることが出来れば……。
この100回目のループが意味のある100回目に変わるかも知れない。
もう一度だけ。
もう一度だけ静かに生きる為に運命に抗ってみようと、私はそっと窓に触れた手に力を入れて拳を握り決意する。
「お嬢様?」
動かない私にミレッタが首を傾げながら声をかけてくる。
「なんでもないわ、行きましょう」
私は目に光を宿し力強く一歩を踏み出す。
「……」
そんな私をあの子が見つめているとも知らずに。




