朝食
────朝の光が静かに差し込む朝食の間で、ふたりは向かい合っていた。
白磁の皿には焼きたてのパン、果物、香り立つハーブスープ。
整った食卓の静けさの中に、ふたり分の穏やかな空気が流れている。
銀のカトラリーが小さく音を立てたあと、レオナードがカップを置き、口を開いた。
「……今日、施療院が完成する日だったな」
フロレンシアは静かにうなずいた。
「はい。午前中に最終確認と案内をお願いされています。
無料で施療を受けられることも、今日から正式に始まります」
レオナードはパンをちぎりながら、少しだけ視線を落とす。
「最初に“無料にしたい”と聞いたときは、正直……迷った。前例がないことだからな」
フロレンシアはそっとカップを置いて答えた。
「おっしゃるとおりです」
レオナードは彼女に目を向ける。
「でも、フロラが“領主家の医療予算の一部を回せば負担なく始められる”って教えてくれて、たしかにその通りだと思った。……あれは、いい提案だった」
フロレンシアはその言葉に、はにかむように頬を染めた。
けれど目は逸らさずに、まっすぐに言葉を返す。
「はい。そして……健康な働き手が増えることで、農作業や商いも安定すると思いました」
レオナードは少しのあいだ黙って彼女を見つめ、それからふっと目元を緩める。
「……そんなふうに考えられる人と結婚できて、本当に嬉しいよ」
フロレンシアは目を瞬きし、それからゆっくりと微笑んだ。
「……私も、レオ様と結婚できて、嬉しいです」
────朝の静けさに溶け込むような小さな声だったが、その空気はどこかやわらかく、あたたかかった。
食後、フロレンシアは支度を整え、見送りに来た使用人たちに軽く会釈を返しながら馬車へと乗り込んだ。
静かに閉まる扉の向こうで、その背筋はいつもよりほんの少しだけ、まっすぐに伸びていた。