【最終話】星を超えて(2300年)
2300年──
火星はかつての赤い荒野の面影をほとんど失い、「科学の星」と謳われる文明惑星へと進化していた。
ドームに覆われた都市ネオ・マルスは、流線型の高層建築が宙をも貫くようにそびえ、都市を囲む形のリング状軌道エレベーターは、物資と人員を絶え間なく流通させている。
そこでは人工知能が社会インフラを支え、クローン人間たいちは完全な平等のもと、研究・教育・芸術・スポーツと多彩な文化を育んでいた。
火星科学アカデミー前庭には、最新のタイムマシン「クロノスⅠ号」が静かに据えられている。
これは純粋に理論物理学の限界を追求する試みとして建造された装置で、時間の流れを“覗き見る”プロトコルを備えていた。
クロノスⅠ号は一度に過去の映像を高解像度ホログラムとして再現する機能を持ち、実際に人や物体を時間移動させる段階ではなかったものの、その先端性は世界中の注目を集めていた。
亜光速航行を巧みに制御するエネルギー源や、重力差補正フィールド、量子的干渉の安定化回路──火星の科学者たちはまさに人類の夢を現実化させた。
経済的にも文化的にも成熟した火星は、ついに“時間への窓”を手に入れたのである。
そんな折、火星と地球のトップが100年ぶりに顔を合わせる星間会談の実施が発表された。
会議場は、地球軌道上の宇宙ステーション「オーロラ・アリーナ」。
全周360度が大窓となり、背後には地球と、その向こうに淡く見える火星が同時に視界に入る。宇宙船がほのかな推進光を残しながら行き交い、人類が拓いてきた技術と平和の軌跡を象徴する場として選ばれた。
地球側の代表は、初代地球王アンドリュー・ハンの孫にあたるアンドリュー三世。
完全復興を果たした地球の名実ともに王となり、惑星全体を統括する初の君主として即位していた。
対する火星側代表は、レアとユウマが残した共生の遺産を継ぎ、火星王位を継承したアルテミス・アリオス。
銀色に光る彼の肌と透けるような大きな目は、いわゆる“捕らえられた宇宙人”の肖像そっくりの姿で、地球人の伝説を鮮やかに呼び起こしていた。
会談開始を告げる鐘が鳴ると、アリオス王はゆっくりと立ち上がり、その全身ホログラムを展開させた。
彼の姿はまさに1950年代に地球で記録された「捕らえられた宇宙人」と同一のプロポーション――大きめの瞳、滑らかな頭部、手足の長い異形のフォルムであった。
会場に集まった人々は一斉に息を飲み、その姿を見つめた。
アリオス王は微笑みながら語り始める。
「かつて、人類は私たちを恐れ、怪物として閉じ込めました。しかし我々は、ここ火星で“ひとつの人類”として学び、共に築いてきました。今、私の姿はその象徴です。違いは恐れの対象ではなく、互いを知るための入り口にすぎないことを証明するために――」
会場には、地球王をはじめ各国代表や科学者、一般市民のホログラム参加者も含め、感嘆の声と拍手が巻き起こった。
アルテミス王の登場は、人類の偏見を超えた共生精神を肉体化した瞬間だった。
次にホログラムスクリーンに映し出されたのは、2140~2160年にかけてのレアとユウマの歩みだった。初めての収容室での出会いから、火星移住の苦難、約束の地での別れ、さらには地球への帰還――過去の映像は時系列で再現され、一場面ごとに彼らの言葉と心情がナレーションで重ねられた。
「たとえ星が異なっても、心はつながる」というレアの言葉
「戦争は悲しみと分断を生むだけ。共存を選ぼう」というユウマの訴え
「選択は心が示す道しるべだ」という二人の誓い
それらは音と光となって全会場を包み、時空を超えた感動のうねりを生み出した。
視聴する全員の胸に共鳴し、多くの目から涙がこぼれ落ちる。
最後に両王は壇上に並び、地球と火星の代表たちに向かって共に宣言する。
「我々は今日、違いを恐れるのではなく、選び、理解することを誓います。
違いは隔てではなく、互いを知り、尊重し合う機会なのです」
アンドリュー三世は深々と頭を下げ、アルテミス王は優しく微笑んだ。
会場は割れんばかりの拍手に包まれ、ホログラムの星々が一斉にきらめいた。
会談後、両王は手を取り合い、オーロラ・アリーナの大窓越しに地球と火星を同時に望んだ。
アンドリュー三世「この光景を、次はさらに多くの星で見たい」
アルテミス王「そして全ての意識が一つになる、真の銀河共和国へ」
二人の声が、やがて時をこえて伝説となる。
過去の選択と理解が生んだ奇跡は、未来の人類を導く灯となり、
星を超えた共生の時代を紡いでいく。
ご精読、誠にありがとうございました。
この物語が皆さまの心に何か小さな火を灯し、未来への希望の一助となれば幸いです。
またどこかの星でお会いできる日を願いつつ——
敬具
作者拝