【第2話】出会い、そして芽吹くもの(2140年)
2140年——
第四次世界大戦は、30年近く続く泥沼の消耗戦となっていた。
人類の半分を占めるクローン人間と、生殖人間。
「感情を捨て、効率を選んだ者」と「非合理でも心を持つ者」。
もはや戦いの理由すら曖昧になったこの戦争は、ただ憎しみと恐怖の連鎖を増幅させ、世界を焼き尽くしていた。
その中で、少年は大人になった。
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ユウマ。
2120年、日本に生まれる。
幼い頃から航空と宇宙に強い憧れを抱き、13歳には独学で無人機設計の基礎をマスターしていた。
AIやロボットが軍の中核を担う時代、彼の才能はすぐに注目され、わずか18歳でアメリカ空軍中央司令室に異例の抜擢を受けた。
「日本人だからって珍しがらないでくれよな」
司令室に入った初日、彼はそう笑って仲間に挨拶したが、
内心は不安でいっぱいだった。
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司令室の任務は冷酷だ。
空爆のシミュレーション。
クローン兵器部隊の動向解析。
生殖人間の生存率を最大化するための損耗予測。
「最前線に出ない分、俺たちは安全かって?
——いや、頭脳戦の戦場にいるようなもんだ」
深夜の食堂で、ユウマは同期たちにそう言った。
笑いながらも、心の奥では割り切れないものがあった。
戦争を回しているのは、自分たちだ。
数字を動かし、命を操作し、結果として人を殺している。
それでも彼は、やめられなかった。
「……だって、ここを抜けたら、前線しか残らない」
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司令室地下の極秘収容施設には、クローン兵士たちが収容されていた。
彼らは、効率を重視するがゆえに生まれつき感情表現が欠如し、
生殖人間たちにとっては「心を持たない異質な敵」とされてきた。
だが、ユウマは違和感を抱いていた。
(……本当にそうだろうか?)
彼はかつて夜空を見上げ、宇宙に憧れた少年だった。
心を通わせることを夢見ていた。
今、こうして敵を冷たい目で見る立場に立っていることが、彼自身にとっても矛盾だった。
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そんなある日、ユウマに極秘任務が言い渡される。
「監視任務だ。
相手は——特別な存在だ。下手な扱いはするなよ」
電子ファイルが手渡される。
スクリーンに表示された名前を見て、彼の心臓は跳ねた。
レア・アリオス
反乱軍リーダー、アリオスの娘。
捕縛地点:シリコンバレー付近。
年齢:20。クローン人間。交渉材料として極めて重要。
──クローン側の“王女”だ。
ユウマは無言で資料を閉じた。
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翌日、彼は収容室へと足を運んだ。
冷たい光が差し込む、無機質な部屋。
分厚いガラスの向こうに、少女が座っていた。
雪のように白い肌、均整の取れた顔立ち、
淡い銀色の髪が肩にかかっている。
(……美しい、けど……)
何より衝撃だったのは、彼女の瞳だった。
澄んでいるのに、奥底に何もない。
光が反射するだけの、空洞。
「レア・アリオス?」
彼が呼ぶと、少女はゆっくりと視線を向けてきた。
「……あなたが、監視役?」
口調は淡々としていた。
まるで、感情がどこにも存在しないかのような声。
「そうだ。俺はユウマ。任務でここにいる」
「生殖人間……。でも、違う匂いがする。
あなた、本当に、この戦争を信じてるの?」
ユウマは、一瞬答えに詰まった。
「……いや、俺は空を信じてる」
「空?」
「戦争も、政治も、人間が作った枠組みだ。
空の向こうには、それが全部関係ない世界があると、そう思ってる」
レアは、わずかに眉を動かした。
「……枠組みのない世界」
「そう」
彼はポケットから、少年時代から肌身離さず持っていたスクラップブックを取り出した。
「これ、見てくれ」
ページを開くと、古びた2枚の写真。
1枚目は、アポロ11号の月面着陸。
もう1枚は、1950年代に“捕らえられた宇宙人”とされたモノクロの写真。
「……なぜ、こんなものを?」
「夢なんだ、俺の。
いつか宇宙に行って、この宇宙人に会って、直接聞いてみたい。
——あなたは、何を伝えたかったんですかって」
レアは黙ってページを見つめた。
長い沈黙の末、唇をかすかに動かした。
「……わからない。
私、感情というものを、持ったことがない」
「……」
「父は言ってた。感情は無駄だ、効率がすべてだって。
だから私たちは、“そう作られて”きた」
ユウマは、静かに微笑んだ。
「なら、今が初めてなんじゃないか?」
「え?」
「君は、今、興味を持った。
少し心が動いた。それが感情だよ」
レアの手が、かすかに震えた。
彼女は自分の胸に触れる。
奥底で、何かがわずかに軋むような感覚。
「……これが、感情?」
「そうだ」
彼は笑った。
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それが、二人の始まりだった。
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監視という名目のもと、ユウマは何度も彼女に会いに行った。
文学の話、音楽の話、宇宙の話。
彼女は、生殖人間の文化に強い興味を示した。
「私たちは効率だけを求めてきた。
でも……そのせいで、何かを失った気がするの」
「俺たちは感情ばかり優先して、まとまりを失った。
お互い、正反対なんだな」
「だから……私は、あなたの話をもっと聞きたいと思う」
その言葉に、ユウマの胸は静かに高鳴った。
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夜。
ユウマは屋上に立ち、星を見上げる。
(……この戦争は、きっとすぐには終わらない。
でも、もし——この小さな出会いが、未来につながるなら?)
彼は深く息を吸い込んだ。
心臓が鳴っていた。
それは戦争の緊張でも、恐怖でもない。
未知なるものと触れ合う、高鳴りだった。
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彼はまだ知らない。
この二人の出会いが、自分たちの運命だけでなく、人類の未来すら左右する出来事であることを。
そして、この出会いは、世界の大きな転換点の幕開けであることを。