【第1話】夢見る少年、ユウマ(2132年)
2132年。
地球は、第四次世界大戦の泥沼に沈んでいた。
2112年、アメリカで発生したクローン人間の武装蜂起は瞬く間に全世界に拡大し、
人類は生殖人間とクローン人間に完全に分断された。
戦線は多層化し、爆撃、無人兵器、そして飢餓。
多くの都市は、もはや地図上に存在しなかった。
──そんな瓦礫の街の片隅で、12歳の少年・ユウマは空を見上げていた。
「宇宙には過去も未来もない。真っ新な世界が広がっているんだ。」
仮設学舎の屋上。
かすれた音の風に吹かれながら、彼は古びたスクラップブックを膝に抱えていた。
1枚目は、1969年、アポロ11号の月面着陸。
もう1枚は、1950年代、アメリカで“捕らえられた宇宙人”とされる写真。
「この宇宙人さ、本当は敵じゃなかったと思う。
ただ、話し方も見た目も違ったから、閉じ込められただけなんだ」
隣に座っていたナナが、ユウマの横顔をそっと見つめる。
後ろではタクミが、呆れたように肩をすくめた。
「それさ、今日3回目な。聞き飽きたっつーの」
「でも俺、本気で思ってる。
空の向こうには、きっと分かり合える未来があるって」
誰よりも真剣な目だった。
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父親は、彼が3歳の頃に戦場へ駆り出され、二度と帰らなかった。
「英雄」と称され、表彰状と勲章が家に届いた日、
母は泣きながらそれを壁にかけ、翌日には工場へ働きに出た。
ユウマの家庭は、典型的な「遺族世帯」だった。
夜になると、母はぐったりした顔で帰宅し、
ユウマに笑顔を見せる余裕もなく、布団に倒れ込む。
「どうしてこんな世界なんだろうな……」
望遠鏡を覗き込み、ユウマは独り言を呟いた。
父が生前に愛用していた、小さな天体望遠鏡。
子どもには大きすぎる筒を抱えて覗き込むと、
まだ微かに星が瞬いている。
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人間とクローンの戦争。
なぜ始まったのか、少年には正確にはわからない。
ただ、教科書には「価値観の断絶」と書かれていた。
感情を持つ人間と、効率を優先するクローン。
人権、権利、存在意義。
「どちらが正しいのか」なんて、誰にもわからない。
でも、ユウマは知っていた。
どちらの側も、結局、未来を見ていなかった。
「戦っても、壊しても、そこに何が残るんだろう」
星空を見つめると、戦争なんてちっぽけに思えた。
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翌朝、避難民の仮設市場を歩きながら、ユウマは物資を運ぶ母を手伝った。
ジャガイモ、乾燥豆、代用肉、栄養剤。
全ては配給制。贅沢なんて夢のまた夢。
「ユウマ、ほら、あんたはちゃんと食べな」
母はかすれた声で笑うが、その手は骨ばっていた。
自分が食べる分を削って、息子に回していることは明白だった。
「母さん……」
「いいの、いいの。強くなりなさい。
宇宙を目指す子どもは、元気じゃなきゃダメでしょ?」
母の言葉に、胸が詰まった。
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学校では、兵士募集のポスターが増えていた。
16歳以上の男子は自衛義務を課せられ、戦場へ送り込まれる。
教室の隅では、タクミが小声で話していた。
「……俺さ、兄貴が兵士なんだ。前線だよ。
帰ってこないかも、って思うと、笑えなくなるよな」
ユウマは黙って聞いていた。
彼もまた、笑えない側の人間だった。
「でもさ……」
彼は静かに言った。
「俺は、戦争じゃなくて宇宙に行きたいんだ。
争いを超えた場所が、きっとあると思ってる」
タクミが目を丸くして笑った。
「相変わらずだな、お前」
ナナは、そっと微笑んだ。
「でも、そういうの……好きだよ、ユウマ」
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その夜、ユウマは屋上に上がった。
瓦礫の向こうに広がる黒い空。
街の灯りは最小限。電力は軍に優先供給され、民間にはほとんど回らない。
だからこそ、星はよく見えた。
「……父さん、聞こえる?
俺は、絶対に宇宙に行くからな。
戦争を超えて、生きて、空の先を見つけるから」
冷たい風が吹き抜ける。
胸に抱きしめたスクラップブック。
アポロの月面写真、捕らえられた宇宙人の写真。
幼い頃からの宝物だった。
「もし本当に宇宙人がいるなら、きっと教えてくれる。
この争いに意味はないって。
生きること、つながること、それこそが未来だって」
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ユウマはまだ知らない。
8年後、自分が戦場に駆り出されることを。
アメリカ空軍の司令室に異例の抜擢を受け、敵軍の捕虜と向き合うことを。
捕虜の少女、レア。
生まれつき感情を持たず、機械のように育てられた少女。
だが、ユウマとの出会いが、彼女の心を初めて震わせる。
やがてこの出会いは、人類とクローン、全ての境界を揺るがす出会いとなる。
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その日が来るまで、ユウマは空を見続ける。
空の向こうには、まだ見ぬ未来がある。
宇宙の彼方で、きっと誰もが分かり合える場所がある。
そう信じて。