【プロローグ】荒廃した世界
BORDERLESS - 空を信じたクローンと人間の物語 -
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2040年——
世界はついに、取り返しのつかない地点を超えた。
地球規模で進行する資源の枯渇、止まらない経済の格差、民族と宗教、国家間の対立。
冷戦期を超えた時代を生きた人々は、21世紀初頭、「世界はひとつになる」と夢見ていた。
だが、現実は残酷だった。
世界は統合するどころか、ますます分断された。
先進国は自国優先の姿勢を強め、新興国は独立を主張し、貧困国は取り残されていった。
政治家たちは口先では平和を謳いながら、その裏側で軍事予算を拡大させ続けた。
──そして2040年。
第三次世界大戦が始まった。
火蓋を切ったのは、ロシア、アメリカ、中国を中心とする大国群だった。
資源の確保、海洋権益、貿易の覇権。
すべての利権を奪い合い、ついには引き金を引いてしまった。
最初は局地的な戦闘だった。
だが、AIによる軍事制御、ハッキングによる相互妨害、ドローンと無人兵器による自動戦闘。
それは瞬く間に世界を覆い尽くした。
都市は焼け、人工衛星は撃墜され、気候変動はさらに加速。
地球はまさに「死にかけた惑星」と化した。
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2049年。
戦争は激化の一途を辿る。
そして人々はついに「核兵器」に手を伸ばすのであった。
一線を越えることはないと信じられてきた抑止力は、結局、人間の手によって破られた。
核の炎は北半球を中心に燃え広がり、数十億の命を奪った。
かろうじて生き残った人々は地下に潜り、シェルターを建て、日々の生存にしがみつくしかなかった。
都市機能は壊滅し、地図の線引きはもはや意味を持たなかった。
国境も国家も、軍事的影響力と暴力で再編された。
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2062年。
ようやく停戦協定が結ばれる。
だが、そこに「勝者」はいなかった。
勝利国も敗北国も、ボロボロだった。
世界の人口は30億まで減っていた。
土地は汚染され、食料は枯渇し、水資源は奪い合い。
文明は、かろうじて命をつなぐ最低限のレベルにまで後退していた。
各国は生き延びるための手段を模索し始めた。
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2069年。
人類は、倫理の一線を超えた。
クローン技術の大規模導入である。
アメリカを皮切りに、最初の完全クローン人間1号が誕生。
「遺伝的に優秀」「教育効率が高い」「制御しやすい」存在は、
再建を急ぐ各国にとって魅力的すぎる選択肢だった。
一方、生殖人間たち——つまり自然に生まれた人間たちは、複雑な感情を抱えた。
命を“生産”することへの抵抗。だが、労働力を補う必要性。
国家と企業は、倫理と合理の狭間で、結局後者を選び続けた。
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2100年。
世界人口はついに60億へと回復。
だが、その内訳は異様なものだった。
生殖人間:30億、クローン人間:30億。
地球の半数は、人工的に造られた「人間」で占められていた。
当初、クローン人間は感情表現が乏しく、生殖能力も欠如していた。
彼らは理性を優先し、効率を求め、感情に基づく非合理な行動を軽蔑した。
一方、生殖人間は恋愛、家族、文化といった「古い価値」を手放せなかった。
断絶は、やがて亀裂を生み、亀裂は戦火を呼び込んだ。
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2108年。
アメリカで、クローン人間による武装蜂起が発生。
きっかけは、待遇の不平等、法的な人権未承認、暴力的な管理体制。
世界各地のクローン社会はこれに呼応し、独立を要求。
2112年。
第四次世界大戦、開戦。
人類は再び、絶望の時代へと突入した。
だが、その戦火の中で——わずかながら、希望の芽は確かに息づいていた。
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2120年。
日本。
瓦礫と灰に覆われた街の片隅で、ひとりの男の子が産声を上げた。
名は、ユウマ。
宇宙に憧れ、空を見上げ、争いのない未来を夢見た少年。
彼の物語が、いま幕を開ける。