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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

恋は病

作者: 河辺 螢

 魔物は大事だ。

 魔物の出現は街にとって大事(おおごと)だけど、その魔物の素材で潤っている街にとっては、魔物は大事(だいじ)な存在でもあるのだ。


 冒険者で賑わうこの街には薬屋が三軒あって、魔法を使って調合した魔法薬を売っている二軒は大繁盛し、他の街からも買い求めに来るほどの人気ぶり。

 だけど、私の営んでいる薬屋はごくふつーの薬しか売っていない。おばあちゃんが生きていた頃はおばあちゃんが魔法薬を作っていて、大通りの店ほどではないにしろ常連の冒険者がわざわざ買いに来てくれていた。だけどおばあちゃんが亡くなり、魔法薬が作れなくなると次第に客足は遠いていった。より効き目のいい薬を求めるのは当然のことで、命をかけている冒険者は高額でも魔法薬を選ぶ人が多い。高価な魔法薬を買えない近所の人達が買いに来るか、流行病で薬が不足すると頼りにされる程度だけど、他の薬屋の下働きではなく自分の作った薬を手渡しで売るのは薬屋の誇り。毎日の暮らしに困らない程度に稼げるならそれでいいと思っている。おばあちゃんの残してくれた家にはうち専用の井戸があり、野菜や薬草がよく育つ畑がある。それだけでも幸せだ。


 庭や畑でいろんな薬草を育てているけれど移植できないものも多く、裏手にある森や山に採りに行くのも仕事の一つだ。魔物がうろつくような場所の方が効果の高い薬草が採れるのはお約束。魔物が出す瘴気を浴びてるせいだと言われているけれど、魔物が出るような場所には人が寄りつかないので、いい物が残りやすいのもある。


 そろそろ薬の材料が心許なくなり、裏の森に採りに行くことにした。

 薄暗い森の中はひんやりとしていた。魔物の嫌うお香を焚きながら、ぬかるみに気をつけ、あちこちにある木の根っこをまたいでいく。定番の場所に生えている薬草、木のうろに生えたきのこ、宿り木、珍しい苔、たくさん花をつけ今年も実りが期待できそうな果樹。私にとっては庭のような森だけど、この辺りには頻繁に魔物が出現し、時々遭難する人もいる。


 そして今日も行き倒れた冒険者らしき人発見。今年に入って三人目だ。

 薄茶色の髪の若そうに見える男は肩から胸にかけて爪のようなもので引き裂かれ、血を流していた。そばには魔物の死骸。相打ちといったところか。

 毒のある爪にやられたようで、上の服のボタンを外して胸をはだけさせ、常備している毒消しの薬草を揉み潰して少しづつ水をかけながら傷を洗い流し、さっき摘んだばかりの傷に効く薬草を布の中でよく練り潰して、糸を引いてきたところで傷に当てた。痛がりもしないのはあまり良くない状態だ。さすがに私一人では運べないので、人を呼んでこなければ。

 私のショールを体の上にかけ、魔物よけのお香を半分こして地面に置き、途中ヒカリキノコの抽出液をところどころ吹きつけながら急いで街に戻ると、冒険者ギルドに行って遭難者の報告をした。

 すぐにギルドから人が派遣され、ヒカリキノコの道しるべをたどって無事救出されたと聞いた。


 遭難者の救助は薬師にとっては義務でもある。義務だからこそ使用した薬はギルドに請求が認められている。薬草代、魔除けのお香、ヒカリキノコのお代くらいは請求してもバチは当たらないだろう。

「ご苦労様」

 ギルドの受付のお姉さんが請求書を受け取り、お金を払ってくれた。

 この後本人に請求が行く。業務上の怪我ならギルドや雇い主が支払うこともあるけれど、大抵は借金として次の報酬からさっ引かれることになる。分割払いもOKだ。

 この前森で助けた男は幻覚キノコを食べて笑いながら泡を吹いていた。食べていいキノコと食べられないキノコの見分けもつかないぼんくらな冒険者は全額自己負担だったらしい。ま、それも経験だろう。そうやってみんな成長していくのだ。うんうん。



 二週間ほどして、いつものように庭で薬草や野菜の世話をしていると見慣れない男がやってきた。まだ店は開いていないんだけど、ぎこちない笑みを浮かべ、手にはマーガレットを持っている。ラッピングもなく切り口がむき出しの茎は不揃いで手で引きちぎったようだ。

「エルナさん?」

「はい、そうですが、どちら様?」

「あ、俺、この前に森で助けてもらった、クレイブです。これ、どうぞ」

 手にしていた花を差し出され、とりあえず受け取る。

「はあ、…あー、…ありがとうございます」

 一応礼は言ったものの、お礼…、安くあげたな。よく見るとこのマーガレット、ピチピチのアブラムシがついてるよ。うわあ。摘みたてほやほやか。

「君に助けてもらえなければ、今頃森で魔物の餌になっていたかもしれない。ありがとう」

 まあ、そうなってたでしょうね。

「で、ギルドから請求が来たんだけど、ちょっと高すぎてさぁ、装備とか新調したばっかりで、今手持ちがないんだよね。ギルドのスタッフが『金額を決めたのは君だから交渉するなら君に』って言うもんだから、ちょっとまけてもらえないかな」

 ほほう? それが真の目的か。

「大体さ、人助けにお金を取るなんてどうかと思うよ。この街に住んでるなら冒険者には日頃から世話になってるだろう? 魔物が襲ってこないのも、俺達冒険者のおかげだ。それなのにあんな大金をぶん取ろうなんて、どうかと思うな」

「…」

 ぶんどる、ね。

「薬師なら人を助けるのは当たり前だろ?」

「なるほど、わかりました」

 私がそう言うと、クレイブとやらはニタァと口元を緩ませた。思い通りになったと思ったらしい。

「では、薬師として、実費ではなく店で販売してる価格に直します。処置料も取ってなかったので、加算します」

「………、えっ??」

 お見舞いのつもりだったんですけどね。あんな森の奥に軽装備で入って勝手に遭難して、通りすがりの人間に助けられて、なおまだ文句をつける。治療費の相場もご存じないあなた、初心者ですか?

 …と、言えるものなら言いたい気持ちを吐き出しきれず、せめてもの思いで

「何かあった時の費用を知るのも勉強ですし」

とだけ告げた私に、クレイブとやらは顔を赤くして眉間にしわを寄せながら口元は必死に笑みを保とうとしていた。

「い、いや、薬が安くないことくらい知ってるさ。だけど、…投資、そう、投資だ!」

 …は?

「君は将来有望な冒険者を助けたんだ。僕の活躍できっと君の名も売れて、薬もバンバン売れるぞ。薬買う時にはひいきにするからさ。僕がA級になったら僕の名前を看板にしてガッポガッポもうけてくれていいから。あ、その時はまけてほしいな」

 あほか。

 訳のわからん話を聞き流していたけれど、その後もさんざんしょーもない、聞く価値もないことを喋り続け、満足したのかクレイブとやらは帰っていった。



 その日のうちにクレームを言いにギルドに行った。

「こないだ森で助けた人がうちに来て、かかった費用をまけろって言ってきたんだけど。直接値段交渉しろなんて言わないでよ」

 知り合いのカトレアが受付だったので遠慮なく文句を言うと、

「お世話になってる薬師さんに値切れなんて言うわけないじゃない。…もしかしたら新人のあの子かな」

 振り返ると新しい受付の子と目が合い、ふんっと顔をそらされた。話したこともない子だけど、なんか嫌われてる?

「後で注意しとくから。あんたには何度もうちの冒険者を助けてもらってるから感謝してるのよ。うちのバカ冒険者達を見限らないでぇ」

「…できればその手の感謝されるような状況がない方がいいんだけどね」


 カトレアと話していると、何やらひそひそ声が聞こえて、普段は私の事なんてアウトオブ眼中な街の女の子達がこっちを見ているような…。目が合うと無理にそらして場所を移動した。

 何だろう。いい気しないなあ。


 罪なきマーガレットは軽く牛乳を拭きかけてしばらく外に置いておいたら、アブラムシはいなくなっていた。



 数日後、薬の納品依頼があった。

 傷薬と回復薬、それぞれ三十個? 大口の依頼だ。発注元は、街の警備隊?

 警備隊なら、普段は薬師を何人も雇っていて在庫も豊富な大通りの薬屋に発注してるはずだけど。うちみたいな小さな薬屋に依頼が来るようなことはないのに。

「何かの間違いじゃないですか?」

「いや、この店に頼むよう言われてるから、ほら」

 注文書には、確かにうちの名前が書いてある。だけど、

「うち、普通の薬屋ですよ? 魔法薬の取り扱いないし…」

「え、そうなの?」

 依頼人に驚かれて、こっちが驚いた。

 大きな組織は魔法薬の作れる店に注文を出す。急な討伐や不測の事態で魔法薬が必要になった時に融通を利かせてもらうため、日頃から付き合いを深めておくものだ。故にうちのような魔法薬もなく、一人の薬師がほそぼそやってるような店には、どうしても薬が手に入らない時でもないと依頼なんてしないものだけど。

「まあ五日ほどあれば、この数なら準備できるけど…。ほんとにうちでいいんですか? 発注間違いじゃない?」

と念を押すと、魔法薬を作れないと聞いて依頼人もさすがに不安に思ったようだ。

「そうだな。…今回はこの注文書通りに作っといてもらえるかい? 今回だけになるかもしれないけど」

「わかりました」

 臨時でも発注があるのはありがたいけど。まあ、次の注文はないと思っておいたほうがよさそう。


 店にある在庫を確認し、必要な薬草を用意して四日で注文のあった数を揃えた。

 その翌日、この前依頼に来た人が仲間を連れて薬を引き取りに来て、約束の金額を即金で支払ってくれた。次の注文はなかったので、やっぱり今回きりだったみたい。それでも思いがけない臨時収入だ。ちょっと変わった素材でも買ってみようかな。



 その三日後、どこぞのご令嬢が店にやってきた。侍女を一人連れていて、貴族か裕福な家のお嬢さんのようだけど、見るからに好意的ではなく、商品を見ていると言うより店のあら探しをしているように見えた。


「小汚い店ね」

 掃除したばっかりだけど。

 薬はお客の手に届くところには置いていない。店に並べているのは嗜好品やエチケット商品、お肌のクリーム程度。口臭を抑えるうがい薬を手に取ると、早速文句を言ってきた。

「安物の瓶ね。こんなのに入れてるなんて中身もしれてるわ」

 瓶をぐるりと回しながら眺め、ひっくり返して底を見て、でも買う気はないらしく棚に戻した。ラベルの向きなど気にする様子もない。

「魔法薬の一つもないなんて。お父様の店の方がずっと立派でよく効く薬を作ってるのに」

 同業者の娘らしい。羽振りのいい本通りの店、だろうな。

 白くてすべすべした手。薬草をちぎったことも、薬を調合したこともなさそう。自分では作らないにしろ、同業者の娘さんが薬を必要としているとは思えない。何をしに来たんだろう。


「…お薬をお求め…、じゃ、ないですよね」

 思い切って声をかけてみたら、

「こんな店の薬なんて、信用できないわ」

とばっさり。じゃ、何で来た。

「こんな貧相な店があの方の目に留まるなんて。助けた恩を売って脅しているのかしら」

 助けた恩を売る?

 何を言ってるのかわからないけれど、細めた目でダイレクトに敵意をぶつけられてキュウウと胃が痛み出した。

「貧相な店ですみません。…あの方とはどの方ですか?」

「クライブ様よ、新しく警備隊の副隊長になった。便宜を図らせておいて、知らないとは言わせないわよ!」


 ク、ライ…ブ? なんかそんな感じの名前、どこかで聞いた覚えが…。

 あ! マーガレット男か。

 え、あの男が警備隊の副隊長? あんなのが?? 信じられない!

 でも今「助けた恩」って言ってたよね。確かに森で助けた礼を言われた。もしかして救助にかかったお金をまけてもらう作戦第二弾に、うちの薬を警備隊のお金で買い取ってみたとか? 副隊長ならあれくらいの費用払えなくないでしょうに。自分の懐は痛めずに売られた恩を返そうとか?? 


「ちょっとクライブ様に気に入られたからって、いい気にならないでよね! あなた程度の作る薬なんてすぐに飽きられて、またお父様の薬を頼りにするに決まってるんだから!」

 おっしゃるとおり、次の注文はなかったけどね。…教えてあげないけど。

 これまではこの人の父親の薬屋が警備隊に薬を納品していたんだろうか。仕事を取られたとお怒りで、父親に代わってクレームに来たの?

 言いたいこと言って、ぷいっと顔を背けると、令嬢は店から出て行った。


 帰ってくれてよかった。たった一回発注してもらっただけで文句を言われ、店を悪く言われ、使ったこともないだろう私の作る薬まで悪く言われ、いいこと何にもないんだけど。

 理不尽だ。胃が痛む…。



 その三日後、また警備隊の人がやってきた。

「こないだの薬、使わせてもらったけどなかなか良かったよ。本当に魔法は入ってないのか?」

「私、魔法使えないので、入れようがないです」

「じゃ、腕がいいんだな。副隊長がずいぶん気に入ってさ、また注文したいって。一人で作ってるって言ったら、無理はさせられないから次は傷薬と回復薬、毒消し、十本づつで頼みたいんだけど」


 使ってみて効果を感じての追加発注。私の仕事が認められて嬉しい。薬の出来以外のところで注文をもらったところで長く続かないのは目に見えているもの。

 十本か。もうちょっと頑張れるけどな。でもま、お仕事もらえたのはありがたい。

「わかりました。納品は一週間後くらいで?」

「そうだな。よろしく頼む」



 嬉しい商談あれば、めんどくさい中傷あり。

 追加発注を聞きつけたのか、翌日また例のご令嬢がやってきた。周りの商品には目もくれず、真っ直ぐ私の所に来ていきなり、

「あなた、まだ身の程知らずな仕事を引き受けたのね」

と苦情から始まった。

「警備隊の仕事のことですか?」

「そうよ。クライブ様から発注してもらって、調子に乗ってるでしょう! どうやって気を引いたの?」

 中傷の意味がわからない。気を引くも何も頼まれた薬を作るだけなのに。

 ああ、また胃が痛くなってきた。

「図々しい女ね。魔法薬も扱えない二流薬師のくせに、男の人に取り入るのは得意なのかしら?」

「取り入るって、…発注に来たのは副隊長さんじゃなかったし、こっちから売り込んだわけでも…」

「あなた程度の女にクライブ様が目をかけるなんてありえないわ。救助にかこつけて惚れ薬でも飲ませたんじゃないかって噂、まんざら嘘でもないんじゃないの?」

 なんじゃそりゃ。惚れ薬って…。そんな物作れるなら今頃この薬屋は大繁盛よ。


 あ、……なーるほど。

 この子、副隊長さんが好きなんだ。好きな人が目をかけている(と思い込んでいる)私をやっかんでいる訳か。

 あんなのが? あのマーガレット男のどこがいい訳? 趣味ワルっ!

 あんなのに好かれてるからって(事実でもないのに)やっかまれても迷惑なだけ。商売の邪魔だし、私の胃にも良くない。


 頭に血が上ってるんだろう。顔が赤くなって息も荒いなあ。興奮しすぎて倒れたりしないよね?

「まあ、お茶でもどうぞ」

 問診用に用意している窓際のテーブルに鎮静作用のある薬草茶を出した。ハーブを利かせてるから飲みやすいはず。

 プリプリしながらも、喉が渇いたのかハーブの香りに誘われたのか、令嬢は席についてお茶を口にした。気に入ったのか、あっという間に飲み干した。すかさず侍女がポットのおかわりを注ぐ。

 そっと添えておいた焼き菓子に仕立てた整腸作用のあるビスケットも、遠慮なく食べた。ニキビは青春のシンボルという人もいるけど、その肌荒れは便秘由来かもしれない。


 他のお客さんが来たので、そっちの相手をしていると、令嬢は侍女を相手に私に聞かせるように話をしはじめた。あのマーガレット男に声をかけられた、とか、今度のお茶会にマーガレット男を呼ぶ予定だとか、こっちをチラチラ見ながら自慢げに話している。

 気が済んだ? 気が済んだら帰って。こっちは暇じゃないんだから。警備隊に頼まれた薬だって作らなきゃいけないし、今頼まれたできものに効く軟膏も作らないと…。

 侍女は話の合間合間に

「さすがメラニー様、クライブ様にはメラニー様こそお似合いですわ」

とよいしょを忘れない。

 結局令嬢は無料のお茶で一時間ほど居座り、薬の一つ、茶葉の一袋、整腸ビスケットさえも買わず、嫌み混じりの自慢話でストレス発散して帰っていった。おしゃべりが効いたのか、薬湯が効いたのか、すっきりした様子で興奮も落ち着いてたみたいだけど。

 あー、もう来ませんように。



 最近、店の前をドレス姿の女が通り過ぎるだけで身構え、店のドアの開く音がするとビクッとしてしまう。なんで私がこんな思いしなくちゃいけないんだろう。嫌な客が退散するような魔除けのお札でも売ってないかな。おばあちゃんが生きていたら気休めでも作ってくれただろうけど。


 警備隊から頼まれている薬。そろそろ常連さんが買いに来るだろうおむつかぶれの薬。近所のおばあちゃんに頼まれてる軟膏。それに自分の胃薬。頼まれた薬は期日までに作ったけど、集中力が欠けたのかいくつか素材を無駄にしてしまった。くううっ。


 こんな時は根を詰めても駄目。

 思い切ってお店をお休みにして、気分転換に森に薬の素材を採りに行くことにした。

 天気が良く、風も爽やか。魔物よけのお香に燻られながら森を歩いていく。鳥の声が響き、時々小さな生き物が木の枝を渡っていく。私が来て驚いたんだろう。気配に気を配るのは動物もこっちも同じだ。

 木いちごを見つけてテンションが上がる上がる! 神様からのご褒美だ。ジャムにしようかなぁ。シロップを作ってもいいなぁ。

 薬草や欲しかった素材も手に入り、珍しいトガリアオキノコが二つも見つかった。高値で売れるぞ。取りたてのほうがいい値段が付くから、ちょっと早く切り上げて今日のうちに売りに行こう。


 森から直接ギルドに行くと、いきなり現実に引き戻された。

 あの令嬢が、あの新人ギルドスタッフと話をしている。二人は友達だったか。さすが似たもの同士。

 私がここにいるって絶対ばれたくない。フードを目深に被って素材を引き取ってくれる窓口に向かい、二人に背を向けた。

 キノコ二つと、花の根塊三つ。思った以上の値段がついた。しかし、嬉しさ以上に背後の声が気になる。

「結局お茶会にはお越しいただけなかったの。お忙しいみたいで」

「残念だったわね」

「お詫びにってオレンジのバラの花束を届けてくださったのよ。ふふふ。クライブ様ったらセンスいいんだから」

 …なるほど。金持ちの娘にはバラの花を贈るのか。通りすがりに引きちぎったアブラムシ付きのマーガレットじゃないんだ。

 私なんかよりずっと気に入られてるじゃない。そんな花束をもらってる時点で、私にネチネチと嫌がらせする必要ないと思うんだけど。

「あの薬屋、まだ警備隊に取り入ってるみたいよ。また追加注文もらったって。ちょっと通りすがりに助けたからって、恩着せがましくいつまでもしつこいわね」

 !! またうちの悪口を…。何で追加注文もらったことを知ってるんだろう。ギルドの情報として知ったって、何もペラペラ話す必要ないじゃない。

「私も身の程知らずなことはやめたらって言ったんだけど、全然聞く耳持たないの」

「あの程度の薬屋が警備隊専属になれると本気で思っているのだとしたら、哀れなものねー」

「クライブ様との縁にしがみつきたいんでしょうけど、あんな貧相な子にまわりをうろつかれて、クライブ様も迷惑しているに違いないわ」

 …いや、うろついてないけど。そもそもあれから一度もマーガレット男とは会ってないんだけど。

 発注に来るのも違う人だけど。

 継続的にお仕事くれたのは、向こうからなんだけど。

 一応、薬を評価してもらってるんだけど。

 何を根拠にあんなに敵意を丸出しにしてるんだろう。恐すぎる。


 魔物の角を売りに来た冒険者チームがギルドに入ってきた。立派な角は魔鹿のものだけど、連中は群れるから仕留めるのが大変なのよね。その分たっぷり素材を手に入れるチャンスでもあるけど。

 大猟にご満悦な冒険者達。

 それを見た二人は思いっきり顔をしかめ、令嬢は鼻をつまんで顔を背けた。

「やだわ。お風呂に入ってから来ればいいのに…」

 いや、素材に触ると汚れるんだから、家に戻る前に引き渡すでしょ。その後でお風呂でしょ。薬屋の娘なのに、あの魔鹿の角にどれくらいの価値があるかわかってないのかな。

「お上品な嬢ちゃんがいるところじゃねえんだよ。汚れたくなかったらとっとと帰んな」

 魔鹿を持ってきた冒険者に一喝され、令嬢はツンと顔をそらし、そのままギルドを出て行った。


 冒険者と薬屋は持ちつ持たれつなんだけどな。

 冒険者が素材を入手してくれなければ作れない薬だってあるんだし、薬を買ってくれるからこそきれいな服を着て何不自由なく暮らせているのに。


 令嬢がいなくなった途端、あの新人スタッフが白けた顔で一言。

「自分はクライブ様に好かれてるとでも思ってるのかしら。ばっかじゃない?」

 !!

 友達じゃないの? 恋の応援してたんじゃないの?? こわっ。

「あなたも、余計なおしゃべりばっかりしてないで、少しは仕事しなさい」

 先輩スタッフに叱られて、

「はーい」

と返事をしたものの、ものの一分もしないうちに

「お手洗い、行ってきまーす」

と言い残し、受付離脱。

 私がここに来てからずっと仕事してないよ、あの子。あれで給料もらえるんだ。

 私が素材のお金を受け取っても新人スタッフはまだ戻ってこなかった。このまま出くわさないことを祈り、フードの首元をしっかり握ってギルドを出た。



 令嬢はクライブ様のことが好きなのは間違いない。それなのに「貧相」な私が好印象を持たれ、父親の仕事を奪っているのがよっぽど許せないって感じ。こっちはアブラムシ付きマーガレット男に好意を持てるはずもないんだけど、そんなこと伝わる訳ないし、仮に本音を言ったとしても悪口ととられたらどんな目に遭わされるかわかったもんじゃない。


 また店に来るのかなー。いやだなー。来ないでほしいなあ。

 恋心がなくなったら、私のことをライバル視することもなくなる?? その恋、とっとと冷めてくれたらいいのに。


 家に帰った私は、いつものようにおばあちゃんが残してくれた薬のレシピをめくって、何だかもやもやする気持ちを空想で満たした。

 動悸を抑える薬草。血圧を下げる木の実。心を落ち着かせる花の根っこ。頭ののぼせを冷やす芋。イライラを抑える薬草。

 魔法が使えたらもっとすごい薬を作れるんだろうけど、私に作れるのものは自然素材を組み合わせるものだけ。

 パラパラとページをめくっているうちに妄想に取り憑かれた。

 ドキドキするのが恋なら、ドキドキをなくしちゃえばいいんじゃない?

 よし、作ってみるか!


 素材の下処理をし、配分は直感で。潰して、練って、焼いてみて、芋が多かったからか薬…と言うより、何だかお菓子みたいなものができた。

 名付けて恋の熱冷まし薬。…なんちゃって。

 こんなものでドキドキをなくしたところで、人の心までは操れないけどね。


 気が付けば空が明るくなっている。うっかり徹夜してしまった。



 三時間も寝ていないその日、店を開けて10分もしないうちに例の令嬢の姿が窓の向こうに見えた。

 来るな、来るな、来るなーっ。

 祈りも虚しく躊躇なく開かれるドア。入ってきてほしくなかった。

「イラッシャイマセー」

 我ながら、感情のない声だ。

「客に対して失礼な対応ね」

 …本当の客ならそうだろうけど、今のところ銅貨1枚もうちで使ってない、嫌みな冷やかしを客とは思えない。

 徹夜の疲れもあって、じーーーーっと視線を送ると、向こうも私が不機嫌なのを察したみたい。

「な、何よ」

「お薬をお探しですか?」

「別に探してないわ。こんな店で買わなきゃいけないほど困ってないもの」

 それならお帰りを、

 …ただそれだけが言えない。私の意気地なし!


「とりあえず、こないだのお茶が飲みたいわ」

 おいおい、何も買わずにお茶の催促? 意外と図々しいな。

 勝手知ったる令嬢は自ら相談用の席に座った。仕方がないので前回出したお茶とお菓子を用意する。

 飲みたいと言うだけあって気に入っていたようで、大人しく薬草茶を楽しみだした。しばらくしてお菓子のおかわりを言われ、出しはしたけど、うち、無料カフェじゃないんですけど。

 そう思ってるなら言えよ、私。言ってしまうんだ! ほら!

 …はあー…。言えない。


「こんにちは」

 別の客が来た。初見の客だ。身軽な恰好の冒険者風の若い男はさわやかな好青年といった印象で、愛想のいい笑顔を浮かべている。

「毒消しのことで相談したいことがあって。これ、ここで作っているので間違いない?」

 男が出した瓶はうちで使っている薬瓶だった。薬のラベルにも私が書いた字が残ってる。他の薬師が瓶を再利用した時にラベルまでは利用できないよう、封を開けると薬の名前を書いたラベルがちぎれるようにしてある。

「きちんと封がされていたなら、私が作った薬ですけど」

「そうか。それじゃあこれを毎週十本、依頼したい」

 週、十本?

 驚く私に、男の人は注文書ではなく契約書を出した。わ、一年契約だ!


 契約書に手を伸ばそうとしたところで、ガタン、と椅子が倒れる音がして、音のした方を見ると、令嬢がこっちに駆け寄ってくるところだった。目をキラキラさせて、主人を見つけたワンコのようだ。

「クライブ様! こんな所でお会いできるなんて、運命を感じますわ!」

 …? ん? この人が警備隊副隊長…?

 あれ? アブラムシじゃない。じゃ、この人、私が助けた人とは違うじゃない。

 令嬢はクライブ氏の腕に自分の腕を絡め、上目遣いで熱い視線を送った。クライブ氏はちょっと動きがぎこちなくなり、やや引き気味ながらも紳士的な態度を崩さない。

「君は…、ファーマル薬店のご令嬢だったかな」

「メラニーとお呼びください。先日はバラをありがとうございます」

「バラ? あ、ああ、喜んでいただけて何より」

 この男も押されてるなあ。

「今日はお薬をお買い求めですの? こちらで?」

「ああ」

「こんな小さな店より、是非うちにお越しになって。父自ら作る薬を優先的に警備隊にお届けするよう、私から父にお願いしてさしあげますわ」

 メラニー嬢の押しにクライブ氏の困惑を感じる。私も困惑してる。人の薬屋で暇つぶしをしたうえ、客まで奪おうとするなんて。どこまで図々しいんだろう。

 勇気を出せ、私。今こそ、この女を追い出して、二度と来るなと言ってしまうんだ!

 よし、

「あ、あの、今こちらのお客様は、私とお話しを…」

「あなたは黙ってて!」

 はいっ。

「今からうちへ来ません? うちの馬車を待たせてあるの」

 強引に腕を引かれたけれど、クライブ氏は一歩も動かなかった。さすが副隊長、体幹がぶれない。鍛えているんだなぁ。

「…すまないが、私は今、この店に用事があって来ているんだ。君の父上の店にはまた日を改めて伺うので、父上によろしくお伝え願えるかな」

 つまり、一人で帰れと言われているんだけど、察しが悪いのか諦めきれないのか、

「こんな薬師に恩を感じて、いつまでも縛られる必要はありませんわ。クライブ様にはそのご身分にふさわしい店で、ふさわしい薬を使うべきです。こんな貧相なお店、クライブ様には似合いません!」


 ひどい言いよう。むっとしながらもそれ以上にしゅんとなってしまうのは、自分でも自分の店の貧相さをわかっているから…。

 落ち込んで俯くだけで何も言えない私に代わるように、クライブ氏の笑顔が消え、魔物を討つ前のような鋭い視線を令嬢に向けた。

「君こそ、ライバルとは言え店に足を向けながら敬意も払わないのか。店の中でその店を悪く言うとは、恥ずかしいとは思わないのか」

 言いたかったことをそのまま言葉にしてくれた。嬉しいけれど、何だか自分まで叱られているような緊張感に胃がしくしくと痛み出す。

「そ、そんな、私…」

「店の大小と薬の良し悪しは関係ない。その発言はいささか傲慢だと思うが」

 憧れのクライブ様からの厳しい言葉に、令嬢はしくしくと泣き出してしまった。

「お嬢様っ」

 ハンカチを差し出しながら、クライブ氏を睨みつける侍女。お嬢様をいじめる者は全員敵って顔してる。本来ならあなたがお嬢様を諫める立場なのに。

 あー、これは長くなりそう。


「あの、一旦奥で、…お茶、入れ直しましょうか? そちらの方もいかがでしょう?」

 泣いちゃった令嬢の手を取って侍女が元いた席に戻り、私が倒れた椅子を戻すと令嬢を座らせた。

 私と令嬢はそんなに年は離れていないと思うんだけど、こうして見ているとずいぶん幼く見える。

 クライブ氏も渋々席に着いた。和やかな雰囲気で患者さんに問診するために、この席はかわいく花や緑で飾ってあるのに、この上ない緊張感にあふれている。


 気分が落ち着く薬草茶を入れて、この隙にこっそりと胃薬を飲み込んだ。

 自分のお茶は入れてないけど、雰囲気的にこの場を離れることは許されない、…よね??

 クライブ氏はお茶を一口口にして、少し驚いたような顔をした。すぐに二口目を口にしたところをみると、まずくはなかったんだと思いたい。

 カップを入れ替えると、令嬢はすぐにカップを手に取った。少し手が震えているのは、目の前のあこがれの人を怒らせてしまったからだろう。


「大して知りもしない男の腕を取るのも驚きだが…、それも街にいる時だけだろう?」

 俯いたまま令嬢はカップに口をつけ、中のお茶をすすった。

「何日もかけて討伐に向かい、風呂にも入れず、魔物の返り血や体液を浴びた俺達を見ても同じ事ができるのか? 手を差し出せばその手で触れることができるのか?」

 もしかしてこの人、ギルドでの話を聞いてたんだろうか。

 討伐に関わる人からすれば、あの発言は不快だっただろう。ムッとしながらも「帰れ」くらいで済んだのはあの冒険者達の度量の深さ故だけど、面倒な相手だったら絡まれて無事では済まなかったかもしれない。

「冒険者に薬を売って生活している家の娘なら、言動には気をつけるべきだ」

 こうやって注意するクライブ氏は親切だと思う。だけど令嬢はクライブ氏とは目を合わせず、逃げるようにお菓子を黙々と食べている。みんなで食べられるように大皿で持ってきたけど、一度にそんなに食べて、下痢したって知らないぞ。

 …って、

 あれ? …あ、

 …やばい!

 あれ、整腸ビスケットじゃない。あれは今朝作った恋の熱冷ましの薬!


 サイズが小さかったせいか食べるペースが速く、ほぼ令嬢一人で食べてしまった。

 涙はいつの間にか止まっていて、クライブ氏の説教も馬耳東風、妙に落ち着いた様子で残りのお茶を飲み干すと、ほうっと一息。窓の外を眺める姿は穏やかで、まるでひなたぼっこしているおばあちゃんみたい。

 まだ静かに怒りを見せているクライブ氏。

 クライブ氏を「お嬢様をいじめる男」として睨みつける侍女。

 そんな二人をよそに令嬢の目には熱がなくなっていた。怒られた悲しみも、プライドを傷つけられた羞恥もすっかり忘れたかのよう。

 これは薬が効いちゃってる?


「ネリー、帰りましょう」

 侍女に声をかけると、令嬢はすっくと立ち上がり、私とクライブ氏に小さく礼をした。

「私、どうかしてましたわ。こんなお説教ばかりのつまらない人にときめいていたなんて。何だか目が覚めました」

 にっこりと笑顔で語ったその言葉に、クライブ氏も侍女さえも動きを止めて固まっていた。

 あんな短時間でここまで冷める?

「次はお父様のお店にもお越しくださいね。では」

 令嬢はゆったりと店を出て行った。


 一分ほどして一人で戻ってきた侍女から銀貨一枚を手渡された。令嬢の指示らしい。お茶とお菓子代かな。

「うちはカフェではありませんので、今後はご遠慮いただければ…」

 ようやく言えた私からのささやかな苦情に、

「ご迷惑をおかけし、申し訳ありませんでした」

 侍女は深く一礼して店を出て行った。


 効くもんだなぁ。心の高揚がすっかり収まっている。薬に加えてクライブ氏の説教の相乗効果だろうか。叱られ慣れてないだろうし。実験する気はなかったんだけど、想像以上の成果だった。

 それにしても薬として作った物を出し間違うなんて。いかんいかん。薬師として許されないよ! 反省! 徹夜なんかするから…。やっぱり睡眠は大事だ。


「毒消しもずいぶん効果あったからなあ。…魔法薬以上だな」

 クライブ氏がすっかり態度を変えた令嬢に感心しつつ、ちろりと私に目線を移した。

「何を盛った?」

 盛ったって…。

 笑ってごまかそうとしたけれど、笑顔で返され、私の笑顔がひきつる。か、勝てない。

「えーっと、…ちょっとした手違いと言いましょうか…」

「うん?」

 圧の強い笑顔。笑ってるのにこの人恐い。

「主成分は心を落ち着ける効果のある薬草の類ですけど、そんなにきついものは入ってないですし、芋が一番多いから別に害はないと思うん、です、けど…」

「へえ?」

「…」

「それも少し分けてもらえるかな、…個人的に」

 素敵に迫力のある作り笑いに、小心者の私は

「…ハイ」

と答えるしかなかった。


 毒消しの納品一年分の契約書。それに「恋の熱冷ましの薬」なる珍薬の残り全部を手に入れたクライブ氏はほくほく顔で帰っていった。



 「恩を着せて」発注を取り付けたと誤解され、あらぬ中傷を受けていたけど、私の作る薬の効果を認めてくれた、引け目を感じる必要のない注文だった。

 アブラムシ男と名前が似ているせいで変な言いがかりつけられちゃったけど、一体誰だ、こんな噂話流したのは。


 その元凶は早々に判明した。

 碌に働かない新人ギルドスタッフはあのド素人冒険者クレイブ君に気があったみたいで、奴に値下げ交渉をアドバイスしたのに応じなかった私に代理仕返しとばかり、悪意ある噂を広めていたのだそうだ。

 守秘義務は守れず、噂話にばかりかまけて碌に仕事を覚えない彼女はギルドを首になった。でも全然応えた様子もなく、クレイブ君を追いかけて他の街に行ったそうだ。

 あんなアブラムシ男のどこがいいんだろう。蓼食う虫も好き好きってやつか。



 あの後、毒消しを受け取りに来たクライブさんに、よく似た名前の人を助けたせいで変な誤解をされていたことを話すと、

「いや、俺も君に助けられたんだけど」

 そう言っておもむろにシャツのボタンを外しだした。

 傷など見慣れた私は男の上半身裸ごときで恥じらうことはないけど、突然どうしたのかと思っていたら、そこには大きなひっかき傷が残っていた。元は毒を帯びていたのかもしれないけれど、きれいに治ってきてはいる。

 この傷…、森で魔物と相打ちになってたのって、クライブさんだった? 初心者にあの魔物を倒すのは難しいと思ってたけど、やっぱりアブラムシ男じゃなかったのか。

「女の子が一人で森に入っていくのが見えたから、後を追ったらバッチリ魔物に遭遇してね」

 森に女の子…。

「もしかして、私を助けようとして森に入ったの?」

 これは悪いことしたな。

「魔の森慣れした子だとは思わなくてさ。剣しか持たずに森に入るなんて、自分を過信してたよ。助けられたから贔屓にしたっていうのもまんざら嘘とは言えないな。あの傷がこんなに早く治るなんて、あんなすごい毒消し、魔法薬でも作れるもんじゃない」

 え、そう?

「最近の魔法薬は弱い薬の力を魔法で補ってるものが多くてね、魔法も使わないでこれだけ効果がある薬はなかなかないよ」

 いや、何だかべた褒めされてる。ちょっぴり恥ずかしいけど、やっぱり薬が褒められると嬉しいな。頑張ってきた甲斐があった。

「この前持ってきた瓶は以前友人からもらった毒消しでね。この街で手に入れたって言うから、ここに赴任してからずっと探していたんだ。まさかその薬を作った本人に助けてもらえるなんて、運がよかった」

 いや、どう考えても運は良くないでしょ。魔物に襲われて、大怪我して死ぬところだったのに。

 でも死んでないってことは、確かに悪運はあるんだな。ふふっ。


 後で聞いたら、アブラムシ男は森の中で毒キノコを食べて死にかけてた奴だった。

 お礼言いに来たの、二か月は過ぎてたな。二か月も代金支払いしてなかったんだ。ふーん。

 できない奴は、何しても駄目だな。うん。


 クライブさんは実はまだ療養中で、安静にしてなきゃいけないのに、代理人から話を聞いてるだけじゃ物足りなくなってこっそり抜け出してきているらしい。そんな不良患者には傷によく効くけどとっても苦い薬を処方したくなっちゃうな。

 元気になったらお礼にご飯をおごってくれるって言ってたから、楽しみにしよう。



 その後、ご令嬢ことメラニー嬢はクライブさんへの恋心が復活することはなかった。

 あの薬で恋の病が完治しちゃったんだろうか。…そんなことないよね。怒られた時の怖さもあって恋心をなくしちゃったんだろう。

 その後、父親に勧められた縁談の相手がばっちり好みのタイプだったらしく、順調にお付き合いが続いているらしい。あー、よかった。これでいわれなき嫉妬もなくなるだろう。満足感は嫉妬の一番の治療薬だからね。


 その後もたまーにメラニー嬢の侍女がうちの店に来て、店で出したあのお茶っ葉と整腸ビスケットを買って帰るようになった。

 一応私の作ったものの効き目を認めてはくれているみたい。



 クライブさんは王都ではそこそこ有名な騎士らしく、警備隊に赴任したのは人事交流で、この街に滞在するのは一年間だけなのだそうだ。

 街の女の子達は素敵な騎士様とあこがれの王都住まいを狙っているみたいだけと、今のところクライブさんにはその気はないみたい。

 自らうちに薬を取りに来るせいで女の子達からのやっかみは続き、胃薬が手放せない。

 そのうちに熱を上げている女の子達は減っていき助かったけど、まさかあの薬、使ってないよね?


 その一方で、

「どう? 一緒に王都に行かない? 君の腕なら王城騎士団御用達も夢じゃないよ」

 よほど毒消しが気に入ったようで、何度か王都行きを打診された。でも、

「私はこの家がいいので、引っ越すつもりはありませんよ」

とお断りしてる。自分好みに育てた薬草があり、森の素材の場所もわかっているこの場所以外で薬を作るなんて、私には無理だ。


 クライブさんは時々見回りに来たり、例の毒消しを引き取りがてら「無料」のお茶を楽しんだり、時には非番の日に軽食を持ってやってきて、庭仕事を手伝ってくれることもある。

「ここの畑で育つものはみんな生き生きしてるな。この土地か、井戸の水がいいのかなあ」

 意外と当たりかもね。おばあちゃん直伝で薬だけでなく薬草の育て方も教わったけど、魔法もない私の力を底上げしてくれている可能性は充分ある。だからこそここを離れるわけにはいかない。王都に行って同じ薬が作れるとは限らないのだから。

「王都に戻っても薬の注文は受けるから。…送料は負担してね」

「了解」



 やがて任期の一年が終わり、クライブさんは王都に戻っていった。

 毒消しの契約元は王都の騎士団になり、月に三十本の発注を受けた。そして二か月に一度、わざわざ王都から薬を取りに来るクライブさん。聞けば結構仕事忙しいみたいなのに、気晴らしになるからと遠距離をかけてくる。


 来週、また来ると手紙があった。

 契約している薬の準備は万端。いつも頼まれる他の薬も用意しておこう。

 気分が落ち着くからと気に入ってくれている薬草茶も用意しなくっちゃ。

 ごはん、何にしようかな。

 一日くらいは臨時休業して一緒に森に行ってもいいかも。

 ああ、そうなるとまた街の女の子達にいろいろ言われちゃうかな。…胃薬も作っておこう。


 来るたびにいつも何か言いたげにしてるけど、うちで薬草茶飲んでるうちに、

「またでいいかー」

ってなっちゃうのよね。

 王都暮らしで悩みがあるなら、今度は聞いてあげようか。







お読みいただき、ありがとうございます。


誤字ラ出現のご報告、ありがとうございます。

警備団と警備隊がごちゃ混ぜになっていたので、警備隊に統一しました。


飛び石連休が飛び石過ぎる。


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