欠陥スキル【不器用】で世界最強! ~スキル効果反転でSSS級ダンジョンハンターを目指す~
事務用品の並ぶ倉庫でサボっていると、軽い地震が起きた。
十秒ほどの揺れが鎮まった後、目の前にゲームっぽいメッセージが表示される。
[あなたは初めてダンジョンに入りました]
[スキル【不器用】を取得しました]
倉庫の外から怒声や悲鳴が聞こえてくる。
明らかに異常な騒がしさだ。
地震程度でこんなパニックにはならないだろう。
俺は扉を開けてそっと覗く。
そこには社員とゴブリンが殺し合う地獄絵図があった。
俺は慌てて扉を閉めると、棚を倒して即席のバリケードにする。
どうやら職場のビルがダンジョン化し、ゴブリンの巣窟となったらしい。
外の人達は既に気付いているだろうか。
ダンジョンハンターが救助に来るまでどれくらいかかるか分からない。
バリケードは過信できないし、自力で脱出することも視野に入れておくべきだろう。
そう考えた俺は、先ほど取得したスキルを確認する。
頭の中で念じるようにイメージすると、すぐに詳細説明が浮かび上がった。
【不器用】
熟練度:0
スキルを使用すると熟練度が下がる(このスキルを除く)
取得スキルの初期熟練度は5です。
スキルの取得率が向上します。
レベルアップできません。
ちょっと待て。
名称から嫌な予感はしていたが、思っていた以上にクソスキルだ。
スキルの取得率が上がるのは良い。
しかし、他のデメリットが致命的すぎる。
スキルには頼れないと判明した以上、他の手段を選ぶしかない。
俺は倉庫内の備品を漁って武器になりそうなものを探す。
まず真っ先に掴み取ったのは刺股だった。
不審者対策で購入したものを倉庫で放置していたのだろう。
うちの会社は物の管理が雑だが、今回はそれが功を奏したようだ。
刺股を掲げた俺は、ネジが緩んでU字の先端が外れかけていることに気付く。
危なかった。
ゴブリンとの戦闘中に外れたら洒落にならない。
俺は近くにあったドライバーでネジを締めようとする。
[スキル【修理】を取得しました]
メッセージの直後、ネジが勝手に取れてU字の先端が外れた。
ネジを締め直そうとしても上手く回らない。
それどころか次々と部品が外れてしまい、刺股がどんどん原形を失っていく。
(まさかこれが【不器用】の効果か……?)
俺は備品のダクトテープを引っ張り出した。
それをガチガチに巻き付けて無理やり固定を試みる。
ところがダクトテープが剥がれて、残るネジが一斉に取れた。
刺股は無惨にもバラバラになる。
[スキル【修理】の熟練度が0を下回りました]
[効果が反転します]
さすがに俺は手を止める。
効果の反転とは一体どういうことか。
気になった俺は、スキルの説明欄が変化していることに気付く。
【修理】
熟練度:-1
物体を直す行為が破壊現象を引き起こす。
なるほど、理解できた。
【不器用】の効果で熟練度が下がり続けた結果、スキルの効果が【修理】とは真逆に振り切ったらしい。
(待てよ……これは有用かもしれない)
効果が反転したら強いスキルを取得することで、脱出の足がかりになるはずだ。
俺は倉庫内の備品を利用してさらなるスキルの取得を狙う。
まず攻撃手段だ。
【修理】は無機物にしか作用しないため、ゴブリンを倒すスキルが必要だった。
「攻撃の反対と言ったら……」
俺は手の甲の擦り傷に注目する。
数日前、酔っ払った時にぶつけた際のものだ。
もう治りかけだが傷には違いない。
俺は備品のタオルを当ててダクトテープを巻き付けようとするが、滑り落ちるように外れた。
[スキル【治療】を取得しました]
よし、大雑把な処置だったが、スキルの獲得条件を満たしたようだ。
そこから何度か同じことを繰り返すと、すぐに狙い通りのメッセージが出た。
[スキル【治療】の熟練度が0を下回りました]
[効果が反転します]
擦り傷が開いて血が溢れ出してくる。
結構な出血量だ。
これには俺も焦り、大慌てでコピー用紙をハサミで切りまくった。
[スキル【切断】を取得しました]
そのままコピー用紙を切り刻んでいると、スキルの効果が反転した。
俺はすぐさまハサミの刃を擦り傷に押し当てて、少し躊躇いながらも力を込める。
痛みはなく、血が止まって傷が消えた。
【切断】の効果が反転して傷を塞いだのだ。
[スキル【自傷】を取得しました]
ハサミで自分を切ろうとしたせいか、意図せずスキルが増えた。
これも何度か繰り返して反転させておく。
スキルの説明欄を見ると、自傷行為が失敗して代わりに敵が負傷するらしい。
なかなか面白いスキルだ。
攻撃手段としても使えそうである。
(これで戦えそうだな)
俺はいくつかの備品を持って倉庫を出る。
気配を殺して最寄りの階段をこっそり下りていく。
ダンジョンは元の建物がベースとなっている。
だから基礎の構造は変わらないと聞いたことがあった。
すなわち一階に行けばおそらく脱出できる。
俺は階段の途中で足を止める。
踊り場に数匹のゴブリンが集まっていた。
死体を解体して遊んでいるようだ。
俺はカッターナイフを自分の首に当てて、勢いよく動かす。
次の瞬間、ゴブリンのうち一匹が首から血を噴き出して倒れた。
【自傷】の反転効果が届いたのだ。
俺は同じことを繰り返して踊り場のゴブリンを全滅させる。
自分の首を切るのは怖いが、慣れてくると大丈夫だった。
そのまま階段を下りていくと宝箱を発見した。
開けてみると中には宝石が入っていた。
とりあえずポケットに押し込んで一階へと向かう。
道中のゴブリンは【自傷】による理不尽ダメージで片付けていった。
そうして俺はエントランスに辿り着く。
出入り口を占拠するのは屈強な体躯のホブゴブリンだった。
積み上げた社員の死体を椅子にして門番のように鎮座している。
俺は物陰からホブゴブリンを注視した状態で、自分の首を切り裂く。
ホブゴブリンの首筋から血が流れるも、すぐに止まった。
同じ攻撃を重ねても致命傷には至らない。
(実力差があると効きづらいのか)
俺は自分の手足や腹を切りつけたり刺す。
これにはホブゴブリンも異変を感じ、立ち上がってエントランスを徘徊し始めた。
そして俺の気配を察知すると、雄叫びを上げて突進してくる。
俺は急いで自分の目を突き刺す。
ホブゴブリンは悲鳴を上げるも、突進を止めることはなかった。
荒々しい動きで俺の前までやってくると、首を掴んで持ち上げてくる。
(や、やばい。殺されるっ!)
俺は絆創膏をゴブリンの首の傷に貼りつける。
すると小さな傷が一気に開いて大出血に至った。
反転させておいた【治療】の効果だ。
ホブゴブリンは俺の首を離して悶絶する。
そこに俺は追加の絆創膏を貼り付けていく。
全身から夥しい量の血を噴水のように流したホブゴブリンは間もなく動かなくなった。
返り血まみれの俺は、臭いを気にしつつ職場から脱出する。
その後、宝箱で手に入れた宝石を売ったところ七百万円になった。
魔力が込められたもので希少だったらしい。
退職金としては十分だろう。
今後の生活について考えた結果、俺はダンジョンハンターへの転職を決意するのだった。