09話
小鳥のさえずりをこんなにも早く聴くのは凄く久しぶりだった。
翌朝、慧は律義にも桜実家の前で自転車片手に立っていた。
「眠い……Zzz」
いったい全体何が悲しくて俺はこんな所にいるんだ。
本当に……ついてるんだか、ついてないんだか。
昨日、あれから無理矢理話しを合わせられた俺はなんだかんだで桜実のお抱え運転手兼ボディーガード……まぁ付き人?になってしまった。
断ろうにも凄い高価な自転車の弁償をちらつかされて、まったく駄目だったんだ。
しかし、しかし悪い事ばかりじゃない。
これから桜実の付き人を続けていけば自転車の弁償代金何てあっという間だし、その後も続て行けば普通のバイト何かより断然給料がいいんだ。
このチャンスを潰す事は無い。
……と考えた俺はとりあえず仮付き人みたいな様子見という事で2、3日桜実に引っ付いている事にした。
ゴゴゴゴゴォ!!!!
「…………」
慧が自己完結の様な考えを巡らせていると桜実家の大きな扉が開き朝から不機嫌に見える桜実が現われた。
「よぉ桜実、おはよう」
「違う!!桜実では無く怜お嬢様、そして“おはようございます”と挨拶すんだ!!」
「あ……はい、すみません」
桜実の後ろから現われたのはこの屋敷の中の執事の中でもっとも偉い大橋執事長だ。
「まったく……君はまだ“仮”なんだからな、至らない所があれば直ぐに辞めてもらうからそのつもりで」
「は、はい……」
「それとくれぐれも安全運転。交差点では必ず徐行。ブレーキを多様すること。学校内でもお嬢様から目を離さないように、それから……」
この人は俺の事をまったく良い感じに思っていない。ってかむしろ嫌われてるかな。
「…………はぁ」
朝から付き合っていられないのだろう。桜実の口から微かに溜め息がこぼれる。
少しぐらい助ける言葉とかないのか…………おい。
慧の呆れる視線に気付いたか定かではないが、桜実の顔色がガラっと変わった。
「大橋うるさい!!お前も早く行くぞ!!」
突然の大声。
「大橋!!言ったはずだ、私に必要以上に構わなくていい!!」
吐き捨てる様に言った桜実は振り向きもせずに歩き出す。
「お、おい、ちょっと待てって」
桜実家を出発した2人。
桜実を後ろに乗せる形で慧は自転車をこいでいる。
「お前さ、あの言い方はないんじゃないか?一応執事長もお前の事を心配して…」
言葉の途中で慧を睨み付ける桜実。
「うるさい」
桜実の目に怯む慧、だが……
「はぁ~、良いよなお金持ち様はさ。リムジンで送迎、学校内でもSP付き、どんな我儘も許されるし……俺も金持ちの家に生まれたかったよ」
ズラズラと言い放つ慧。
この慧の態度に気を悪くしたのか、桜実の顔などんどん赤くなっていく。
「うるさい、黙れ」
桜実の震えた声。
だが、今の慧はそんな事も気にする余裕がない。
「お前、その言い方は……」
「うるさい、うるさい、うるさい!!良い事何て一つもない!!お前に何が分かる!!」
絞り出すように言い放つ桜実。
初めてあった時に感じた可愛く優しげな印象を持たせる声とはまったく違う、誰も近よらせない、拒絶の意識を含んだ声だった。
「そりゃ全部は分からないかもしれないけど、少しぐらいは……」
「分からない!!誰も私の心の中なんて分からない!!分かるはずがない!!」
「…………」
怒気を含んだというか、必死さの伝わる桜実の声に圧倒された慧は何の言葉も出せなかった。
「お前は私の運転手だ、それだけしてればいい!!」
…………。
「そうかい分かったよ」
それからはずっと無言のまま学校に到着。
桜実は学校に着くなり自転車から飛び降りそのまま走っていってしまった。