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一、三人の姫は放課後に恋バナをする

「というわけで、最近の近況報告の時間です。姫様方からどうぞ」



駅前のファストフード店内の、奥まった四人掛けテーブル席。

期間限定のシェイクを前に、わざとらしい真剣さを前面に出しながら、両手を顔の前に組んだ制服姿の女子高生、二瀬姫乃(ふたせひめの)が言った。


華奢な体躯に、真っ白く透き通るような肌、色素の薄い天然パーマの髪の毛がふわふわとした、ビスクドールのような美少女だ。

けれど当の本人は、自分の人形じみた愛らしい外見には頓着しておらず、今は彼女が大好きな某有名アニメの、主人公の父親だか誰だかのポーズになってしまっている。

ツッコミされるのを待っているのか、真似をしすぎて本人の癖になってしまっているのか。

彼女以外で、漫画やアニメに詳しい人間がこの場にはいないので、ツッコミ待ちの可能性は低い、おそらく癖になってしまっている、というのが正解だろう。


「姫乃姫乃、“最近の”と“近況”で意味がダブってるよ」


そんな姫乃の隣に座って、やたらと近い距離にくっついている男子学生の姫野誠(ひめのまこと)は、姫乃の言葉遣いにツッコミを入れた。


整った顔立ちで、これまた少女漫画から抜け出してきたような容貌をしている。

小さくて可愛らしい姫乃と、高身長で優しそうな誠は、端的に言えば美男美女で、見るからにお似合いの学生カップルといった風情だ。


そしてそんな二人を眺めながら、つんと澄ました様子で向かい側の席に座る少女、金子煌(かねこあきら)もまた、流れるような黒髪が印象的な、大人びた雰囲気の美人だった。


タイプの異なる二人の美少女と一人の少年。


顔面偏差値が異様に高いテーブルは、先ほどから周囲の注目を集めている。

周囲から見ていると、三人はカップルとそのどちらかの友人、あるいはカップル未満の危うい均衡にある三人かのように見えているのだろう。


真実はそう単純ではないのだけれど。


「もう! 睡蓮(すいれん)様ったら、今はそんなこと良いから!」


言葉を指摘された姫乃は、剛を煮やしたと言わんばかりに、もう一つの名前で誠に呼びかけた。

その名前で呼びかけられると、急にオロオロし出す誠に、煌は助け船を出してやる。


「姫乃、あんた声でかいよ」


様付けで呼びかけられる男子高校生なんて、何の罰ゲームなのか。他の人間の耳に入っていたら何のことだと思われるか、わかったものではない。

チラチラとこちらを盗み見ている少し離れたテーブルに座った他校の学生を、煌は思わず睨みつけながら、低い声で姫乃を注意した。


「周りの目もあんだから、あんた気をつけな」

「そうだよ、やめてよ、ちょっと……」

困り顔になって、シェイクを俯いて啜る誠に、姫乃が慌てて「ご、ごめんなさい……っ」と謝った。


「大体近況報告って何。私ら毎日学校で会ってんじゃん」

と、煌はもっともなツッコミをする。

今日だって、三人は学校帰りにそのまま一緒に駅まで来て、この店に入っているのだ。


「それはそうだけど、そうじゃなくて……。その、最近誰かと会ったりとか、そういうのはないのかなって話で……」


姫乃はうつむき加減で、ごにょごにょと不明瞭なことを呟いている。


誰かと会ったり。


漠然とした言葉だけれど、姫乃が何を言いたいかはもちろん、他の二人には言わずもがな、わかってはいる。


「無い」

「無いかなあ」


わかってはいるが、姫乃が望むような有意義な報告ができるかと言えば、そんなものはない。

にべもない返答に、姫乃は、えええと明らかにがっかりとした声を出した。


「んもう。二人とも探したりとかはしてないの?」

「特にしてないけど」

「僕も今は勉強でそれどころじゃないかな」

「ええ……」



目に見えてしゅんとした姫乃に、煌はにやりと笑みを浮かべると、彼女を指し示すような形で、眼前にフライドポテトを突き出した。

誠は条件反射のように「煌、行儀悪いよ」と注意をするけれど、煌に耳を貸す素振りは一切ない。


「私らにそんなこと聞く、二瀬姫乃、いやインファ」

「ナンデスカ」

「あんた、さては誰か……ああ、いや、はっきり言おうか。丹桂(たんけい)を見つけたね?」

「ぎくっ」

「口でぎくって言うな」


煌の言葉に、姫乃はわかりやすく慌て始める。

ポカンとしていた誠が、今度は姫乃と入れ替わるように騒ぎ出す。


「え?! 何それどういうこと、丹桂と会えたの、インファ! いつ会ったの!? どこで会ったの!?」


「おいこらバカ主従、軽率に前の名前出すな、あと大声出すな!」


店内の視線が今度こそはっきりと三人に集まってしまって、誠と姫乃は慌てて周りにぺこぺこと頭を下げた。

煌はそんな二人に、呆れたようにため息を吐いた。





天祥学園高等部二年生の姫野誠、二瀬姫乃、金子煌には、他にも名前がある。


三人だけが、お互いに知っている名前。

誠は華睡蓮(かすいれん)、姫乃はインファ、そして煌が石菫青(せききんせい)


三人の共通点は、同い年であること、同じ学校に通っていることのほかに、重大なことがひとつ。


それは、共通する前世の記憶がある、ということだ。


前世。

そんなものが本当にあるのだろうか。

そんなのは、ただの自分たちの妄想なのでは?

それは三人が三人とも、繰り返し悩んできたことだ。


真実はわからない。

わからないけれど、三人には確かに「前の記憶」としか言いようがないものがあるのも、まぎれもない事実なのだ。


前世の世界。

そこは、龍の末裔と言われる王族が統治する国だった。


煌の前世である菫青と、誠の前世である睡蓮はその国の貴族で、いわゆるお姫様と言われるような立場。

姫乃の前世であるインファは、睡蓮姫の替え玉兼護衛だった。

菫青の家と、睡蓮の家は、家同士の派閥が違ってあまり表立って関わることがなかったけれど、年が同じ二人は家族の目を盗んで仲良くなった。

二人とも、それぞれ王位継承権を持つ別々の皇子の、正妃候補の許嫁だったから、お互いにしかわからない悩みや不安で意気投合したのだ。


そうして、その世界の三人はそれぞれの立場に縛られるように、若くして死んだ。思い出すのも辛いような死に様だった。

今、こうして自由な高校生として暮らしていることのほうが夢みたいだ、と思うこともある。

この感覚は他の誰とも共有ができない。

だから、三人はいつでも一緒にいる。


「煌ちゃんの声だって大きかったと思うう……」

「あんたらが騒がなかったら、私だってでかい声なんて出さないっつの」

「睡蓮様あ、菫青様がいじめるう」

「まあ、あの公共の場なのでね。菫青……じゃなかった、煌が言うように気をつけよう、みんなで、ね」


誠に頭を撫でられながら、ふくれ面をした姫乃は、煌が突き付けてきた格好のままのフライドポテトに、ばくりと食いついて見せた。


「んー、うま」

「…びっっっくりしたあ」

「隙ありだよ煌ちゃん」


誠になだめられて落ち着きを取り戻したらしい姫乃は、勝ち誇ったように笑った。


「煌、ずるい……。姫乃に餌付けするなんて」

誠はといえば、お門違いなジト目を煌に向けてくる。


「いや餌付けはしてない。こいつが私のポテトに勝手に食いついてきただけ」

「睡蓮様にだったら、私があーんをします!」

「えー、僕はいいよ。恥ずかしいし。姫乃に食べさせたいんだよ。あと睡蓮はまだしも様呼びはやめてね」

「ごめんなさい! 気をつけます!」

「姫乃は、返事はいいんだけどねえ」

「いやいやいやどっちも自分で食べろっての! 今のあんたたちが食べさせ合ってたら、ややこしいんだよ」


かつての主従同士、姉妹同然で育った前世の事情を、煌はよくよく知っている。相変わらずに仲睦まじいのは大変結構だけれども、


「あんたら、今の見た目だと、どっからどう見てもカップルだからね」


なのだ。


誠と姫乃はきょとんと顔を見合わせる。


「だから、その距離が近いんだっての」

煌がどんなに言ったところで、誠と姫乃の二人の距離はいつでもこんな調子なのだ。


「こんな至近距離のバカップルの片割れにしか見えないインファを、丹桂が見たらなんて言うか…」

「あー、まあ姫乃とバカップルなつもりは無いけど、インファが別の男と至近距離でいちゃついてるのなんか、丹桂が見たら嫉妬でその辺のもの壊しそうだよねえ」

「誠、あんた確信犯じゃん……」

誠は真っ赤な顔で固まっている姫乃を後目に、煌に向かって片目をつぶって見せる。

「今世が男だという自覚くらいはありますよ、そりゃあね」


「は!? いや、別にわたしと丹桂はそんなんじゃ!!」

ワンテンポ遅れて、姫乃が悲鳴のような声を出した。


「この状況で先にそっちの名前が出るのがアウトなんだよ、姫乃」

と、誠は笑顔のまま言い、

「案外、容赦のないやつだよね」

煌は、頭から湯気が出そうな顔をして撃沈した姫乃を見つめて呟いた。




三人が三人とも、当時は想い人がいた。

相手に伝えることもできないで、ただ胸の中にとどめておくしかないような恋だった。想う相手と添い遂げることは、全員叶わない夢だった。


生まれ変わった今現在。

前世の暮らしがまるで嘘のように自由な、日本の高校生としての生活を謳歌している三人だが、前世の想い人にまた会いたいかと言われれば、その温度差は各々少し違っている。


丹桂は、インファの想い人の名前だ。

傍で見ている限りはどう見ても相思相愛の中だったが、姫乃によると本人達は口に出して確かめたことはないらしい。二人の立場が、当時のインファと丹桂に、恋仲になることを許さなかった。


今の姫乃は、とても素直に前世の恋人を探している。会いたがっている。

その素直さは、誠も、煌も、持ち合わせていない。

だからこそ、姫乃の会いたいという願望がもし叶うのなら、それは誠にとっても煌にとっても、嬉しいことだった。


だからこそ。


「ほら、姫乃。どこでその丹桂かっこ仮を見つけたのか白状しな」

「僕たちが、ちゃんと姫乃にふさわしいのかどうか、確かめてあげるからね」

「え、ちょっと二人とも、なんか怖……」


「インファの恋路も、姫乃の恋路も、応援はしているよ? でもだからこそね」

「そんじょそこらの男じゃあ、話にならんからね」


そう、それはそれ、これはこれ。

せっかく平和で自由な世界なのだから。

三人は幸せにならねばならない。


「恋バナで済んでるうちは全然いいんだけどね」

「見つけちゃったなら話はまた別だよ」

「か、か、過保護〜……っ!」

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