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今年は豊作

作者: 縞々杜々


「あーつーいー。とけちゃうぅぅぅ」

「だから言ったでしょう? 帽子かぶって来なさいって」


 幼い悲鳴があがったのはある神社の境内の片隅、階段を上って鳥居をくぐって直ぐの木陰だ。植え込みを囲うごつごつした岩に腰かけて、10歳程の少女がぐったりと脚を投げ出している。それを横から見下ろして、年近い少女が鼻を鳴らした。

 溶けかけの少女はボブヘアのサイドを高い位置でくくっているだけで、そのつむじはさらされている。一方、もう一人はグレーのキャップを被って、その後ろにポニーテールを通している。夏休み前半戦、7月下旬の太陽は今日も元気いっぱいだった。


 じゃりじゃりと玉石を踏む音が近づいてきて、二人は視線を向ける。暗さに慣れてきた目が白く焼かれる。瞬きを繰り返してようやく相手が輪郭を結んだ。

 リボンをかけた麦わら帽子を被った少女だ。両手に1つずつグラスを持っていて、それを差し出してふんわりほほ笑む。


「ナノカちゃん、お水もらえましたよ」

「うわーん。ありがとースミレ-」


 ほぼ溶け始めていた少女、ナノカはグラスを受け取ると直ぐさまあおった。ごっごっごっとポンプのような音をたて、ぷはーっと息をつく。


「はい。アカネちゃんも」

「ありがと。アンタ達は?」

「わたしもアオイちゃんも、もういただきました」


 キャップの少女、アカネはスミレの言葉にうなずいてから静かに飲み始めた。

 グラスは空になってもひんやりしている。ナノカはそれをほほに押し当てて唇をとがらせた。


「今日こそY字路のオバケためそうと思ってたのにさぁ。ぜんぜん雨ふる気配ないよねぇ」

「雨がふらないとダメなの?」

「そう。なのにずぅーっと晴れ。運動会日和」

「いや、この暑さは冗談抜きで死人が出るわよ」

「あーあ。その辺の階段なんて何度数えてもふえないしさぁ。学校なら色々あるのに、おもしろいのはみぃんな夜なんだよね。しらべたいって言ったら、先生にダメって言われた!」


 ぐちぐちと文句を並べるナノカの肩を、スミレがつんっと突く。


「ねぇナノカちゃん。やっぱり怪談を自由研究にするなんてやめましょう? わたし、今年はアカネちゃんのお母さんにししゅうを教わるんです。ナノカちゃんもそうしましょう?」

「えーやだー。今年こそ怪談突撃レポート提出するんだもん」

「そんなこと言って、どうせまたトマトの観察日記になるんでしょ」


 わいわいと話し込むそこへ、もう一人少女が近づいてくる。しっかりと白いキャップを被っていた。


「みんな、おまたせ」

「アオイちゃん! お話おわりました? じゃあ、コップを返して来ますね」

「アタシも行くわ。お礼言わなきゃ」


 スミレが手を差し出すとナノカはグラスを渡したが、アカネは自分の手の中でぷらぷら揺らした。二人が木陰から出て、少し離れた所にある社務所に向かう。

 ナノカも自分で行くべきだったと気がついたが、もう少しだけ陽の光から避難していたかった。パタパタと自身を手で仰ぎながら、隣に立つ少女へ話しかける。


「ねーえ、アオイ。水神さま、さがしてるんだよね? その話ってどこできいたの?」

「図書館。いろいろのってる。郷土史とか」


 答えながら、アオイはリュックを下ろして中を探り始めた。取り出したノートの最初の方を開いて目線を落とす。


「この辺りは昔から雨が少なくて、作物がうまく育たなかった。だから、水神さまの社を建ててまつった。それでもなかなか雨は降らなかった。それで、毎年梅雨の前にお祭りをして、お供えをするようになった」

「お供えって、なにを?」

「……それはのってなかった」


 アオイはしょんぼりと肩を落としたが、直ぐに元気を取り戻したように続けた。


「ちゃんと雨が降るようになって、この辺りは大きな農村になった。ただ、時代が進むうちに昔からいた農家が少なくなって、ある年から祭りが途絶えてしまった。それからもっと経って、まつられていた社の場所も分からなくなった」

「ふーん。信仰がなくなっちゃったのね」


 いつの間にかアカネが戻って来ていて話に入った。後ろにスミレもついてきている。


「で、なんでアオイはそれを自由研究にえらんだの? 去年までお花そだててたじゃない。ナノカとちがって、まじめーに」

「去年もおととしも、雨がぜんぜんふらなかったから。そのせいで、果物もお米も不作がつづいてる。今年なんて、梅がぜんぜんみのらなかったから、梅干し作りの手伝いがなかった。おせんべいは値上がりした。このままずっと雨がふらなかったら、おせんべいは富豪の食べ物になってしまう……っ」

「はっ。今おせんべいを買い占めたら後で高く売れる!?」

「闇せんべい、やめなさい」


 妙なことをひらめいたナノカの頭を、アカネがぺちりとたたく。

 スミレが恐る恐る口を開いた。


「アオイちゃん、まさか水神様の社をみつけて雨乞いをするつもりなんですか?」

「……おまんじゅうお供えしたらちょっとはふらないかな、くらいは思ってる」


 それを聞いてアカネはむぅっと眉を寄せた。


「で、ここにあったの?」


 アオイが首を横に振る。それを確認して続ける。


「だったらもうみつからないんじゃない? 近所の神社は小さいところももう回っちゃったじゃない」

「うん。でもここの神主さんがおしえてくれた。うちの学校の近くに、小さな社があるって」

「うん? そんなのあったっけ?」


 ナノカは首をかしげるが、もしかして、とアカネが拾う。


「土手のランニングコースの向こう、テニスコートのもっと奥? あの、秋はススキとかブタクサとかでケバケバするところ」

「そう」


 アオイがうなずくと、スミレが青ざめた。


「だ、だめですよあそこは!」

「そうよ。変な話があるもん」

「そうですそうです! あそこ、雨の日はオバケの声が聞こえるんですって! やぶに入る細道で、たすけてとか、まってとか、声が、声が……っ」


 スミレが大きな目に涙を浮かべてぶるぶる震える。その頭を帽子越しにアオイがなでた。アカネがけげんそうに眉をひそめた。


「んん? アタシが知ってる話とちがうわね?」

「そうなの?」

「ええ。叔父さんから聞いたの。パパの弟よ。あのやぶの中に小さな社があってね、そこで肝試しするのが流行ってたんですって」


 思い出そうと、小さくうなる。


「えーっとね、ビー玉を人数分と巾着を1つ用意するの。それで、社の前で巾着にビー玉を、一人1つずつ入れていく。それをよくまぜて、1つだけ取り出して、社に供える。そして来た道を戻るんだけど、この時に社の方を決して振り向いてはいけないの。細道を出て、巾着を開けると……、」

「あ、あけると……?」


「ビー玉がへっていないそうよ」

「……はい?」


「確かに1つ置いてきたはずなのに、ビー玉がきっちり人数分入ってるんですって」

「えー……」

「怖くはない、ですね?」

「……もしかして、ビー玉が細道を追いかけて来てる?」

「雨の日に聞こえる”まって”の声はビー玉のものだった……?」

「えぇー!? こ、こわいです……っ」

「アタシ、スミレの怖いの基準が分かんないんだけど」


 先ほどまで不思議そうに首をかしげていたのに、涙目に戻ったスミレを見てアカネはため息をつく。


「まあともかく。そうやって肝試しにつかわれるようなところよ。むやみに近づかない方がいいんじゃない?」

「そうですそうです!」

「……でも最後の候補地だし」

「ていうか、はいはいはい!」


 三人の視線を集めようとナノカが大きく手を振る。


「ワタシ、その肝試しやりたい!」

「えぇっ?」

「アンタさっき”えー”って、反応微妙だったじゃないの」

「確かにイマイチ怖くないし、イマイチだけど」

「2回も言ったわね」

「だって、このままじゃなぁんにもないんだもん! ワタシの怪談突撃レポート! このままじゃ近所の階段激走レポートになってしまう!」

「階段は走ったらダメですよ」

「だからこのさいイマイチでもいいや。不思議な体験したいデス!」


 ぶんぶん両手を振ってナノカは訴える。

 アカネはうーんっとうなってからスミレの顔をのぞき込んだ。


「どうする? この二人だけで行かせるの心配じゃない?」

「うぅ……。アオイちゃんは? ぜったい行きたいですか?」

「うん」


 こくりとうなずかれる。

 スミレはうぅうぅ、うなって、やがて、小さく小さくつぶやいた。


「……わたしも行きます」


 ***


 次の日の昼過ぎ、四人は近所の公園に集まった。

 ナノカが紺色のキャップを被っているのを見て、スミレがほほ笑む。


「ナノカちゃん、今日はちゃんとお帽子あるんですね」

「お母さんにつかまったぁ。かぶりなさいって。あついのにぃ」

「あついから必要なんですよ」


 三人を先導してアカネが100円ショップに向かう。ナノカが首をかしげる。


「なんで?」

「ビー玉がみつからなかったのよ。巾着はあったんだけど。だから買おうと思って」

「じゃあ、ワタシ買うよ。やりたがったのワタシだし」

「私、おかし買いたい」


 店に入るとひんやりした空気が体を包んだ。

 アカネとナノカがおもちゃの棚を探しながら奥へ進む。それに続こうとしたスミレの手をアオイが引いた。


「おかし、3つで200円だから。スミレが1つえらんで」

「え。でも、アオイちゃんのおやつでしょう?」

「みんなで食べる」


 二人はお菓子の棚へ向かって、頭をくっつけるようにして並んだ。一口サイズのビスケットやスナックがつまった袋を一つ一つ指さして相談する。スミレがチョコサンドクッキー、アオイが揚げ煎餅とココアクッキーを手に取った頃、何やら戸惑っているアカネの声が聞こえてきた。

 スミレとアオイは顔を見合わせて首をかしげた。答えは、会計の後合流して直ぐに分かった。


「じゃじゃーん!」


 楽しげな声でナノカがつきつけてきたのは、赤・青・黄・紫の4つの球体。半透明の中にキラキラとラメが混ざった、いわゆるスーパーボールだった。


「丁度4つだしいいでしょ!」

「ビー玉じゃなくて大丈夫でしょうか?」

「分かんないけど、失敗したらそれはそれで結果でしょ。やりたがってるのはナノカだし」

「二人はなに買ったの?」

「クッキーと、クッキーと、おせんべい」

「闇せんべいだ!?」

「ちがいますよぉ!」


 ***


 学校へ行く道を途中で曲がって、土手へ向かう。

 ブロックの隙間に草花が根付いている石段を上って、下って、アスファルトで舗装された一本道に出た。先が見えないほど真っ直ぐ真っ直ぐ伸びていて、よくジョギングや犬の散歩をする人が利用している。今日も遠ざかっていく人影が見えた。

 道の脇1メートルは草が刈られているが、それより奥はツル草とも木ともつかない植物が茂っている。そのすそでちらほらとオレンジのユリが咲いていた。


 左に土手を据えながら道を進むと、右側にテニスコートと小さな公園が現れた。

 公園には、屋根のついたベンチと馬を模したスプリング遊具しかない。グヨングヨン揺れるあれである。正直、公園と呼べるのか怪しい草原だ。

 その奥では、カッパの手のような葉っぱをつけたツル草がまるで壁のように茂っていた。一カ所だけ、草が分けられるように道が出来ている。隣に植わった、今は青いイチョウの枝が横から伸びて、トンネルのようだ。


 スミレがぎゅうっと身を縮こまらせる。アオイがポンポンと頭をなでた。


「雨ふってない。大丈夫」

「は、はい」

「よし、行こー!」


 元気に手を振り上げて、ナノカが先陣を切った。アカネ、スミレ、アオイが続く。


「それにしても、Y字路といい、この細道といい、お化けが出るのはどうして雨の日なのかしら?」

「じめじめしてるから!」

「視界が悪くなるから、かも。オバケじゃないものも、オバケに見える」

「えー? でもここのオバケは声だけじゃん。関係なくない?」

「雨は音もさえぎる。傘に当たればその音が耳に響くし、草花も弾く。隣の人の声が聞き取りにくくなって、他の音も変な風に聞こえるかも」

「幽霊の正体見たり、枯れ尾花ってやつね」

「お、おお……っ。そう思えば怖くないかもしれません!」


 話しているうちに開けた場所に出た。自然に出来た場所には見えない、草木に丸く囲まれた広場。

 その中央にぽつんと小さな社が据えられていた。三角屋根の、木製の小さな箱。山道で仏様が安置されているような、そんなものに似ている。

 さっそくアオイが近づいていって、観音開きになっているその戸をぱかりと開いた。スミレが悲鳴をあげた。


「だ、大丈夫なんですかっ?」

「分かんない」

「分かんない!?」

「だって、探してる水神さまかどうかも分からない」

「ひぇっ」

「あ。蛇の絵」

「竜じゃないのー?」

「探してる水神さまは蛇」

「あら。じゃあ、やっぱりここなの?」

「どうだろう」


 アオイは応えながら胸の前にリュックを持ってきて、それを取り出した。開け放した戸の前、蛇の絵の前にそれを置く。

 先程買った、揚げ煎餅だ。


「……お供えですか?」

「うん」

「あれー? おまんじゅうは-?」

「おせんべいのこと頼むなら、やっぱりおせんべいかなって」

「ちゃんと帰る時下げるのよ。置いてっちゃダメだからね」

「うん。社の様子とか描き写すから、ちょっと待ってて」


 アオイはノートを開くと、片手で抱え込むようにして鉛筆を走らせた。

 ナノカはうろうろと社の周りを回っている。

 スミレはアカネのそばに身を寄せた。


「ん? どうしたの?」

「いえ、ちょっと、」


 いやに静かだと気がついてしまったのだ。

 土手に来てから身を包むようだった虫や鳥の声が、ここでは聞こえない。


 ナノカが飽き始めてあくびをこぼした頃、アオイがノートを閉じて揚げ煎餅と共にリュックにしまった。


「もういいの?」

「うん」

「よーし。じゃあ、やろうやろう!」


 ナノカが元気を取り戻して、スミレへ手を向ける。彼女はカバンを持って来ていなかったので、スーパーボールはスミレのショルダーバッグに入れて来ていた。

 受け取って、厚紙製のラベルをはがす。ぱかりと袋の上部が開いた。それを他の三人へ差し出す。

 赤・青・黄・紫の4つ。


「お好きなのどーぞ」

「じゃあ、まあ、アタシは赤ね」

「青」

「えっと、紫もらいます」

「ワタシはきーいろ!」


 四人がそれぞれボールを手に取ると、アカネはズボンのポケットから桃色の巾着を引っ張り出した。開けて同じように差し出す。桃色の中に、黄・青・紫・赤の順に放り込まれていく。

 アカネはぎゅっと巾着の口を絞って、ひもをつかんで振り回した。


「それでまざる?」

「分かんない」

「あの、これ、だれが取り出すんですか?」

「やっていいならワタシやるー!」

「まあ、アンタの自由研究だからね」


 アカネが再び巾着を開けてナノカへ差し出す。ナノカはちゅうちょなく手を突っ込んで、1つをつかみ取った。それをろくに確認せず社の中に入れて戸を閉める。


「で、振り返らずに帰る?」

「ええ」


 四人が入ってきた細道へ体を向けると、パラパラと帽子に軽い音が跳ねた。


「え?」


 スミレははっとして顔をあげた。空が灰色の雲に覆われている。ちょんっと鼻先にしずくが落ちる。

 少しだが、雨が降ってきている。


「え、えぇ……!?」


 スミレは青ざめて体を強張らせた。

 雨の日のこの道は、オバケの声が聞こえてくる……!

 がしっと横から手をつかまれた。


「ほら! つないでてあげるから、早く帰るわよ!」


 アカネだ。彼女はぐいっとスミレの手を引いて歩き出した。

 しとしとと雨が草や地面に染みていく。横から跳ねたしずくがほほや服を湿らせた。

 と、スミレはぎくりとした。


――……って。


 かすかに聞こえる。


――……まって。


 声が、している。


――……まって。すみれ、まって。


 ぞぞっと悪寒が走って脚が凍る。

 後ろからどんっと背中を押された。


「スミレ。振り返っちゃダメ」


 これはアオイの声だ。いつも頭をなでてくれるあたたかい手を背中に感じる。

 思わずきゅうっと手に力を込めると、前を行くアカネも握り返してくれた。

 ぐいぐい手を引かれて、背を押される。スミレはこくこくうなずいて、懸命に走った。


 ***


 テニスコート横の小さな公園に戻ってきた。ベンチを守る屋根の下へ、少女達は駆け込む。へろへろとスミレはベンチにへたり込んだ。


「こえ……こえ……こえが……」

「大丈夫。あれは気のせいよ」

「うん。あれは気のせい」

「二人にも聞こえてたなら気のせいじゃないです!」


 わぁーんっとスミレは本格的に泣き始める。アカネが手に提げていた桃色の巾着をゆらゆら揺らした。


「どうする? 確認する?」

「しなくてもいいんですかっ?」

「私はする」

「アタシもする」

「うぅ……ひとりだけ分かんないのはイヤですぅ……」


 ぐしぐしと涙をぬぐってスミレは立ち上がった。恐る恐るアカネに近づく。反対側からもアオイが手元をのぞく。

 巾着が開いた。

 中には、赤・青・紫のボール。


「……1つだけ置いてきましたよね」

「ええ」


 スミレは目に涙を浮かべて後退った。

 アカネもいつもより顔色が悪い。

 アオイは神妙な顔で押し黙っている。


「でも、3つともありますね……?」

「そうね。3つともあるわね」


 今ここにいるのは”3人”だ。

 入っているボールも3つ。

 人数分入れて、1つ置いてきたはずなのに。


 凍りつく二人へ、待って、とアオイが声をあげた。ごそごそと、自分のリュックの中を探っている。


「このボール、4つ入りだった。残りの1つはどこ?」

「え?」


 アカネとスミレは一時ぽかんとほうけた。

 アカネがぺちぺちと自分のズボンをたたいてポケットを探る。スミレも同じようにぺふぺふとスカートをたたいてから、バッグの中をのぞき込んだ。

 ない。”誰も選ばなかった”はずの黄色いボールが。


 つまり、もしかして、間違えて巾着の中にボールを4つ入れた?

 1つ多かったのなら、1つ減って丁度になるのは当たり前だ。


 スミレは再びベンチにへたり込んだ。今度はアカネも一緒だ。


「もう……もう……びっくりしました……っ!」

「ホント。……うん。びっくりした」

「アカネの叔父さんも、私達みたいに間違えたのかも」

「そうね。そうでしょうね。あーくだらない」


 アカネは何かを振り落とすように首を横に振って、ため息をついた。

 うずくまって動かなくなったスミレにアオイが近づく。麦わら帽子を取って、丸い頭をよしよしとなでた。


「きっと、さっきの声も気のせい」

「……はい。雨の音、ですね」

「うん」


 スミレはふーっと息をついて、へにゃりと笑った。


「どうですか、アオイちゃん。レポート、うまくまとまりそうですか?」

「うん。蛇の絵もあったし、けっこう有力。もう少し他の資料とくらべて考えてみる」

「肝試しはどうしましょうね。失敗も結果とは言え、わたし達いろいろ間違えちゃったみたいですし」

「それは私のレポートじゃないから」


 ……あれ?

 何かがおかしい気がして、アオイは首をかしげた。

 雨空を見上げていたアカネがこちらを振り返った。


「ねえ、今なら雨ふってるし、Y字路の怪談もためせるんじゃないの?」


 スミレはぱちぱちと目を瞬かせて、それからぶんぶん首を横に振った。


「オバケはもうイヤです!」


 アオイもこくりとうなずく。


「うん。つかれた」

「まあそうね。アタシもくたびれたわ。……のどかわいたし」

「あ。わたし今日はお茶もってきました」

「おかしも食べよう」

「そうね。時間もいいし、おやつにしましょ」


 スミレは細身の水筒に冷やしたほうじ茶を入れてきていた。バッグの中には紙コップが3つ入っている。

 フタがあるから2つで足りるのに。

 不思議に思いながらも、せっかくだからと自分の分も紙コップに注ぐ。

 アオイが開けてくれたサンドクッキーは、チョコが溶け出してしまっていた。


「わ。でろでろです」

「あつかったものねぇ」


 スミレもアカネも、チョコがつかないように気をつけてクッキーをつまんだ。アオイは揚げ煎餅の袋も開けて、ぽいぽいと口に放る。

 それを見てアカネはつぶやいた。


「お供えしたから雨がふったのかしら……」

「え!? こ、こわいです……」

「アンタはなんでも怖いのね」


 またぴるぴる震えだしたスミレに、アカネは苦笑をこぼした。


 おやつを食べ終えて、三人は「また明日」とそれぞれの家に帰った。


 ***


 次の日も雨が降っていたので、アカネの家で遊ぶことにした。

 カラフルなビーズでネックレスをつくる。

 昨日開けなかったココアクッキーをアオイが持って来たので、おやつにはそれを食べた。

 時折、天気をうかがうように窓から雨空を見上げたが、誰もY字路の話はしなかった。


 その話自体、やがて忘れた。


 END

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