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雀の声  作者: 鈴木涼


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複雑な心

 誕生日会を終え、あっという間に夏休みも明けた。

 案の定、航太は課題が終わらず初日から担任に叱られていて、俺は予想通りのことにほくそ笑んでいた。


 女子たちは相変わらずで、俺の悪い噂は他クラスにも回っているらしい。多分山口が流したんだろう。

 噂の内容は、俺が山口を弄び傷付けたという内容だった。

 事実無根すぎて、さすがの航太も「女子怖いわ」と呆れていたから相当だ。


「あと、ハルがシスコンって噂もあるって」

 航太が付け足すように言う。

 言葉は気に入らないが、何故か否定は出来なくて「ふーん」とだけ返事をした。



 少しずつ桜が芽吹きだし、すずと出会って一年が経とうとしていた。


 すずは毎日のように俺のあげた髪留めをつけていて、つける度に似合うか聞いてくる。

 その様子が可愛くて、何度も褒めていられた。


 ある休日の昼間、リビングに布団を敷きすずを寝かせゆっくりしていると、母が隣に来て「すずめちゃんなんだけど……」と切り出す。

 重要なことか? と母の方を見るが、表情からはよくわからない。


 俺が深刻そうな顔をしていたのか、母はフッと笑いながら


「そろそろ幼稚園に通わせようかと思って」


と告げた。


 まぁ確かにこの家での生活にも大分慣れたようだし、そろそろ通わせてみてもいいとは思うが……若干の不安が残る。


 俺の不安を読み取ったのか、

「新しい場所に行って知らない人間に囲まれたらまた殻に閉じこもってしまうんじゃ……って思ってる顔ね」

と的確に俺の不安を言い当ててきた。


 今だってすずは、完全に心を開いている訳では無い。俺にこそ笑ったり声を発したりと進歩は見えてきているが、それでもまだちゃんと会話もできないし、父と母に至ってはほとんど言葉も発さない。


 俺はまだ、すずが他の子供たちとコミュケーションを取っている姿を想像できないでいる。


 そんな状態で幼稚園なんて、と思ってしまうのは仕方ないことだろう。


「春樹の心配も分かるし、確かに最初のうちはまたご飯を食べなくなったり寝なくなったり、春樹がいない〜って泣き出しちゃうかもしれないけど、ここに来た時みたいに案外すぐ慣れるよ」

 優しい声で母が言う。


 母の言葉は正論だ。すずの為にも、慣れるしかないし慣らさなくちゃいけない。それは分かっているのに、イマイチ気が進まなくてため息が出る。


「春樹は心配性ね」

 俺のため息を聞き、母は呆れたように笑った。


 幼稚園の話をした数日後、母が前々から準備をしていたらしくすぐに通う園が決まった。

 春から通うことになり、俺は複雑な心境のまま受け入れるしかなかった。


      *


「はる、おたんじょうびおめでと」


 3月30日、外出から戻ると突然すずから小さな包みを渡された。忘れていたけど、今日は俺の誕生日だったのか。


「すずめちゃん、一生懸命選んでたのよ」

 母の言葉を聞き、すずは得意顔をしている。

 包みを受け取り、開けてもいいか聞けば小さな頭を縦に振った。


 中身は無愛想に目を細めたクマのキーホルダーだった。


 なんだこの既視感のある顔、と思いクマと睨み合っていると「これ、はる」と言った。

 俺はすずにこんな風に映っているのか、となんだか微妙な気持ちになる。


「そっくりすぎるもん、仕方ない」

 投げやりに母が言うが、どう返事していいか分からず反応出来なかった。


 お礼を言えばすずが嬉しそうに笑うから、余計何も言えなくなる。

 だが気持ちは嬉しくて、とりあえず通学鞄に付けてみた。

 その後、航太に見つかり「そっくりじゃん!!」と爆笑されることになる。



 少しして、俺は三年生に上がりすずは幼稚園に通い始めた。

 最初の数週間は慣らし期間らしいが、予想通りあまり上手くいっていないようで俺は進級早々心が落ち着かないでいた。


 ある日、担任に呼ばれ職員室に行くと

「お母さんから連絡来てるぞ」

と固定電話の受話器を渡された。

 わざわざ学校に連絡してくるなんて何事かと思い受話器を受け取り、出てみると母の声は案外普通で安心した。


「一応言っとくけど、大したことないからね。帰ってきてあんたがパニックにならないように言っておくだけだから」

 なんだか壮大な前振りをされた気がする。


 小さく息を吐いて「なに?」と安心しきった声で聞けば、母はそのままの声色で口にした。


「すずめちゃんがね、怪我したの」



――頭が真っ白になるとはこのことかと、俺は初めて理解した。

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