ハル
クラスの女たちに距離を置かれてから少し経った頃、航太がとうとう「俺もハルの妹に会いたい!!」と駄々を捏ね始めた。
恐らく山口がすずに会ったと聞いたんだろう。
まだ早い、と拒否し続けていたがここ最近毎日のように「今日は行っちゃダメ?」「明日は?」「週末!!」とうるさい。
こんなうるさいやつにすずを会わせていいのか?一生会わせない方がいいんじゃないだろうか。
俺の心情を悟ってか、航太がついに「ハルの母ちゃんに頼む!!」と言い出し、とうとう折れた。
「俺が母さんに聞いとく……」とため息を吐きながら言えば、まるで花が咲いたように笑顔になった。これは皮肉だ。
航太がすずに会いたがっていると母に伝えると、呑気な母はふたつ返事で了承した。そんな簡単に家族以外に会わせてもいいのか。
そしてあっという間にその日がやって来てしまった。
「いいか、あんまりでかい声出すなよ。すずが驚くから」
「おう!」
学校が終わり、その足で俺の家へとたどり着く。
返事だけはいいが、不安だ。こいつをすずに会わせていいものかと、何度考えても答えの見つからないことを考えながら玄関の扉を開けるのを躊躇していると「いい加減諦めろって〜。もう家の前まで来ちゃってるんだぞ?」と航太がニヤニヤと笑いながら俺の肩を叩く。
無性に腹が立つ顔だが、確かにここまで来て追い返すのもなと無理やり自分を納得させ扉を開けた。
するといつものように俺の帰宅に気づいたすずが、リビングの部屋から玄関まで小さな足音を立てて走ってくる。
同時に航太の存在に気付き、そのまま不思議そうな顔をして俺の足に隠れた。
「すげー! マジで女の子じゃん!ちっせ――」
ドスッ!! と航太の頭から鈍い音が鳴る。俺の拳だった。
「いってー!!」
「でかい声出すなって言っただろうが」
案の定大きな声を出したから驚きと腹立たしさでつい手が出てしまった。
すずを見てみるが、特に反応も無く案外平気そうだ。
「ハルの言ってた通り、大人しい子だな〜」
そう言いながらすずの目線に合わせ、「俺、ハルの親友の航太だよ〜。よろしくな、すずめちゃん!」と嘘を含んだ挨拶をする。
意外にも、すずは航太の挨拶を聞いてすぐ頷いた。こんなに早く人とコミュニケーションを取れたのは初めてじゃないだろうか。
「かわいいじゃん! これはハルが溺愛する気持ちも分かるかもな〜」
バカにしたようにニヘッと笑う航太に苛つく。
航太は幼い弟がいるからかすずによく構い、すずもそれが嫌ではなさそうだった。山口のときは顔すら見なかったのに、不思議だ。
そんなことを思っていると、航太が「すずめちゃんは、ハルのことよく見てるんだな」と言うからどういうことかと聞く。
「ハルが苦手そうにしてたから、山口には塩対応だったんじゃね? ってこと」
「俺が?」
「そ! ハルが俺のことを親友だと認めてるから、すずめちゃんも俺のことを無視しないんだろーな!」
ニヤニヤとムカつく顔だな。
……だけど、どこか納得のいく部分もある。確かにあの日、俺は山口に話しかけられてもほぼ無視していた。それをすずが見て山口を無視すべき存在とでも思ったんだとしたら、結構愉快だ。
その日から、すずに意外と嫌われなかった航太はよく遊びに来るようになった。
「やっほ〜! すずめちゃん元気か〜!」
相変わらずうるさいのに、すずが頷くものだからどうにも航太を怒りづらい。
平日も休日も関係なく、暇だからと突然連絡が来たりして家に押しかけてくる。かなり迷惑なんだが、そう思っているのは俺だけのようで父も母も家が賑やかだと嬉しそうにしている。
すずも航太と数え切れないほど会い、慣れてきたのか少しずつ笑うようになった。航太の前で笑うな、とすずに注意すれば、それを見た航太がバカにしたようにゲラゲラと笑っていた。
今日は休日。父と母が出払っていて、俺とすずの二人で静かに過ごしているとまたあの男がやってくる。
「よっ!」
インターホンが鳴ったからと玄関の扉を開ければ、やはり航太がいた。約束もしていないのに予想通りだ。
「なんだよ」
冷たく言ったはずなのに「遊びにきた!」と飄々と返されて余計に苛立つ。
親が不在のことを伝え、なんだかんだと拒否できずリビングへ案内しいつものように過ごす。最近は二人でゲームをしていると、すずは興味があるのかじっと見てくる。
「わっ!! ハル!! やめろ!!」
「うるさいくたばれ」
「口悪いぞ!! すずめちゃんが真似したらどうするんだよ!!」
「うるさいくたばれ」
ゲームで騒いでいる航太が物珍しいのか、ふとすずが航太を眺めているのが視界に映る。
すぐにゲームは俺の勝ちが決まり、航太は己の無力さに落胆していた。いい気味だ。
すると突然、
「はる」
と声が聞こえた。
幼い、子供の声。
「「…………え?」」
航太と口を揃え、声の方を見る。
「はる、それやりたい」
すずが、喋った。