知らない人
ハルに朱里を紹介して数日が経った。
高校生活にも大分慣れ、移動教室の場所が分からなくて迷うこともなくなり、朱里以外のクラスメイトとも話すようになり楽しく日々を過ごしていた。
「ハルさん、あんなにカッコよかったら彼女いるよね」
休み時間、自分の席に着いて次の授業の準備をしていると目の前に座る朱里が突然口に出した。
ハルとの初対面を経験してから、朱里は何故だかハルの話題をよく出す。
朱里に「すずめの兄ちゃんイケメンだったよ!!」と言いふらされ、クラスの女の子たちがハルの写真を見せてほしいと私の元へ集まって来たりして大変だったのを思い出す。
なんだか嫌で写真は見せなかった。
「彼女いないよ」
朱里の言った言葉にすかさず返せば、「え!? マジ!?」と朱里は大きく声を出した。
少し前に気になってハルに聞いたとき、
「いるわけないだろ」
と当たり前のように言っていたから間違いない。
きっとハルは私を一番大事に思っているから、恋人を作らないんだ。
私は都合よく想像して、勝手に喜んでいた。
「すずめが知らないだけで、実はいるかもな」
朱里と話していると、離れた所で話を聞いていた大ちゃんが嫌な横槍を入れて来た。
さすがに少しむっとして、「いないって言ってたもん」と反論するが、大ちゃんは依然として普通の顔で「嘘ついてるかもしれないだろ」と言ってきた。
「ハルは嘘なんかつかない!」
立ち上がり、珍しく大きな声を出すと朱里が「落ち着け落ち着け」と私を宥めた。
宥められ、久しぶりに大ちゃんに怒ってしまった、と思い出す。
「中島、嫉妬は醜いぞ」と朱里が大ちゃんを窘めるが、大ちゃんは何も言わずに自分の席へ戻ってしまった。
大ちゃんが何に嫉妬したのかは分からないまま。
ハルが私に嘘をつくはずがない。
だってハルは昔から、常に私を優先しちゃうくらい想ってくれているから。
そう自分を慰め、大ちゃんの言った言葉に苛立ちを募らせた。
それからしばらく、大ちゃんとは口を聞かない日々が続いた。
謝りたそうに大ちゃんが声をかけてくる時もあったけど、私があからさまに頬を膨らませてそっぽを向くからそそくさと帰っていく。
そうして仲直りも出来ないまま過ごしていると、週末になった。
ハルは仕事が休みの週末、必ず私に会いに来てくれた。きっと今回も来てくれると思っていたが、今週は来られないと連絡が来た。
急な仕事が入ったらしい。
仕方の無いこととはいえ、やっぱり少し寂しかった。
*
「すずめちゃんから会いに行ったら?」
土曜日の夜、ハル以外の家族で食卓を囲んでいるとお母さんが言った。ハルが会いに来てくれなくて私が落ち込んでいるという事に気付いたみたい。
……確かに! とストンとお腹に落ちた気がした。
いつもハルが会いに来てくれたから思いつかなかったけど、私ももう高校生だし自分から会いに行けるんだ。
そう思うと嬉しくて、楽しくなって、
「今から行く!!」
と食卓から立ち上がりドタバタと準備を始めた。
「あらあら」と言い出しっぺのお母さんは笑っている。
「よし、じゃあ夜道は危ないからお父さんが送っていこう!」と衝動的な私を咎めるでもなく、意外と乗り気なお父さんの運転であっという間にハルの住むアパート付近に着いた。
「内緒で行ってハルをびっくりさせたい」と言うと、お父さんはすぐに納得してアパート付近のコンビニに車を停めた。話が早いお父さん大好き!
「もしハルが家に入れてくれなかったらすぐに連絡しなさい。迎えに来るから」
悪戯っぽく笑うお父さんの優しい言葉に、私も笑いながら「うん、絶対無いと思うけどね」と答えた。
日が沈んでしばらく経った夜道を一人で歩いていると、すぐにハルのアパートが見えた。
二階にあるハルの部屋を見るが、電気はまだ点いていない。
部屋の扉の前で待っていたら会えるかな、と思っていると、すぐ近くで女の人の笑い声が聞こえた。
声の方を見ると、丁度アパートの階段を登っている男女がいた。
暗くて顔はよく見えないが、何故だか男の方に見覚えがある気がする。
気になって遠目で眺めていると、二人は二階のハルの部屋の前で立ち止まった。
あ、ハルだ。
確信し、心の中で呟いた。
二人は仲良く腕を組み部屋の扉を開けると、誰も見ていないと思ったのか顔を重ねた。遠目からでもよく分かる、あれは多分キスだ。
私は暗闇で二人の顔が重なっているのを、扉が閉まるまで静かに見ていた。
そしてすぐにハルの部屋の明かりが灯り、私はただぼんやりとその明かりを眺めていた。
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