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雀の声  作者: 鈴木
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思い出

 すずが我が家に来て、残りの春休みはずっと一緒に過ごしていた。

 食事を食べなくて母が苦労していたが俺がすずの口元に運べば案外すぐ食べたり、昼寝の時間になかなか寝なくて父が頭を抱えていたが俺が寝かしつけるとすぐに寝たり。


 夜は二階の俺の部屋で二人で寝ている。

 最初の夜、父と母の寝室で寝かしてやると夜中に俺を求めて泣き出したそうで、それからは俺の部屋で一緒に寝るようになった。


 すずの中で俺が中心になっていると気づいた。

 嬉しく思う反面、春休みが終われば俺はすずを残して学校に行かなくてはならない。

 そうしたらまたすずを泣かせてしまうことになるだろう。


 そして俺中心で回っているすずの生活に俺がいない時間ができれば、きっと回らなくなってしまう。

 俺が帰ってくるまで食事もせず昼寝もしない、そんなことになっては子供の体にはあまりよくない。


 なんとか改善しなければと家族で奮闘するも、春休みは短い。特に改善もできないまま始業式の日になってしまった。



 久々に制服を着ると、寝起きのすずが不思議そうに見ていた。何かを察したのか着ている制服の端をずっと握っている。


「…………」


 静かに「どこにも行くな」と言っているような気がした。

 朝食を済まし玄関に立つと、すずも靴を履こうとするから「すずめちゃんは行かないよ」と母がすずを抱き上げ制止する。


 途端にすずは「やだぁ!!」と声を上げ泣き始めた。

 普段は何も言わないのに、俺が見えないどこかへ行こうとすると拒否の言葉と共に感情を露わにする。

 その光景を見て俺の胸も痛くなる。


「すず」

 声をかけると、泣くのを少し抑えこちらを見る。

「すぐ帰ってくるから」

 そう言い頭を撫でる。不服そうな顔。

 手を離すと再びクシャクシャの顔で泣き始め「もう行きな」と母に促され家を出た。


 玄関の扉を閉める瞬間、すずの泣き声がさらに大きくなったのを感じた。扉から薄く聞こえる泣き声にどうしようもなく恋しくなった。戻って抱きしめてやりたい、なんて俺らしくもない。


 学校に辿り着いてもすずのことで頭がいっぱいだった俺に、久々に会った航太は「春休み、全然遊んでくれなかったな」なんてボヤいてくる。

「当たり前だろ、忙しかったんだから」

 そう返すと事情を知ってか案外すぐ納得したようだった。


 クラス表を確認すると「やった! 今年もよろしくな!」と航太がこちらを見て言うから、あぁ今年も離れられないのかとため息が溢れる。こんなにずっと同じクラスなんて、きっと何かの陰謀だ。


「私も同じだよ、ハルくん!」

 後ろから声がしたと思ったら、山口明日香だった。あだ名で呼んでいいなんて言ってないんだが。


 二人が俺を挟んで話しているなか、俺はやはりすずのことばかり考えていた。

 今もまだ泣いているだろうか、食事は食べるだろうか、寝ないで待っていたら夜眠くて一緒に遊べないぞ。

 目の前にすずはいないのに、何だか語りかけたくなってしまう。


 なんだか俺の方が寂しがっているみたいだ。



「二年生になったということで、新しいクラスで浮き足立つ気持ちも分かるがみんな節度を持って――」


 始業式を終え、去年とは違う教室で新しい担任が長々と話しているのをぼんやりと聞いていた。

 今日は始業式とホームルームを終えたら昼には帰宅できる、中学生の特権だ。急いで帰りたいのに担任の話がやけに長く感じるのは気のせいか。


 学校と家の距離は少し遠く、電車通学で40分ほど。走って帰れば10分は短縮できるか?そしたらすずの昼寝には間に合うか?


 頭の中で帰宅時間を計算していると、担任の「それじゃあ、今日はここまで」という声が聞こえた。クラスメイトたちがガヤガヤと動き出し、航太も俺の方へ走ってくる。


「なぁ! これからハルんち行っていい?」

「バカ言うな。すずの昼寝の時間にお前みたいな騒がしい奴呼べるか」


 冷たく返せば航太は「えー!」と無駄に大きな声を上げる。

「俺もハルの妹に会いたい!」とまるで小さな子供のように喚く航太は、割と迷惑だ。


「悪いけど、まだ会わせられる状況じゃない。じゃあな」と言い、足早に教室を出た。後ろの方で航太が何か言っていたが、聞く気もなかったからよく聞こえなかった。


 航太のせいで学校を出るのが少し遅くなった。次の電車の時間を思い出しながら走る。電車の本数があまり多くないから、一つ逃せば結構なロスだ。体育の時間でさえこんなに一生懸命走ったことはない。


 なんとか電車に間に合ったが、息切れがすごくて知らない老人に心配された。



 家に着き勢いよく扉を開けると、中は案外静かだった。よかった、もうすずは泣いていない。ホッとしつつも少し寂しいような、変な気分だ。


 靴を脱いでいると母が俺の帰宅に気付いたようで、リビングから顔を出し「おかえり」と小声で言った。

「お昼食べずに寝ちゃった」と困り顔で笑っている。


 リビングに入るとすずが眠っていた。泣き腫らしたような顔で、地べたに直接眠っている。なんでこんな所で寝かせてるんだと言おうとしたら「動かすと泣いちゃうの」と先に言われた。


 でもこれでは体を痛めてしまうかもしれない、と覚悟を決め抱き上げると「うぅ……」と小さく声を上げ、目を開いた。


「……ただいま」

「……!!」


 俺だと分かり安心したのか、泣きそうなのを止め抱きついてくる。不安にさせてごめんな、と思いながら頭を撫でていると「お兄ちゃんを通り越してお母さんみたいね」と母が笑った。



 すずがうちに来て一ヶ月ほど経ち、俺がいない時間にも慣れてきたのか朝家を出る時泣かなくなった。俺がいなくても食事をとり、母の寝かしつけで寝るようになって俺はそれがなんだか少し寂しかった。


 相変わらず、すずは笑わず言葉も発しない。

 泣く時に拒否の言葉を発することはあるから、喋れないわけではないと思うが。母は「気長に待ちましょ」と言うが、どうにも気になってしまう。


「すずめちゃんを、そろそろお外に出してあげようと思うの」

 とある休日、突然母が言い出した。

 これまでは家に慣れさせるためとすずを連れての外出はしていなかったが、そろそろいいだろうということか。


「はじめのうちは公園からかな」と呟き、母は庭の物置小屋を物色し始めた。何を探しているのかと思っていると「あった!」と母が声を上げ俺の方を見る。


「春樹が昔使ってたやつ!」


 母が声高に掲げたのは、俺が昔使ってたらしい砂場遊びで使うバケツとスコップだ。なんでそんなものを取って置いてるんだ。


「これですずめちゃんと遊んでおいで」

 そうおもちゃを渡されたので、まぁいいかと近くの公園に行くことにした。


 公園に着くと人はほとんどおらず、ほぼ貸切状態で安心した。子供がたくさんいたらすずも緊張するかもしれない。

 すずにおもちゃを渡すと一目散に砂場の方へと走っていった。着いて行くと、砂場をスコップで一生懸命掘りそれをバケツに入れている。


 ずっと同じ場所を掘っているから何か埋めるのかと思えば、ある程度掘ったら砂の入ったバケツを倒し穴を綺麗に埋める。

 その繰り返しだ。しゃがんでしばらく見ていたが、何が面白いのかちっとも分からない。

 だけどすごく一生懸命に掘っては埋めて、を繰り返している。


「……なぁ、それ楽しいか?」

 つい聞いてしまうと、すずはこくりと頷く。

 反応されたのが嬉しくて「変なやつだな」と笑ってしまった。それを聞いたすずが、穴を埋める手を止めこちらをじっと見つめてきた。


「……すず?」


      *


『それ、面白い?』


『うん!』


『えー! どこがぁ!? すずは変なやつだね〜』


『へんじゃないもん!』


      *


「すず?」


 こちらを見てぼんやりとしているすず。何度か声をかけたが反応がない。なんだ?何か嫌なことを言ってしまっただろうか。


 不安に思い考えていると「……へへっ」と声が聞こえた。

 ハッとしてすずを見たら、


――笑っていた。


 初めて見た満開の笑みだった。



 俺はこの日、携帯のカメラのシャッターを押さなかったことを後から後悔した。

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