蓋をした想い
「ハルくんの好きな人って、すずめちゃんだよね」
違う、と口に出したいのに上手く口が動かない。
華の言ってることはどう考えてもおかしい。
だって妹だぞ? 血は繋がらなくても妹だ。
それに年齢だって……今年七歳になるただの子供にそんな感情を抱いたら、俺は正真正銘ヤバい奴だ。
なのに、なんで何も言えないんだ。
「去年のクリスマスも、記念日も、ハルくんは私のことじゃなくてすずめちゃんのことを考えてた。
それって、“兄妹”として?
……私は違うと思う」
動揺して俯いている俺に、華は静かに言葉を続ける。
「……私ね、ハルくんの気持ちを否定したい訳じゃないの。すずめちゃんとの仲を壊したい訳でもない」
「ハルくんが、兄妹としてすずめちゃんを大事にしたいと思ってるならそれでいいの。
……だけど、最近のハルくんは無理やり自分を納得させて“兄妹”でいようとしてるように見える」
「ハルくん……自分の気持ちに嘘ばかり吐いてたら、きっと壊れちゃうよ」
優しく囁く声は、俺には届かなかった。
何も言えず動けなくなっている俺を置いて、華は屋上の扉を開け出て行った。
別れの言葉は無かったが、多分あれは華なりの別れの言葉だったんだろう。
放心状態でその場に立ち続け、しばらくすると華の言った通り雨が降り出した。
あれだけ澄んでいた夕空はどす黒い雲で覆われ、まるで俺の心の中を表しているようだった。
*
「おいハル〜! 真山が帰ったところ見たけど、お前一人で何して――」
扉が開くと同時に航太の声が聞こえた。
華が帰ったのになかなか降りてこない俺に待ちきれなくなったのか、様子を見に来たようだ。
航太は俺がずぶ濡れでただ立っているのを見て、ギョッとした顔で「ハ、ハル!? 何やってんだよ!?」と駆け寄ってくる。
「……航太……なんでいるんだよ」
漸く意識が戻ってきて、朧気な態度で聞けば「バカ! 待ってるって言ったろ!」と航太は俺の手を引いて屋根のある所へ俺を移動させた。
「……ハルが風邪引くと、すずめちゃん心配するぞ」
そう言い、航太はなぜ持っているのか鞄から白いタオルを取り出し俺の頭に掛けた。
俺が振られて落ち込んでる風にでも映ってるんだろうか。
航太はそれから何も言わず、俺が動けるようになるまで隣で静かに待っていた。
日も暮れて大分経ち、家に帰ると珍しく遅く帰ってきた俺に「遅くなるなら連絡しなさい」と母は叱った。
すずの姿がなく変に思っていると、
「すずめちゃん、待ち疲れてもう寝ちゃったよ」
と母が二階の俺の部屋を指差す。
風呂に入り俺の部屋へ行くと、ベッドの端で小さくなって眠るすずがいた。
頬を撫でると「はる……」と寝言を漏らし、寝返りを打つ。
小さな寝息を立てて眠るすずは、どう考えても子供だ。
――あぁ、やはりこの感情は許されない。
忘れなければ。
俺が忘れたら、全部解決する。
すずの可愛い寝顔を見て、俺は決意した。
この感情は墓場まで持って行く、と。
翌日、航太の言った通り風邪を引きマスクをして登校し教室へ入ると、今まで遠目から見ていた女達が群がってきた。
「ハルくん! 別れたって本当!?」
誰が広めたのか、俺と華が別れたという噂はクラス中に広まっているようだった。
華と別れたことで、今まで大人しかった女達が容赦なく俺に声を掛けてくるようになり、鬱陶しい気持ちもあったが何処か安心していた。
華を疑った訳では無いが、俺が妹に好意を寄せる“異常者”だという噂が広まっていれば、俺の周りにも被害が及んでいただろう。
それこそ、すずに話が伝わっていたかもしれない。
それだけは絶対に避けなければならない。
ただの“兄”として、真っ当な男として、普通を意識して過ごさなければ。
そうして俺は、苦手だった女に冷たくするのをやめた。
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