第1話 吸血鬼と魔法使い
吸血鬼ものを書きたい、という煩悩で書きました。
よろしくお願いします!!!
前世の僕は、情熱的な人物では無く、かと言って冷酷な人間でもなかった。
病棟から眺める中庭。そこで仲睦まじく散歩する親子に嫉妬していた。
僕の家庭はかなり裕福で、幼い頃に余命宣告されたにも掛からわず、十七の歳まで生きれた。
最新の機材のお陰であった。
しかし僕の病室には、十五の誕生日を迎えてから誰も足を運んでくれなかった。
前世の僕は、情熱的な人物では無く、かと言って冷酷な人間でもなかった。
故に家族のその行いに狂いもしなかったし、恨みも持たなかった。
本当に……つまらない人間だった。
この事を思い出したのは、厳しい貴族社会に生まれ<グレイブ>と言う名を貰い、五歳を迎えてからだった。
同時に身体に異変も生じた。
その一年後、僕の新しい家庭は崩壊を迎えた──
それ以来僕は、どっちつかずのグレイとなった。
今年で僕は十七歳になる。奇しくも、前世で病死した年齢と同じ歳。
今日もまた、ギルドの簡単なクエストを受注して深い森に向かった。
◇◇◇◇
「ハッハッハ……」
走る走る走る走る。
深い深い森の中。空は広葉樹が太陽の日差しを遮り仄暗い。
だが、僕には難なく突き進めた。
不幸だと思っていたこの体質も、今回ばかりは役に立った。
巨樹を抜け、行く先を阻む倒木を易々と乗り越え、苔に覆われた巨大な岩を登り上がる。
そこに立ち、ようやく視認できた。
その先の木々の隙間。太陽光が差し込んだ広場に揺れる三名の姿を。
黒く染色された皮の防具に身を包む二人組。
その先には血を流し、脚を引きずりながらも逃げる金髪の少女が一人。
「畜生…!!人攫いか!!」
昔の思い出が一瞬、フラッシュバックした。
僕は考えるよりも早く、脚を動かす。
鞘からロングソードを抜き出して──
足音が聞こえてしまったのか、男たちは僕の方に身体を向ける。
標的を少女から移れたのは喜ばしいことだった。
これ以上その子に刀傷が増えない、と安堵のため息を一つ漏らした。
しかし、その少女は座り込み、顔を下げていた。
迅速な対応。処置が必要だと察し、僕は、忌み嫌う『能力』を使用した。
その身体を霧と化し、男たちを覆う。
「なんだ!?」「まさか……吸血鬼か!?」
八割がた正解だ。と、今すぐに褒めてやりたい所だが、丸腰の女の子を手にかけた男共に慈悲を掛けるほど優しくは無い。
霧を周囲に発生されたまま肉体と武器を再構築し、男の腹部を目掛けロングソードを突き刺した。
まるで串刺しの様に、一本の剣に二人の人間が刺さった。
苦痛の声を上げ剣先の男は絶命。僕に近い方、つまり、柄側の男はナイフを振り上げ、渾身の一刀を僕の心臓目掛け差し込んだ。
銀は僕にとって致命傷を与える金属だ。
しかし、銀はとても柔らかく一般的な武器の素材として『まず』利用されない。
つまりは、その一刀は僕自身の治癒能力で簡単に治ってしまう攻撃であった。
「この化け物が…!!」
「僕から言えば、此処まで残虐な事を平然とできる君たちの方が、化け物じみているよ……」
そういって、その男は項垂れた。
死んだ……。
この数秒で二人死に、僕は生きている。
「くそ……!!」
刺さるナイフと剣を引き抜き、少女の元に向かった。
木の麓。そこに背を預け俯くその子は裸だった。
その子は、少女と幼女の中間あたりだった。
人の裸を見る趣味は無いには無いが、傷の程度を調べるために、その柔らかい肌に触れる。
左腕、切り傷四ヶ所。右腕、深い傷が一つ。左脚、右脚は無し。しかし、裸足で逃げていた所為で足裏は血だらけだ。
顔、異常なし。胸部、腹部無し。背中に一刀、深い。
この世界では、吸血鬼の血はどんな怪我も直す、と言われるほど治癒能力が高い。
かくいう僕の血も適応内だ。
先ほどのナイフで自身の腕を深く切り付け血を流す。
その血を少女の傷に落とすように垂らしていく。
ジュウー……
赤い血が少女の肌に落ちる度に消滅していくが、ナイフで再度腕を切り込み流していく。
「よし…こんなものか……」
僕は少女の傷が全て塞がるのを確認した後、上着を脱ぎ彼女に着させる。
さて──
「……どうすればいいの?これ」
路頭に迷った僕は一旦、彼女を家に連れて帰ることにした。
誘拐じゃないからね??
冒険者組合、通称ギルド。その掲示板から受注した『薬草採取』の簡単なクエストすら出来ないまま、僕は帰路につく。
より簡単に言えば、バックレた。
あーあ、そうですよ。僕は万年『ブロンズ』の位ですよ……悪かったな!!
毎度のこと揶揄する者どもに僕は愚痴を零した。
◇◇◇◇
メルタール王国。
その南部に位置する都市レアルゲントはその昔、伝説の魔法使い<シルビア・アーバンライト・オルフェクス>が築いた魔法学校が有り、現在も運営している。
優秀な人材を排出することで有名で、尚且つ、大陸の中央に位置する都市の為、昔から交易と商売と学問が盛んであった。
しかし二百年前、西部に位置するサテリーゼ共和国と王国の仲が険悪となり、レアルゲントを囲むように城壁が築かれた。
そして現在に至る──
「ふぅ」と、少女を自室のベットに寝かしつけ、ため息を漏らす。
長い金髪。透き通るような白い肌。小さな鼻。
スースーと寝息をたてる姿は小動物のようだった。
その姿、その細い首を見るなり、ヨダレが垂れた。
それをふき取り、僕は机に突っ伏した。
「最低だ……」
吸血衝動。
それは、急にこの体質になってからというものの、僕を盛大に苦しめた。
パンや肉を食べれば腹は膨れる。
しかし、血を求める乾きがいつまでも燻っているのだ。
「おい、そこの男……」
急に声が掛かり飛び起きる。
その元凶──ベットに僕は眼を向けた。
上半身を起こし、こちらに向く青い二つの眼。
僕が助けた少女が意識を取り戻したのだ。
「私を助けてくれたのは……どうやらオマエらしいな……礼を言うぞ」
その姿に似合わぬ古臭い口調で続けた。
「……学院はもう…最初から腐っていたのだな……もはや帰らぬぞ……。さて!」
ボソリと呟き、金髪碧眼美少女はこう言った。
「四度目の人生だ、私はもう好き勝手生きることにした!!なぁオマエさん?」
「はい?…まぁそうですね……。好き勝手に生きられればいいですよね。僕もそうしたいと何度思ったことか…」
「そうかそうか。ならば生まれ変わらせてやる!!なんだって私の命の恩人だからな!」
「生まれ変わり……。あの、まだ死にたくないんですが…」
「それは比喩だ、バカ者め。オマエさん、人間だろう?」
「……あ、はい。そうです」
この時僕は嘘をついた。
自分の正体を知られたくなかったからだ。
忌み嫌われている吸血鬼。それが僕だなんて。
「ならば……ざっと六十年程度の暇つぶしになるか」
少女はそう呟いた。
暇つぶし?どういう意味だ?
「なぁ、それって、どういう事なんだ?」
「だから生まれ変わられてやる、と言うことだ。オマエさんが死ぬまで、私がオマエさんの師匠、執事。時には恋人でいよう、と言っているのだ!!」
胸を張って言った。もはや支離滅裂である。
「どこの誰だか判らない君を僕の元に置けるか!」
突っ込まずにはいられない。なんだよ、恋人って。
「そうか…そうだろうな…。魔力も十分量、戻った事だ。自己紹介しようじゃないか?」
少女は手を前にかざす。すると魔法陣が浮かびあがり、氷の剣を形作った。
それを手に取り、僕の喉元に剣先を伸ばして言った。
「キミは?」
「グ…グレイブ、です」
そうか、と言い彼女は続けた。
「私の名前はシルビア・アーバンライト・オルフェクス。君が良く知る、あの学院の創設者、伝説の魔法使いだよ。私が聞きたい言葉は一つだ。分かるか?グレイブ?」
「それ以外の答えはどうなりますでしょうか?」
「ん~?聞こえないな~」
最悪だ!意味が分からない…なんなんだ、この少女は!?
だが、答えは導きだされている。それに沿う回答を示せなければサクッ…だ。
痛いのは我慢できる。しかし、僕が吸血鬼だとはバレたくない。
「よ……宜しくお願い……します……」
「本当かい!?嬉しいな!キミのような顔が良い男は大好物だ!!」
なにか恐ろしい事を言いませんでしたか?この金髪碧眼美少女は。
「ゴホンゴホン。では……ここからが、本当の本題」
シルビアと名乗る娘は剣を手放した。すると、キラキラと音を立てて消えてなくなった。
「私が負った傷。どうやって完璧に治したんだい?…吸血鬼ちゃん?」
◇◇◇◇
僕の正体は彼女にとってはバレバレだったようで、今の今まで狸寝入りをしていたらしい。
しかし、襲われ、殺されかけていた事は本当らしく、彼女曰く「再誕したてのフェニックスのように脆く弱い」と。まったく分からん。
かくして僕は、シルビアに吸血鬼と成った過去を話したのである。
「真祖か!?そうなのか!!ふふん、ますます気に入ったぞ!!最初は顔が好みだったから、殺して人形でも作ろうかと企んでいたが……」
おいおい、聞き捨てならないな。
じゃあ、先程までの恋人だのの話は嘘だったのか!?て言うか…『真祖』って何?
僕は少女の次なる言葉を固唾を飲み、待った。
「前言撤退。グレイブ!私はオマエさんのパートナーになろう!ほら、嬉しいと言え!!」
「……」
彼女が僕を気に入る要素が分からなかったし、なにより、『パートナー』の意味合いが理解できなかった。
「どうして?ただキミを助けただけなのに、何故そこまでしようとする?」
僕にはシルビアの好意が恐ろしかった。そもそも無償の愛というものが理解できていない。
前世では病気の為家族に捨てられ、今回も政治の手駒になるように育てられた。
それに追い打ちを掛けるかのように、僕は吸血鬼に成り下がった。そんな僕に?何故?
「それはなグレイブ。オマエは、若い頃の私にそっくりだったからだよ」
「そんな程度のことで……」
「そのな程度で済む話じゃない。道を踏み外して欲しくない…私の願望だよ」
「……」
「今のオマエはまるで根なし草。白黒はっきり出来ない…そう、グレイだ」
僕にとってその言葉は深く刺さった。
灰色。それは僕自身を映し出した色だからだ。
「では、どうすれば……」
戸惑う僕に対し、シルビアは冷静だった。
魔法で小刀を作成し、それで自身の指先を切り付けた。
流れる血を差し出し僕に言う。
「まずは受け入れろ……ほら、四百五十年間も熟成させた血だ」
「うえ……」
「なぜ吸血鬼が血を見て引くのだ?さあ早く舐めろ。バイ菌が入るだろ?」
シルビアの一声で理性がはじけ飛んだ。
僕は、彼女の人差し指から滴る血を口にする。
「間違っても噛むなよ?私はまだ、吸血鬼には成りたくないからな」
「そうだ、いい子だ。どうだ?美味かろう?私の血は」
「グレイ……灰色のキミよ。我が道を征け。もし、迷い、己を見失えば……」
私の色に染めてやろう──
月明りに照らされた一室。
グレイブとシルビアは、お互いの傷を癒すように見つめ合っていた。