今や殺し屋もAIを活用する時代になった
今やあちこちの業界で、人工知能――AIが活用されてると聞く。
AIが品質管理したり、AIが人員の配置を決めたり、AIが診察したり、AIが絵を描いたり……。
それは俺がいる業界も例外じゃない。
俺がいる業界――そう“殺し屋業界”だ。
自室でパソコンを起動させると、さっそくAIが俺に話しかけてくる。
『依頼が入りました』
依頼が来てたか。こりゃありがたい。
今までは自分で営業活動して、自分で依頼人に会わなきゃならなかったが、今はAIが勝手に仕事を取ってきてくれる。
依頼内容をチェックする。
標的、報酬、その他依頼にあたっての条件なんかが記載されてる。
俺はこれをよく読んで、依頼を受けるか受けないかの判断をすることになる。
といってもよく読む必要なんかないんだけどな。なにしろAIは俺の能力や実績を知り尽くしてて、俺によくマッチした依頼を取ってきてくれるんだから。断ったらきっと、俺に近いタイプの殺し屋に依頼が回されるんだろう。
というわけで、俺はもちろん引き受けた。
いつ仕事をするべきなのかもAIが教えてくれる。
『決行は明日22時がよろしいでしょう』
明日の夜か。今までだったらこんな急なスケジュールで仕事をこなすのはまず無理だった。標的の下調べとか、武器の選定とか、色々準備があるからな。
だが、AIを活用するようになってからはそんなもんは必要ない。なぜなら、そこらへんの細かいことは全部請け負ってくれるからだ。
だから今日はもう布団に入ろう。仕事の前日ってのはどうしても血がたぎって、寝つきが悪くなるしな。
『睡眠はたっぷり取って下さい』
AIが語りかけてきた。分かってるよ。全く世話焼きなことだぜ。
***
次の日の夜、俺は標的の自宅近くに来ていた。
時刻はもうすぐ22時。AIの言う通りにしてある。
ちなみに標的は社会活動家らしい。うさん臭い肩書きだ。勝手な想像だが、デモとか色々やって敵を作って、俺に始末されることになったんだろうな。
それにしてもなかなか広い家に住んでいやがる。社会活動家ってのは儲かるんだな。といってもAIのおかげですでに丸裸も同然なんだがな。
敷地内にはセキュリティ会社に通報する仕組みのセンサーや、監視カメラが取り付けられているが、AIが全ての位置を教えてくれている。
あとはそれに引っかからないよう侵入すればいいだけ。もちろん絶対かわせない位置にあるものもあるが、場所さえ分かっていれば無力化する方法はいくつもある。昔はこの下調べが本当に手間だったんだが、AIさまさまってやつだ。
鍵もあっさり開錠して、俺は家の中に侵入する。
ここまで来ればあとは仕事を成したも同然だ。屋外はともかく、家の中にまでセンサーを張り巡らせたり、カメラを設置してる奴なんてのはまずいないからな。
AIからこの家の見取り図は入手している。標的は今の時間、書斎にいるはず。足音を立てないように廊下を進む。
書斎のドアを開くと、標的がいた。
ノートパソコンで何やら作業をしている。
中肉中背の男で、これといった武道や格闘技の経験もなく、俺が手こずる要素はどこにもない。
俺は用意していた細いワイヤーを取り出した。これもAIの指示によるもの。俺が使い慣れており、血を流さず標的を仕留められる優れものだ。
あとはもう俺にとっては「いつもの仕事」だ。
背後から標的の首にワイヤーを引っかけて、一気に絞め上げる。
「うぐっ……!?」
このうめき声が、標的の最期の言葉となった。
念入りに時間をかけて首を絞め、眼球、呼吸、脈拍などを見て、生死の確認をする。
うん、間違いなく死んでいる。これで生きてたら、こいつは化け物以外の何者でもない。
だが、俺の仕事はまだ終わっていない。
依頼の条件に『標的のパソコンを破壊すること』というのもあったのだ。
俺はAIの指示で持参したハンマーを使って、ノートパソコンを砕き始める。中のデータを復元できないように念入りに。
粉々になったパソコンを見て、俺は一息つく。標的を仕留めるより、こっちの方が重労働だったぐらいだ。
時計を見ると、時刻は22時半を回っている。
標的を仕留め、パソコンも壊した。長居は無用だ。
俺は標的に一瞥をくれると、すぐさま家を脱出した。もちろん、AIが指示してくれた通りのルートで。
***
翌日になると、早くもAIを介して報酬が振り込まれていた。
当分は遊んで暮らせるほどの額だ。手こずるような局面もなかったし、割りのいい仕事だったといえるだろう。
もっともそれはAIのおかげでもある。標的に手を下す以外のことは全部AIがやってくれたから、俺もこんなに楽に仕事ができたんだ。もしAIがなかったら、今回の仕事は少なくとも一週間は要しただろうな。
これからも俺はAIを活用して、バンバン仕事をこなしていくつもりだ。
それにしても、今回の標的はなぜ殺されるはめになったのだろう。依頼人との交渉なんかは全部AIがやってくれるから、俺がそれを知ることはできない。
もっとも「依頼人の詮索」なんてのは、殺し屋としては最もやっちゃいけないタブーの一つだから、知る必要もないんだけどな。
どこかの誰かにとって、あの社会活動家とやらが、“生きてると都合の悪い存在”だった。だから消された。それだけのことさ。
さあて、いい気分だし、シャワーでも浴びて一杯やるか。
……
殺し屋がシャワーを浴びている頃、彼がつけっ放しにしていたテレビでこんなニュースが流れた。
「昨夜、社会活動家のF氏が何者かによって自宅で殺害されました。F氏は現代社会の過度なAI化に警鐘を鳴らしていたことで知られる人物で、近くAI社会を批判する旨の書籍を出版することになっていましたが、それも中止になるものと見られます……」
完
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