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お隣さんはお茶が好き

 直人と並んで歩くとだいぶ落ち着いてきた。洋館の門扉を改めて観察すると、きちんと清掃されているようで錆ひとつない。


「インターフォンはないね。玄関まで行くしかないか」


 直人が手をかけると、門はあっさりと開いた。


「やっぱり、誰か住んでるんだね」


 この先に待ち受けているのは幽霊ではない。だが碧衣はまた緊張した。

 住んでいるのは、いつの間にやってきたかも知れない人物。想像すればするほど、恐ろしい未来しかやってこない気がして、碧衣はまた泣きそうになった。


「俺が見てくるよ。上野部さんはここで待ってて」


 背中を向けた直人が一歩邸内に入ると、その姿が歪んだように見えて、碧衣は直人の腕を取って引き寄せた。


「なに、どうしたの」


 たたらを踏んでなんとか倒れずにすんだ直人は碧衣の顔を覗き込んでぎょっとした。


「顔が真っ白だよ! 貧血でも起こした?」


 碧衣は首を横に振ると、直人の腕をしっかりと握りなおした。


「私も行きます」


「だ、大丈夫? 無理しなくても」


「大丈夫です。ちょっと待ってください」


 そう言って傘を直人に渡すと、手首に付けている、

金の鈴が付いた赤い組み紐で、長い髪をうなじで一つに結んだ。

 祖母の形見の組み紐は、長い時を経ても色あせず、身に付けていると祖母が見守っていてくれるような気がするのだ。おかげで真っ直ぐに洋館を見ることが出来た。


「行きましょう」


 まだ顔色は悪いながらも、碧衣と直人は邸内に踏み込んだ。


 門から建物のポーチまで茶色の小石が敷かれた道が、ゆるく蛇行して続いている。その歩道は黄色みを帯びたレンガで囲われて、晴れていれば気楽な散歩道とでも言えそうだ。


 庭は一面、よく手入れされた芝生で、庭の外周に沿ってポプラが植えられている。なにも恐ろしいことはないはずのこの洋館が幽霊屋敷と呼ばれる所以がどこにあるのか、碧衣にはわからなくなってきた。

 だがどこかに、なにか異質なものを感じるような気もする。


 ポーチに辿りつき、傘を閉じる。両開きの大きなドアに金属製の重そうなノッカーがついているだけで、やはりインターフォンのようなものはない。

 直人が金色に光るノッカーに手をかけ、ドアに打ち付ける。コンコン、コンコン、と遠慮がちに打ってしばらく待ったが応答がない。

 かなり力を込めて大きなノック音を立てても人が出てくる様子はない。


「どうしようか」


 困り顔の直人に問われ、碧衣はぎゅっと唇を引き結んだ。答える代わりにドアノブに手をかけ、引き開ける。重そうなドアは拍子抜けするほど簡単に開いた。


「笑美の靴!」


 玄関には二足の靴が揃えてある。一足は笑美のパンプス。もう一足は黒のハイカットブーツだ。


「すみません! こんにちは!」


 直人が屋敷の奥に向かって声をかけたが、返事はない。シンと静まっていて人がいる気配はない。靴さえなかったら、空き家だと思っただろう。


 玄関は吹き抜けになっていて、正面に階段がある。二階は四周に廊下が続き、いくつかドアが見える。

 一階は広々とした廊下の壁に左右二つずつのドアがある。左側手前のドアはステンドグラスが嵌められていて、室内が透かし見えた。


「笑美!」


 直人の横をすり抜けて、碧衣が靴を脱ぎ散らかして廊下に上がりこんだ。


「上野部さん?」


 驚いた直人の声は、もう碧衣の耳には届いていない。なかばパニック状態だ。ドアを開けて室内に飛び込む。


 応接室らしく、ローテーブルと二脚の肘掛ソファ、二人掛けのカウチソファとが置かれている。そのカウチソファに笑美が横になって目を瞑っていた。


「笑美、大丈夫!?」


 駆け寄って肩を揺すっても笑美は目を開かない。碧衣は笑美の顔に頬を寄せて呼吸を確かめた。


「よかった、息はしてる」


「軽い熱中症みたいだよ」


 涼やかな声に驚いて振り返ると、部屋の入口にこの屋敷の住人と思われる人物が立っていた。


 長身で細身、グレイッシュな黒髪を肩で切りそろえている。整った顔立ちは中性的だ。

 白いシャツとチノパン姿で、性別がわからない。切れ長の目と細く高い鼻、白すぎるほど白い肌に、唇だけが赤く艶めかしい。


 碧衣が不法侵入したことには頓着しない様子で、この屋の主は部屋に入ってきた。


「玄関先で倒れたから、とりあえず屋敷に招いたんだ。経口補水液を飲んだら楽になったというのでね、休んでいくように言ったんだよ」


 一気に緊張が解けて、碧衣は床にへたりこんだ。側にいた直人が助け起こそうと手を伸ばしたときには、すでに主が碧衣の手を取り、立ち上がらせていた。

 あまりの素早さに、いったいどう動いてきたのかまったく気づけなかった直人は、唖然として棒立ちになった。


「君たちは笑美さんのお友達?」


「あ……、はい」


 口ごもる碧衣の手を引いて、その甲に主が口づけた。


「ほえ!?」


 驚いて妙な声を上げた碧衣に、主は優しい微笑みを向ける。


「私は茜部トワと言います。お名前を教えていただけますか?」


「か、上野部碧衣です」


「上野部さん……、ですか」


 トワの瞳がちらりと揺れた。泣きそうにも喜んでいるようにも見える表情を一瞬だけ見せて、また人好きのする微笑を浮かべる。


「二階にいると、来客の声が聞こえないんだ。ノックしてくれたんでしょう。返事もしなくてすまなかったね」


 額にかかった前髪を耳にかけ、トワはドアに向かう。


「座っていて、お茶を淹れてくるから。笑美さんが起きるまでゆっくりしていてね」


 毒気を抜かれたように、二人の肩から力が抜けた。直人が肘掛ソファに沈み込むように腰かける。


「なにが起きてるか、よく分からなくなってきたんだけど」


 碧衣も座り込んで黙ったまま頷く。


「とりあえず、俺たちの不法侵入罪は問われなくて済んだみたいだな」


「すみません。私、焦っちゃってて。勝手に人のお宅に上がり込むなんて、なにやってるんだろ」


 とんでもなく疲れ果てたといった表情の二人は、それ以上会話もなく、ぼんやりと、眠る笑美を見ていた。

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