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友人はイケメンがお好き

 勉強をしに来たはずの笑美が窓に張り付いてから、もう三時間。碧衣はその背中を見つめて、ため息をついた。

 母が留守にしている今日、泊りがけで夏休みの宿題をするという名目でやってきたというのに、笑美はノートすら開いていない。


「碧衣、本当にいるのよね、超絶イケメン」


 振り返りもしない笑美の視線は、家の前を通って雑木林へと向かう一本道に吸い付けられている。


「私は知らないよ。お母さんがちらっと見ただけなんだから」


「ちらっとでもいい! 私も見たい! 会いたい! お近づきになりたい!」


 イケメンに目がない笑美の欲望は天井知らずのようだ。そんなことには慣れっこの碧衣は、卓袱台に出していたノートを閉じて立ち上がった。


「お昼、どうする? 私、お腹すいたんだけど。ピザ頼む?」


「賛成」


 窓に近づいて笑美の隣で外を眺める。超絶イケメンがいるらしいお隣の洋館は、レンガ造りの二階建てで、煙突が一本立っている。碧衣の部屋から見える位置は煙突側の壁で、窓は付いていない。

 槍か剣かを模したらしい鉄柵がぐるりと屋敷を取り囲み、ものものしく、全体的に暗い雰囲気だ。


 幽霊屋敷だと噂されていると知ったとき、幼稚園児だった碧衣は怖がって泣いた。高校生になった今でも、洋館に不気味さを感じるのは変わらない。


 長年空き家だった洋館に引っ越した人物がいると碧衣の母は言ったが、引っ越しトラックも来なかったし、今まで通り人気が感じられない。そう説明しても笑美は頑として窓辺を離れないのだった。

 

 もうすぐ正午だ。朝食を軽くしか摂らない碧衣のお腹はもう少しで音を鳴らしそうだった。ピザの宅配を頼み、卓袱台の上を片付ける。


 祖父の家を継いで住んでいるため、家具はどれも上質だが古い。しかし碧衣は古めかしいこの家も、祖父母が残してくれた家具もすべて好きで、二階にある自室も畳敷きのままにしている。


 一番のお気に入りは祖母が使っていた三面鏡の鏡台だ。祖母が嫁入りのときに拵えたもので、畳に正座して鏡を覗くと背筋がピンと伸びるようだ。化粧をしない碧衣には無用の長物ではあるが、折りたためる鏡が三面あるため、長い黒髪を編み込むときに便利なのだ。


 ただ、自分の顔を正面、左右と鏡に映してみると、平凡な上にも平凡な顔立ちに、少しがっかりしないこともない。


 台所で飲み物を準備していると呼び鈴が鳴った。祖父の代から家に手を入れていないため、インターフォンも設置していない。碧衣は小走りに玄関に行き、カラカラと引き戸を開けた。


「お待たせしましたー」


 赤い帽子を被ったピザ屋の配達員が笑顔で立っている。その肩越しにちらりと人影が見えた。雑木林の方に向かって行くようだ。そちらにはお隣の洋館しかない。気にはなったが、荷物を受け取って支払いをしている間に見えなくなっていた。


 自室に戻ると、笑美は相変わらず窓に張り付いていた。


「ねえ、見た?」


 碧衣が尋ねると、笑美はやっと振り返る。


「なにを?」


「雑木林の方に歩いて行った人がいたでしょう」


「うっそ。誰もいなかったよ。私、ずっと見てたもん」


 さあっと碧衣の顔色が悪くなる。


「まさか、幽霊じゃないよね」


 小さく震える唇から、か細い声を漏らしたが、笑美は薄情にもまた窓に顔を向けてしまった。


「どうだろうね、私は霊感ないからなあ。碧衣は見える人だよね」


「見えないよ、やめてよ、そういうこと言うの」


 口早に否定する碧衣の顔色がますます悪くなる。霊感などという言葉を聞いただけで怖いのだ。


「えー、巫女さんなんだから見えると思ってたのにな」


「巫女って言ったって、たまにバイトすることがあるだけだもん」


「家業なんだから、もっと手伝えばいいのに。お給料、かなりいいんでしょ」


 確かに、宮司の父は碧衣に甘く、バイトの賃金としては破格の金額を給料袋に包んでくれた。

 しかし、バイトはおもに繁忙期の正月なため、深夜にも神社にいなければならない。人でごった返していたとはいえ、夜の神社は碧衣にとって恐ろしすぎた。

 夜間のお勤めを手伝ったのは一度だけで、翌年からは姉の友人がバイトに入っている。


 青ざめた碧衣の顔を見て、笑美はやっと諦めたのかピザの匂いに惹かれたのか、窓から離れて卓袱台に着いた。

 碧衣が急いで笑美の左腕に抱き着く。震えている碧衣に苦笑を向けた笑美は、ピザを一切れ、碧衣の口に突っ込んだ。


「そんなに怖いんだったら、私が確かめてきてあげるよ」


 もぐもぐとピザを噛みしめ、飲み込んでから碧衣は不安そうに尋ねる。


「確かめるって、なにを」


「洋館の庭、見てきてあげる。ここからじゃ壁と道路しか見えないもんね」


「やめて! 本当になにかいたら、どうするの?」


 窓から出来るだけ離れようともがく碧衣の足首を握って笑美が引き留める。


「なにかいたら、写真を撮ってきてあげる。証拠になるでしょ、イケメンか幽霊がいるっていう」


「証拠なんかいらないよ!」


 なんだかんだと言い合っていると、笑美が突然「あ!」と大声を上げた。碧衣がびくっと竦みあがる。


「煙突から煙が出てる!」


 笑美が窓に飛びついてガタガタ音を鳴らしながら木枠の窓を引き開けた。首を突き出して煙が確かに上がっていることを確認する。


「人がいるんだよ、行ってくる!」


 叫ぶと笑美は部屋を駆けだしていった。


「行くって、笑美?」


 碧衣が後を追おうと廊下に出たときには音高く玄関の扉が閉められたところだった。戻って窓から外を覗くと、笑美が通りを全力疾走して洋館の方へ向かっていく姿が見える。


「本当に行っちゃった……」


 一人取り残された碧衣は、不安で身動きもとれず、ピザは刻々と冷めていった。

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