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記憶のない僕らは  作者: 青山 立
第15章 MCU 僕だけが聞いていたこと
99/108

(009) Area 32 After the storm 舵と帆澄

 --舵と帆澄--#柏原


 DA3、国立農場、東門。


 数時間前に雨は止んで、記憶の回復した人も、その家族や友人も、皆それぞれの居場所に帰っていった。

 身寄りのない者は、トキさんや船引さんが仕事や住居を提供することになっている。

 本当の意味で自由を手にするためには、ここから一人一人が動かなければならない。

 ライダーたちから、薬の配達完了の知らせが続々と届いている。



 舵と私は、薬を配り終えてからも、助けの必要な人を見つけては、トキさんの家や船引さんの工場に案内していたので、一晩中休むことなく走り回っていた。朝日が昇り、混沌とした夜が明けていく。


   ◇     ◇     ◇


「帆澄を探しに行ってもいいか?」


 舵は帆澄のことが心配で仕方がないといった様子で、何度も携帯を確認している。


「帆澄はもうすぐここにくるよ。車に戻って待とう」


 間もなくして、私と舵が待機している車に帆澄が歩いてやってきた。


 昨日と特に変わった様子はない。帆澄は、後部座席のドアを開けると、運転席の後ろの席に座った。私が運転席に、舵が助手席に座っている。


「帆澄、大丈夫か?」


 舵が振り向いて、帆澄に問いかける。帆澄が頷く。心からに妹を心配している兄の姿を見て、私は今ここにいる舵を消してしまうことの決心が揺らぎそうだった。それでも、もう終わらせるべきだとわかっている。


「京、舵はまだ……?」


 舵の様子を見た帆澄が私に問う。


「すまない」

「謝らなくていいよ。私から言おうか?」

「いいや、大丈夫だ」


 私と帆澄のやりとりに、困惑気味な舵が割って入ってくる。


「一体何の話をしているんだ? イズミは帆澄に戻ったんだよな?」


 帆澄が座席越しに、私の肩に手を置いた。


「舵、私と一緒にミエくんが作った薬を飲んでくれないか?」

「京、どういうことだ?」

「信じられないかもしれないが、凪を引き止めようとしてMCS社で記憶を操作されたのは、帆澄じゃなく、舵、君なんだよ」

「何を言ってるんだ?」

「俺は記憶を失った覚えなんてない!」

「そうだね。わかってる。だけど、本当は、帆澄は君の妹ではなく姉だ。君はお姉ちゃんっ子で、優しい弟だった。そして、お姉ちゃんの親友である凪が記憶を消そうとしていることに気がついて、凪を止めようとしたんだ」


 舵は何も言い返すことなく、私の目を見ている。


「MCS社で記憶を操作された舵は、昔の話をするとパニックになるようになった。だから僕たちは、舵に合わせて過ごして来た。

 ……舵、君の混乱した世界では、帆澄は君の妹で、記憶を制御された後に、イズミという人格を形成することで、普通の生活を取り戻した代わりに、君と兄妹であるという事実を忘れていることになっていた」

「そんなこと……じゃあ、みんな、俺が元に戻ることをずっと待っていたのか?」


 舵は戸惑いを隠せないようで、声が少し震えている。


「舵、私も一緒に薬を飲むから、信じて。お願い」


 帆澄が、真っ直ぐに舵を見つめて言った。帆澄の目には、弟に会いたいという姉の願いが滲み出ていて、その目はまさに、さっきまで舵が帆澄に向けていたものと同じだった。


 私たちはずっと仲が良かった。私と帆澄、そして凪の三人に、いつでもどこにでも、ついてくる舵は可愛くて仕方なかった。


 けれど、記憶が混乱してしまった後の舵は強くて、優しくて、真っ直ぐで、私の親友でいてくれた。MCPを解放する計画も舵が立ち止まらなかったから、みんな諦めずに頑張ってこれた。

 今の私にとっては、帆澄の兄として生きる舵が、弟としての人格を取り戻して、変わってしまうことが怖かった。


 だが、私の不安な気持ちをよそに、舵は私と帆澄に、優しさの滲み出た笑顔を向けた。


「わかった。薬を飲むよ」

「え、いいのか? 怖くないのか?」


 私は舵が無理をしていないか心配になった。しかし、迷いのない真っ直ぐな視線を向けて舵は言った。そこには、私の不安な気持ちを吹き飛ばす偽りのない思いが溢れていた。


「怖くはないよ。

 俺はずっと、記憶を失う前の帆澄に会いたかった。目の前にいるイズミではなく以前の帆澄に、ずっと……。

 俺がずっと苦しんで、そして、願ってきたように、帆澄や京が、いいや、二人だけじゃない、ばあちゃんや凪たちも、俺のことを考えて、想っていてくれたんなら、何も迷う必要はないよ。

 ……それに、ずっと一緒にいてくれた二人が、弟だった頃の昔の俺に会いたいなら、昔の俺もそんなに悪い人間じゃないんだろ?」


 今まで、冗談を言うことなど忘れて、帆澄を元に戻すために突っ走ってきた舵とは思えないほど、その口調は柔らかく。まるで、もう、記憶を制御される前の穏やかな舵が戻って来たようで、私は涙が堪えられなかった。


 涙で曇った視界の向こう側で、笑顔の舵が、ポケットから薬の入った袋を取り出して、まるでお菓子でも食べるように錠剤を取り出すと、ぽいっと口の中に放り込んで飲み込んだ。


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