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記憶のない僕らは  作者: 青山 立
第11章 地下世界とサーシャ、リクとレイン
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(041) Area 21 Lessons Learned 紗々

 --紗々-- #カイ


「私はサシャという。舵は私の孫だ。君の名前は何というんだい?」


 初対面の人間が自分の家の中にいるのだ、当然と言えば当然だが、舵の祖母が沈黙を破り、僕に名前を尋ねてきた。


「カイです」


 知らぬ間に()()()()()()()()()()()()がいることに、僕は気がついた。


「そうか、君がカイか。いつか会いたいと思っていたんだよ」


 サシャがまるで孫の友達が遊びに来たかのように、優しい口調で言った。


「僕のことを知っているんですか?」

「舵がよく口にしている名だからね」

「ここには無理やり連れてこられたのかい?」

「いいえ、自分の意思で来ました」

「そうか、それならいいんだ」


 ほんの少し間をおいて、サシャは僕の心を見透かすようにじっと目を合わせてくる。


「カイ、舵の記憶はもう見たかい?」


 サシャは質問の形をっとっているだけで、問うているのではない。確信を持っているのだ。それでも、僕はサシャの問いに答えた。


「はい、少しだけですが……」


「いいかい、舵の記憶を通して見たすべてが、そのまま()()()()()()()()()()()()()()ということを忘れてはいけないよ」


 サシャを見ていると、彼女の目が僕の姿ではなく意識を見ているのでは、という錯覚に陥る。


「真実は人の数だけ存在するもんだ。だから、悲しみや憎しみに囚われちゃいけない。ただ感じて、正面から受け止めて、流してしまうことだ。すべてをその身に留めておいたら、身動きが取れなくなってしまうよ」


「どういうことですか?」


 サシャに何もかも見透かされているのでは、と感じずにはいられなかった。


「強い感情っていうのはね、危ないもので、現実や未来から、その身を引き剥がして、過去につなぎ止めてしまう力があるんだ。過去を振り返ることは間違ったことじゃない。ただ、囚われてしまっては、前には進めなくなる」


 僕はこれほど誰かの言葉に惹きつけられたのは初めてだった。


「舵の感情は、強いだろう? 舵は重くて長い鎖に縛られているんだ」

「それは少しだけ、わかる気がします」

「君は言葉を選んで喋る子だね」

「そうなんでしょうか?」


 僕は今までの自分の言葉を思い返してみた。


「僕は、言いたいことの半分も言えていません」

「それでいい。君の言葉は鋭いから、振りかざすと人を傷つけてしまう」

「僕は、わからないことだらけだし、それに、自分を知るのが怖いです」

「そうだろうね、言葉で傷つけてしまうのは、他人だけじゃないからね。自分だって相当傷つくものなんだよ」

「自分も……」

「そうさ」


 サシャは膝にかけていたブランケットを肩にかけて、少し身をかがめると目を細めた。


「舵とともに進むのはたやすくない。でももしその覚悟があるのなら、ただ感じて、正面から受け止めて、流してしまうことだ」


「過ちを忘れてしまっもいいんですか?」


「いいや、流すということは、忘れるということではない。そこを取り違えちゃいけない。流すということは、過ちを自分の中で受け止めて、でも受け止めた過ちに縛られずに、前に進むことだよ。忘れてしまうこととは違う。流すことを罪と感じる必要はないんだ」


 僕はこの時きっと、眉間に皺を寄せて困惑した表情を浮かべていたと思う。サシャが僕の表情をどう読み取ったかわからないが、彼女は言葉を続けた。


「最後には、君自身の真実を見つけないといけない」


 サシャの言葉はひどく僕の胸にのしかかってきた。 


「僕はどうしたらいいんでしょうか?」

「君がどうしたらいいかなんて、私にはわからないよ。ただ……」

「ただ?」

「ただ、真正面から受け止めた後には、思うままに生きればいい」


 思うままに生きる。僕にそんな勇気があるだろうか。思うままに生きると言うことは、制約がない分、すべては自分の責任となる。それが僕にはひどく不自由に思えた。


「わがままでも、間違っても。いいんでしょうか?」

「そうさ、結局のところ何が正しいかなんてわからないんだから。気負う必要もないさ」


 そう言われた瞬間、胸に支えていた言葉や想いが形を変え始めた。それでも、何とも言えないざらざらとした砂粒のようなものが僕の心の中に残って、問いかけてきているようだった。

『さあ、どうする?』

 と。


    ◇     ◇     ◇


 それから間もなくして舵が柏原さんを連れて戻ってくると、慣れた様子で夕飯を作り始めた。


 夕飯ができるまでの間、僕はこれからどうすれば自分の記憶が戻り、舵たちの目的が果たせるか考えていた。柏原さんは紙に何かを真剣に書いている。


 僕はさっきまで監禁されていたとは思えないほど自由にしている。ここに来てからは、僕は二人に拘束されているようには感じなかった。


 僕には三月までの記憶がないということを舵や柏原さんは信じてくれたのだろうか? それとも、今も僕のことを疑っているのだろうか?

 永薪海という名前を口にしてから、手の平を返したように、僕に対する彼らの態度が柔らかくなったのは明らかだ。ただ、まだ完全に信用されているわけではないだろう。


 夕食はまるで何事も起きていないかのように和やかに進んだ。僕には現実とは思えない光景だが、舵にとっては日常のようだ。


 夕食後、柏原さんが居間にいる僕に声をかけてきた。


「カイくん、これから、君のお姉さんである門崎ミエと彼女と行動を共にしている者を計画の実施場所に呼ぼうと思う。君を連れ去ったことが政府やMCS社(メモリーコントロールサービス社)にバレると動きにくくなるから、できるだけ早く実行した方がいい。関係者が集まったら、DA3の工場に向かう」


「簡単に呼べるんですか?」

 僕の問いに柏原さんは、笑顔でサラッと答えた。


「敵側に内通者がいれば、容易たやすいよ」

 この人はきっと、舵よりずっと怖い。


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