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記憶のない僕らは  作者: 青山 立
第8章 お姉ちゃんと僕
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(059) Area 17 Someone in my head 止まった時計

 --止まった時計--


「よかったよ、寄って行ってくれて。せっかく久しぶりにここまで来てくれたのに、あっという間に帰っちゃ悲しくなっちゃうよ」


 カイが居間に通されてから十分ほどした頃、おばあさんがそう言いながらうれしそうに居間に戻ってきた。おばあさんに続いて、リクが丸いおぼんにクッキーと紅茶の入ったカップを乗せて運んできた。二人はカイを居間に残して、キッチンでお茶の準備をしていたのだ。


 カイとリクが通された居間は、何とも異様な雰囲気を放っていた。


 窓には厚いカーテンがかけられ、外からの光を完全に遮っており、壁一面に棚が造りつけられ、数え切れないほどの時計が、さまざまな時を指して止まったまま棚に並べられている。アンティークのネジ巻き時計からデジタルのものまで、一つ一つが独特の形をしている。何一つ同じものはないようだ。


 リクは、おばあさんの素性をあとで調べるために名前を知りたかった。もちろん本人に聞けばいいんだけど、本当のことを言ってくれない可能性があるので、できれば本人以外の口から以外の情報が欲しかった。


(私はそんなに器用じゃないけど、カイほどは緊張していないし、何とかここで情報を探り出さないと)


 リクはバイク便や情報の運び屋のアルバイトで色々な場所に出入りするので、家主の名前がを知るコツを掴んでいた。大抵はネットで調べればわかるが、表札か郵便物を除き見てもわかるし、都合よく情報が転がっていない場合、近所の人から聞き出したりすることもあった。


 リクはおばあさんの家に上がる前に、ポストや表札を探してみたが、運わるく、表札どころか番地さえ出ておらず、ポストには何も書かれていなかった。家に入っても、玄関や部屋の中はどこも片付いており、郵便物も見当たらなかった。


 事前にこの地区についてネットで調べていたが、現在この通りに住んでいる人の情報は見つからなかった。もしかしたら、国は無理矢理にでも研究施設を建設するために、このおばあさんがここから立ち退きしたことにしてしまったのだろうか。


(仕方ない、名前は本人に聞くしかないか。それにしても、このおばあさん目を合わせてくれないな)


 リクは普段は人の記憶を読み取る能力を、できる限り使わないように気をつけていて過ごしていたが、今日に限ってその能力を使いたくても使えないことに、少しイライラしていた。仕方がないので、おばあさんから直接名前を聞くことにした。ただ、おばあさんは感が鋭そうだと感じていたので、名前を聞くことで警戒されないか不安だった。


「あの、名前すらうかがわないまま家に上がり込んじゃって、ごめんなさい」

「そんなこと気にしなくていいよ」

「私はおばあさんのことを何と読べばいいですか?」


 おばあさんはおぼんを手に持ったまま、椅子に腰掛けもせずに立ったまま、少し考えてから返事をした。


「そうだね、もう長いこと『ばあば』としか呼ばれてないしね。ばあばでいいよ」

「そんな。会ったばかりなので、せめてお名前で呼ばせてもらえませんか?」

「そうかい、じゃあ、タキと呼んでくれたらいいよ」

「じゃあ、タキさんで」


(これじゃ、苗字か下の名前か判断できないな)


 リクはできるだけ自然に返事すると、これからどうしようか考えを巡らした。


   ◇     ◇     ◇


 カイは二人が話している間、部屋を見回していたが、言葉では表現しがたいデジャブの嵐に晒されていた。


(目に映るものすべてを昔から知っている気がする。いや、それだけじゃない。家の匂いや、ドアの開け閉めされる音まで、僕は知っている。

 でも、これは今に始まったことじゃない。これまでも色々な場所で、僕は懐かしさや親しみを感じていた。昔の僕が囁くように、記憶の奥底を刺激しているのかもしれない)


「あの、僕が、最後にここに来たのいつでしたか?」

 カイの問いにおばあさんが顔を顰めた。


(また、よそよそしい話し方で話しかけてしまった。

 喋り方が他人行儀だったんだろう、おばあさんはひどく寂しそうな表情を浮かべている。やっぱり、昔からの知り合いだというのは本当なんだ)


「何だか知らない人になったみたいで寂しいね」

「すみません。えっと、ごめんなさい」


 ぎこちない空気を察して、二人の会話にリクが割って入ってきた。


「タキさん、カイは上下関係の厳しい食堂で働いているから、喋り方が変わっちゃったんです」

「そうかい」


 心の底からは納得しているかはわからないが、多少なりともタキの表情が和らぐ。


「特に初めのうちは覚えることも多くて、カイは休みも自由には取れなかったから、ここには顔も出せなかったんだよね」


 リクの問いかけににカイは頷くと、そのまま俯いてしまった。リクのとっさの言い訳をタキがどこまで受け入れたか二人にはわからないが、おばあさんは居間の中央にあるテーブルに手を置くと、体を支えるようにして椅子にゆっくりと腰掛けた。


「そうか、そうだったんだね。でもね、最後に来てくれた日からもう二年以上になるよ。電話くらいかけてくれても良かったのに。まあ、忙しかったんなら仕方ないね」


 カイは何も言い返すことができないようなので、リクはカイのことについてタキに問いかけた。


「カイはよくここに来ていたんですか? 私は昨日初めてカイからこの場所やカイのお姉さんのことを聞いたので、あまり詳しいことはまだ知らないんです」


「そう言えばあなたはカイの友達だっていったね。同じ仕事をしてる人なのかい?」


「私はアパートの隣に住んでるものです」


「そうか、お隣さんなんだね。カイは物静かで、あまり話すのも得意じゃないから、仕方ないかもしれないけど……。それにしても、ぱったり姿を表さなくなってしまったから、心配してたんだよ……。みっちゃんは何も教えてくれないし」


 こうしてリクとタキさんの会話を聞いていると、カイはまるで睡眠薬でも飲まされたかのように頭がクラクラしてきた。


(そうだ、僕は、僕はここを知っている……)


「それにしても、本当にカイはあなたに何も話してないんだね。カイは隣の家に住んでたんだよ。子どもの頃、ずーっと小さな頃にね。引越してからも、しばらくは、みっちゃんと毎週のように遊びに来てくれてたんだ」


(どうしてだろう、リクとばあばの声が反響してどんどん大きくなっていく)


 カイは両手で耳を塞いで二人の会話を遮ろうとした、それでも、頭の中に二人の声が響いてくる。カイは堪らず声を上げようとしたが、その途端に二人の声が消えた。


(そうだ、僕は何度も、何度もここで……)


   ◇     ◇     ◇


 ドアが開く。

 僕はいつだって、君を追いかけていた。

 君は誰?

 そう、生まれる前から知っている。

 その声は、お姉ちゃん?


 時がゆっくり流れていく。

 僕は陽だまりの中にいる。

 窓辺に座ってまどろんでいる。


 ドアの隙間から僕を呼ぶ声が響き届く。

 "みっちゃん、カイ、ご飯よ"

 この声も知ってる。

 一体どこで聞いたんだろう?

 この声も、生まれる前から知っている。


 "お姉ちゃん、待って!"

 夢の中の僕は、お姉ちゃんを必死で呼んでいる。

 いつだって置いてけぼりは嫌だし、怖い。


 僕の手を見る。とても小さい手だ。

 僕はきっとまだ三歳にもなっていない。


 目に映る何もかもが大きい。

 本棚も、襖も、階段も。


 階段の下にお姉ちゃんが見える。

 待って。待って。

 階段が伸びて、お姉ちゃんがどんどん遠くへと離れていく。


 そうだ。

 僕はカイで、みっちゃんはお姉ちゃん。


 賢くて優しいお姉ちゃん。


 あの頃、僕は、いつだって君を、お姉ちゃんを追いかけていた。


 迷うことなんてなかった。

 だって、いつも一歩先を歩くお姉ちゃんがいたから。


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