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記憶のない僕らは  作者: 青山 立
第5章 部品工場とトキさん
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(076) Area 12 Inequalities 枷

 --かせ-- #海


 逃走したMCPの子どもたちは出生届も出せず、自分の存在を証明することもできない、DA3からでることも、普通に学校に通うこともできない。そんな子どもが、トキさんが知っているだけでも何十人もいる。そして、何も悪いことをしていないのに、MCPにされ利用されている子どもまでいるなんて。


 トキさんから聞いた事実は僕には衝撃的で、頭の中が悲鳴をあげている。


 コウとユウの家を出て、トキさんの家に戻ってきた僕は、さっきまであった気力がどこに消えたのかわからないが、どうにも全身が重くて動けなくなってしまい、結局トキさんの家に泊まることになった。


 トキさんは客間に布団を敷くと、部屋の隅に置かれた小さなライトをつけて、部屋から出ていった。


 そのあと僕は崩れるようにその布団に倒れこんだけれど、体は動けなくなるほど疲れているのに妙に目が冴えて、真夜中になっても眠れずにいた。


   ◇     ◇     ◇


 何時間経っただろう、部屋の隅のライトがついたままなことに気がついたトキさんが、廊下から静かに話しかけてきた。


「まだ起きてるのか?」

「はい、なんだか全然寝れないんです」

「そうか」


 トキさんは部屋を横切り縁側に向かうと、僕に背を向けて庭を見つめるように座った。


「今日は突然こんなところに連れてきて、すまなかったな」

「いいえ。僕は、久しぶりに無条件に楽しかったです」

「そうか。あの子達は本当によく笑うからな。俺も楽しかった」


 楽しかったと言いながら、トキさんはなんとも寂しそうな表情を浮かべている。


「あの、二人は……。コウとユウはMCP孤児なんですか?」

「ああ、そうだ」


 トキさんは淡々とした口調で話し続けた。


「二人の親はユウが生まれてすぐに、仕事中の事故で死んだんだ。二人があの家から離れるのを嫌がるから、近所のみんなで見守りながら育ててるんだ。今晩も俺と入れ替わりに二人を見てくれている人がいる」


 一瞬間が空き、小さくため息が聞こえたような気がした。


「辛い話だよな……。でも、こんなところにいても、やっぱり俺は今のこの生活が大切なんだ。俺は好きでこの場所に、第三開発地区にいるからな。だけど、あの子たちはここで生まれて、ここに縛られている。不公平だよ、この世界は。でも、俺だってすべてを平等にできるなんて考えてない。俺はただ、あの子たちにも自由な選択肢がある世界になってほしいと願っているんだ」


 ここまで言うと、トキさんは夜空に向かって目線上げた。




「僕に、何ができるんでしょうか?」


 トキさんは僕の問いかけにさっと振り向くと、なぜか微かにふっと笑った。


「突然家に呼んで、こんな話をしておいて無責任かもしれんが、うみに何とかしてほしいってわけでもないんだ」


 僕は何を言えばいいかわからず、言葉一つ出てこないままトキさんを見ていた。



「そうだなぁ、でもあえて言うなら、他人のことを放って置けない海なら、いつか世の中にこのことを伝えられるんじゃないかと《《ふと》》思ってしまった。ただ、それだけのことだよ」



 この夜、僕はいつ眠りに落ちたのだろう?


 トキさんは、僕が眠りに落ちるまで、まるで子守唄のようにたくさんの話をしてくれた。


   ◇     ◇     ◇


 その夜、永遠とも一瞬とも言えない時間の中に落とされて、この世界のことを追いかけているような夢を見た。


 いくらトキさんが気にしなくていいと言ったところで、今日知ったことは、これからずっと重いかせとなって僕につきまとうだろう。


 トキさんの願うことは叶えられないかもしれない。僕は人の思いを背負えるほど大きな人間じゃないし、優しさや正義の定義なんて人それぞれだから、本当の意味で人を助けることなんて簡単にはできないと思っている。


 それでも、自分のことを真剣に考えてくれる人や、理屈なしで信じてくれる人がいることで、自分を否定せずにありのままでいてもいいのかもしれないと思えるときがある。


 ただ、僕は人と関われば関わるほど、積もっていく思いに押しつぶされそうになった。


 そして、不安になればなるほど弱い自分は怖気付いて、一目散に走り逃げようとする。僕は、過去と現在を切り離して、今をただ生きたいと無性に願った。そんな僕がこの先何かを変えていくことなんてできるんだろうか。



 夜中にふと目が覚めると、トキさんの姿はもう縁側にはなかった。



 時間の感覚がなくなっていく。



 自分の無知も無力さも、すべてが夢ならいいのにと願うことも、

 何もかも飲み込んでしまうほどに、その夜の空気は澄んでいて、

 窓の外、夜空に浮かぶ晩秋の月はこの世のものとは思えないほどに、

 だだただ美しかった。


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