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記憶のない僕らは  作者: 青山 立
第5章 部品工場とトキさん
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(079) Area 11 Despair 『おかえり』

 --『おかえり』-- #海


 火事の原因の手がかりとなるかもしれないTW-02530(タブレット端末)は、パスワードがわからないまま僕の手元にある。


 TW-02530は手の平より少し大きなサイズで常に持ち歩くには少し大きいが、秋になって、薄手のコートを買ってからは常にコートの内ポケットに入れておくようになった。

 

 食堂が火事で焼け落ちてから二ヶ月近く経ったが、あの食堂やオヤジさんに関する情報は、噂さのひとつも僕の耳には届かなかった。


 バラックでの生活が長くなればなるほど、それまでの自分の記憶やオヤジさんと暮らした日々が幻のように感じられて、僕はひどく怖くなった。


 僕にはオヤジさんに会う前の記憶なんて、記憶制御施設での記憶しかないから、もしオヤジさんと過ごした日々が自分の記憶から消えてしまったら、記憶どころか僕自身が消えて無くなってしまうように思えた。



 だから時間さえあれば、オヤジさんと一緒に過ごしたあの場所に向かった。



 たとえ何も残っていなくても、焼け跡さえ残っていないあの場所を、何度も何度も見に行った。


   ◇     ◇     ◇


 初めて永薪食堂を確認しに行ったのは、八月の末、残暑が厳しい日だった。太陽が照りつける中、蜃気楼しんきろうの先に見えたのは、商店街の端に広がる空き地だけだった。


 穴見さんが言っていた言葉が蘇る。


『そこには瓦礫どころか何もなかったんだ。まったくの更地で、草一本生えてない空き地があるだけだった』


 そう、何一つ残っていない。

 不思議なほどに、静かな空間が広がっていた。


 まるで、あの食堂は存在しなかったかのように。

 初めから、オヤジさんは存在しなかったかのように。




「どうして」




 明らかに誰かの手で片付けられたであろう空き地を目の前に、僕は天を仰いだ。


 長く悪い夢でも見ているんじゃないだろうか? 空き地の周りの空気と景色は、火事が起こったあの日のままだった。

 僕の知っている世界から、食堂とオヤジさんだけがごっそりと抜け落ちてしまっていた。


 それからは来る日も来る日も、僕はその空き地を見に通った。見に行けば行くほど余計に不安になるのに、見に行かずにはいられなかった。


 僕は毎朝五時過ぎに起きて水を飲むと、走り出す。空き地に着くと、そこに広がる虚空をただ見つめて、まだ昨日と同じ世界にいることを確かめると、バラックに向かって走り出す。


 七時過ぎにバラックに戻ってくると、朝食を食べて仕事場に向かう。

 仕事が終わるとスーパーに寄ってお惣菜を買い、バラックに帰って夕飯を食べる。

 夕食後眠りに落ちるまでは、穴見さんが残していった本を読み、パソコンを使って情報を集める。

 得られる情報は限られていて、調べ方を変えてみても、結局同じところで行き詰まってしまう。

 気が付くと、そのまま眠っていて、朝日が登ると眩しくて目を覚ます。


 そんな毎日を続けるうちに、自分がどこに向かっているのか、何を探しているのか、どんどんわからなくなっていった。


 もしかしたら僕は、いつかこの悪夢のような世界から目覚めて、オヤジさんが『おかえり』と言って迎えてくれることだけを夢見て、食堂のあった空き地に通っているのかもしれない。


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