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記憶のない僕らは  作者: 青山 立
第4章 バラックと穴見さん
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(091) Area 7 Shelter バラック

 --バラック-- #海


 湿った布の匂いがする。ここはどこなんだ?

 灰色の壁にある小さな窓から朝日が差し込んできて、ひどく眩しい。


 目を覚ますと、僕は知らない部屋のマットレスの上に寝かされていた。しっかりと掛け布団まで掛かっている。僕が起き上がろうとすると、少し離れたところから知らない男の低くかすれた声がした。


「起きたのか?」


 ツナギを着た小柄で身のこなしの軽そうな初老の男が、食パンをかじりながら僕の傍までやってきて、僕を見下ろした。


「怪我はしてないようだが、あんた昨日の晩、何であんなところに倒れてたんだ?」

「あんなところ?」

「なんだ、覚えてないのか」


 食パンを食べ終わった男は、テーブルに向かうと、カップを手に取り、その中に入った何かを一気に飲みほした。


「すぐそこの運河沿いの土手。ちょうど橋の手前だよ。そこに倒れてたんだ。初めはただの酔っ払いかなと思ったんだがな。雨が降ってて、土手には水が溢れてきてるのに、まったく動こうとしないから、気になって近くまで見に行ったんだ。

 そしたら、気を失った男がいたんだ。それがあんただよ。何も覚えてないのか?」


 僕は首を横に振って、そして俯いた。あれ? 何かがない……。


 違和感を感じ、焦って辺りを見回した。そうだ、手に持っていたタブレット端末がない!


「何探してるんだ? ん? あんたが持ってた物なら、テーブルの上に置いてあるぞ」


 男の目線の先に目を向けると、テーブルの上に伏せて置かれたタブレット端末が見えた。僕はほっと胸をなでおろした。部屋の奥には、昨日僕が着ていた服がハンガー引っ掛けて吊るしてあった。自分の腕を見ると、見たことのないスウェットを着ている。


「あ、この服」

「俺の服だ。全身グッチョリ濡れてたんだ。そのまま放って置いたら風邪引くだろう。勝手に着替えさせたからって、気を悪くするなよ」

「いえ、ありがとうございます」


 タブレット端末を取りに行こうとして、起き上がろうととすると、両足首がズキズキと痛んだ。


「痛っ」

「捻挫でもしてるのか?」

「た、たぶん」

「土手に転げ落ちたような跡があったからな。まあ無理するな。俺はもう仕事に行かなかきゃなんねえから、あんたは一日そこで大人しく寝てるんだな」

「えっと、ありがとうございます」

「便所はここのドアを開けたらあるからな。これくらい距離はなんとか歩けるだろう」

「あ、はい」


 僕はひどく困惑していて、自分の身に起こったことを理解するのに必死だったが、そんな僕の顔を覗き見ながら、男が明るい調子で言った。


「まあ、運が良かったな。ここらじゃ他人を助けるなんて、どんだけ世間知らずのお人好しだって笑われる始末だから、もし俺が通りかからなきゃ、あんたは今朝土手で溺れ死んでたと思うよ」

「あの、本当に、助けてくださってありがとうございます」


 まともにお礼も言っていなかったことに気がついて、僕は声を張り上げて言った。


「ハッハッハ。生真面目な奴だなぁ。まあ、そんなにかしこまるな。それより、俺はもう仕事に行かなきゃならねぇ。でもまぁ、夜には帰ってくるし、ここには俺以外は誰も入ってこないから、気楽にしてればいい」

「あの、ここはどこなんでしょか?」


 窓の外には、まったく見覚えのない景色が広がっている。


「俺の家。運河沿いに建ってるバラックだよ」


 運河沿いのバラック? 


 運河は、DA2とDA3を隔てるように流れている。食堂からはかなり離れたDA3の西側にあるエリアだ。昨日の夜、僕はどこをどう通って地区のはずれの運河にたどり着いたのだろう?


 食堂からの裏の道を駆け出した時、激しく燃える食堂を背に身の危険を感じた。できるだけ遠くにいかなければという衝動に駆られ、とにかく無我夢中で走ったということだけを感覚的に覚えている。


「まあ、詳しいことは帰ってきてから聞くから、気にせず寝てろ。ただ、出て行きたきゃ止めはしないが、自由に歩けないなら、あんまり外はうろつかない方がいいぞ」


 どうして外をうろつかないほうがいいのだろう……。


 僕が眉を寄せて顔をしかめたのが見えたのか、男は話を続けた。


「ここら辺はかなり物騒だからな。用心するに越したことはない。まあ、どこかに売り飛ばされたきゃ話は別だがな」


 男が信用できる人間なのかまだわからないが、嘘をついているようには思えなかった。


「わかりました。ありがとうございます」

「気にするな。礼は後でたっぷりしてもらうからよ! それよりもう行かなきゃなんねぇ。俺は穴見(あなみ)穴見健吾(あなみけんご)だ」


 そう言いながら男が伸ばした手を、僕は握り返した。


「僕は(うみ)です。えっと、永薪海(えいまきうみ)です」

「エイマキ……。ここらじゃ聞かない名前だな。とにかく俺は仕事に行ってくるな」

「行ってらっしゃい」


 穴見さんは、壁にかかったジャケットを手につかんで、足早に部屋から出て行った。


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