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婚約破棄を提案しようと思うのだがどうだろうか?

作者: 仁羽 孝彦

「公爵令嬢、レイナ・ランドリフス。貴殿がフィリア・ラブリス男爵令嬢を不当に貶め、器物を破損し、さらにはその身に危害を加えたことは分かっている。その行為、それ自体が公爵令嬢としてまず不適切であり、そして王家の婚約者としてその振る舞いは傲慢であり、やはり不適切である。したがって、貴殿との婚約の破棄を望むことを私はここに意思表示する。そして、私はフィリア・ラブリス男爵令嬢との間に真実の愛が芽生えていることを自覚した。そこで私はフィリア・ラブリス男爵令嬢に対して婚約を希望することを表明したい」


 昼食時、食堂内で相席している二人の前で王太子のルーベルがそんな言葉を告げる。


 そして満足したように目の前の人物に満面の笑みを浮かべて尋ねた。


「こんな感じで当日君に婚約破棄を提案しようと思うのだがどうだろうか? レイナ?」


「「馬鹿ですか? 殿下」」


 目の前に居たレイナと二人の間に挟まれているフィリアが同時に口を開いた。


「おい、見ろ。馬鹿王子がまた何かやらかしてるみたいだぞ?」


「はぁ……。去年まではレイナ様に叱られるだけで済んだのに、今年に入ってからフィリア嬢にも叱られてるよ……」


 食堂では呆れた空気が充満していた。


 ルーベルはそんな空気など露にも気づかず、「今のどこが馬鹿だというのだ!?」と目を見開いて抗議をしている。


「色々と突っ込みどころが多すぎます。ですが一番ツッコみたいのは、どうして卒業パーティでの婚約破棄の宣言の()()()()ほかでもない私に相談するんでしょうか?」


 ルーベルの婚約者であるレイナはジト目で彼の顔を見ていた。あきれ果てて怒ることも睨み付けることもできない。


「それもそうですけど、私、レイナ様からいじめられたことなんてないんですけど……」


 フィリアもまたジト目で冤罪の部分を指摘する。


 ルーベルが作り上げた台本が冤罪であると、加害者側ではなく被害者側が指摘するというなんとも言い難いシュールな情景。本番で恥を掻く前に指摘してくれる人がいてよかったね! と言えばいいのかなんというか……。


 そんな目で見られながらもルーベルは困ったように「何がいけないんだ?」と計画書を見直す。って紙にバカやってる証拠残すなよ。


「「全部いけないに決まってますよね? 殿下」」


 息ぴったしなんだが、この二人が息ぴったしであるのは本当になんとも言い難い。


「だが、隣国のラインハルト王太子はこの方法で婚約破棄をし、別の女性との再婚約を図ったと聞いたぞ?」


「ええ。図りましたね。だから廃嫡されたんじゃないですか」


「ラインハルト元王子の動向を参考にするならせめてその後についてもしっかりお調べなさってください。平民上がりで男爵家の私でも知ってることですよ?」


 情けないものを見る二人の女性の視線にルーベルは縮こまってしまった。


 その様子に食堂に居た生徒たちは「王太子、情けねえ」と心の中で思いを一致させていた。


「それで、わざわざそのようなことをやろうと思いついた理由は何ですか?」


 レイナの言葉は、ルーベルにはもう何も期待しまいとの思いが見え隠れする。そんな彼女の心情など露知らずとでも言えばいいのか、ルーベルは「フィリアとの婚約を結ぶ方法を考えあぐねていたのだ」と言い出した。


 レイナとフィリア、二人そろって盛大な深い溜息を吐いた。


「「やっぱり殿下、馬鹿ですね」」


「そ、そんな何度も馬鹿って言わないでくれ……。自覚はあるんだ……」


 その情けない言葉に食堂に居た全員が深い溜息を吐いた。「これが次代の王か」と。


「殿下からそのように思われることはやぶさかではありませんが」


「やぶさかじゃないのね」


「ごめんなさい、レイナ様。今しばらくは私に話をさせてください……。その、やぶさかではないですが、私元は平民ですし、男爵家の娘ですよ? そもそも婚約に必要な資格を持っていませんよね?」


 ルーベルはそれを聞いた後、目を見開いてレイナに尋ねる。


「え? そうなのか?」


 二人はそろって無言になった。「常識なのに」と。


「つまり私は、フィリアとは結婚できないと言うことなのか……?」


 ルーベルはあからさまにしょんぼりする。その姿に二人は、特に婚約者のレイナは文句をぶつけたくてもぶつけられないほどにもやもやした感情を胸に秘めながら彼を呆れた目で見るしかなかった。


「一応方法はありますよ」


 レイナがそういうとルーベルは目を輝かせて身を乗り出してきた。別の女性と結婚したい、という話なのに婚約者に見せるべき態度じゃない。


 レイナは呆れとちょっと爆発寸前の感情に顔を引きつらせながらルーベルに答える。


「フィリアをどこか公爵家もしくは侯爵家の養女として引き取ってもらうことですね。そうすれば、少なくとも側室に加えていただくことはできると思います。妾でも充分と言うことであれば、伯爵家の養女でも充分だと思いますが……」


 レイナがちらりとフィリアを見ると、フィリアは困ったように顔を引きつらせて笑っていた。


「平民から貴族入りする時点で一度男爵家にお引越ししてるんですけど……。またお引越ししなくちゃいけませんか……?」


「殿下が望むならそうするしかないのでは?」


 お互いに顔を見合わせ暫し無言で見つめあったあと、同時に鼻で笑った。


「それで、殿下はフィリアと婚約をなさり無事婚姻した際には、彼女を王妃にして私を側室として迎える算段ですか?」


 その時のレイナの声はほんの少しだけ冷たかった。一番目の婚約者である自分がないがしろにされかねないのだ。当然と言えば当然だろう。


 当事者の一人であるフィリアが冷汗交じりに横目でレイナの顔を覗いていると……。


「何を言っているのだ? 王妃は当然レイナに決まっているだろう?」


 予想斜めの返答に食堂内が固まった。


「お待ちください。殿下はフィリアと婚約なさるためなら私との婚約を解消してもいいと思って先程の計画を立てたのですよね?」


「ん? あ、ああ……」


「私との婚約を解消しようと言うことは、そもそも私とは結婚しなくてもいいと言ってるようなものなんですけど……」


「ん? なんだ? 婚約解消すると結婚できないのか?」


「…………できませんよ?」


 恐る恐るといった感じでレイナが呟くとルーベルは頭を抱えてテーブルに突っ伏した。


「なんということだ……。あの計画にはこんな穴があったのか……」


「「「「「馬鹿だ。馬鹿がここに居る……」」」」」


 食堂内に居た全員が思わず口に出してしまった。


「い、一応確認ですけれども……。私との婚約はそもそも解消するつもりはない、と考えてよろしいんですか?」


「ああ、もちろんだ。君と結婚できないくらいだったら王太子なんてやめてやる」


 その言葉に「そうですか」と言いながら目を瞑ってほんの少しだけ耳を赤くするレイナ。それを横で見て「あ、照れてる」と感じるフィリアだった。


「そもそも婚約してから互いに文通や贈り物を送りあい、互いの愛を確かめ合った仲ではないか。今さらここで互いの愛を否定してまで結婚を取りやめる理由はどこにあるんだ?」


「ついさっきまで御婚約者様の前で別の人との真実の愛を語っていた人が何を言いますか?」


 フィリアは冒頭でルーベルが口にした内容にツッコミを入れる。ジト目で。


「いや。事実なのだから仕方なかろう。私は君たち二人に対して同じ種類の愛情を抱いている。」


 その言葉にフィリアはちょっと顔が赤くなり、眼を逸らす。


 対照的にレイナは「この子と同じ……。十年婚約者やってるのにこの子と同じ……」とあからさまに落ち込んだ。


「「「王太子が泣かせたー」」」


 周囲から非難の声が出始め、ルーベルは慌てふためいた。


「いや、私が言いたいのは量の話ではなくて質の話なのだ! 君たち二人に同じ質の愛情を感じるというのであって、決して十年間婚約者をしてくれている君がここ最近特に懇意にさせてもらっているフィリアに愛情の量が追い付いたと言っているわけではなくてだな」


 一生懸命弁明しようとしているが、弁明すればするほど墓穴を掘っているように聞こえるのは気のせいだろうか。


「もう結構です」


 レイナはすくっと立ち上がり、冷めた目で王太子を見下ろした。


「私は私でフィリアの受け入れ先を探してみます。殿下は一度フィリアとの婚約も行いたい旨を国王陛下にお伝えください。まず、陛下にお話を通さないことにはそもそも話が進みませんから」


「あ、ああ。分かった……」


 声を震わせるルーベルの言葉を聞き届けてからレイナはその場を後にした。


 するとフィリアもまたスクリと立ち上がり、「私も失礼します」と言ってその場を後にした。


 残ったのはおバカのルーベルだけだった。


        ※          ※          ※


「お疲れさまでした、お嬢様」


「もうお嬢様はやめて。今のあなたは使用人じゃなくって男爵家とはいえ貴族の令嬢なんですから」


 食堂を後にした後、フィリアの言葉にすぐさま指摘を加えるレイナ。


 二人は幼い頃からの知り合いだった。平民出身のフィリアは最初家族ぐるみで家から通って公爵家の庭掃除の仕事をやっていたが、両親が亡くなったのを機に住み込みで働かせてもらうようになった。


 そのうち同い年のレイナと顔見知りとなり、彼女の専従侍女の補佐につくようになった。


 そんなフィリアがなぜ男爵家に籍を入れているかというと、レイナと同じ学校に通うためだった。今レイナとフィリアたちが通っている学校は貴族専用の学校であり、貴族籍でなければ通えない。レイナはフィリアと一緒に通いたいとの希望を持っていたので、フィリアが男爵家の養女になるようにレイナの父が根回しをしたのだ。


 さて、幼いころから公爵家にいたフィリアであり、専従侍女の補佐をしていたので、ルーベルとの婚約の目撃者でもあった。二人の婚約以来、ルーベルがレイナの下に訪れるたびに、二人きりになりたいと言うことでもない限りは、フィリアもいつもレイナの傍に控えていた。つまり、三人は幼馴染なのである。


 最初こそはルーベルはレイナにのみ意識を向けていたが、そのうちフィリアにも意識を向けるようになり、同時攻略を始めやがったのだ。そして見事に攻略済みにしやがったのだ。お手付きじゃないからセフセフと許してあげてほしい。


 幼馴染であるレイナとフィリアにとっては何とも言い難い気まずい思いを互いに抱いていたのは言うまでもない。


「惚れた弱みね……」


「はい……」


 二人そろってがくりと肩を落とす。


「それで。フィリアとしては、もしルーベル様から婚約を持ちかけられたら受けるつもり?」


「そうですね……。そのぉ……。そうなるといいなぁとは……」


 顔を赤らめて眼を逸らしもじもじするフィリアの姿にレイナは若干イラっとした。まぁ、好きな男をとられるか取られないかの瀬戸際を体験したのだから無理もない。


 ただここで怒るのはみっともないと思い、我慢する。せっかくルーベルから愛情を向けてもらえていると確認できたのに、嫉妬して意地悪を始めてしまえば愛想をつかされるかもしれない。噂の婚約破棄騒動にだけは巻き込まれたくなかった。


「それだったら、お父様に打診してみるわ。あなたを養女として迎えてあげられないか」


 レイナの提案にフィリアは目を見開き「本当ですか?」と身を前に出す。


「ええ、本当よ? 無事、お父様にお願いが通ったら、あなたのお姉ちゃんになれるわよね。うふふ。あなたにお姉さまって呼ばせるんだから」


 なんだか楽しそうに言うレイナにフィリアは目を丸くして呟いた。


「誕生日、私の方が早かったですよね?」


「…………」


 その日、中庭で、「さっきの話を撤回させてほしい」と無表情で告げるレイナと「それはやめてください」と必死に抵抗するフィリアが目撃され、噂になったのは別の話。

一国の王子だったら堂々とハーレム目指せばいいのにと思って書いた。


 多分、悪役令嬢がヒロインにした嫌がらせの数々よりも宮殿内でのお妃様同士の戦いの方がえげつない気がするの。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 王子バカすぎて笑えますーww こんな王子でも惚れた弱み。なんか現実でもありそうですよね。 あとは、ふたりがいがみ合うより共同戦線を張って王子の愚行を阻止した方が賢いことに気づくかどうか……
[良い点] 王子の発言が全てツボるwww 彼女達に相談する前に、誰かに相談するという方法はなかったのだろうか……。幼馴染みとはいえ、デリカシーの配慮が(;'∀') 食堂での息ピッタリな生徒達の反応に…
[良い点] 王子がバカすぎて好きなタイプです。 女の子達が強くってそこもイイ! [一言] 続きが読みたい!です!
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