着信 2
「コウ、無理だわ」
猛は、コウの期待をなるべく早く無くしてしまおうとそう言った。
「コウ、俺ね、もう無理なの。ユキのいないフォース再興なんて、正直考えらんねえーの。だから悪ぃけど、俺行かねぇーよ」
「え、と……」
戸惑ったような気配に、猛は、ん? とコウを促した。
「あの、違うんです」
「え? 違う?」
「はい。フォース再興とかじゃ、ありません。それならもう、してますから」
「……へ? フォース再興してんの? ダレが?」
寝耳に水の話に、猛は思わず食いついた。
まさか再興しているとは思わなかったのだ。
「藤?」
ユキの右腕とまで言われ、有事の際には一番活躍していた男の名前を出すと、コウは否を返した。
「いえ。藤先輩は、猛さんと同じことを仰って、麻美と暮らしています」
「麻美とー? すげぇー、初恋叶ってら」
強い男も、恋愛にいたってはピュアだった。それはもう、周りが呆れるくらいに純情で、手が当たる程度で飛び上がっていた彼を、何度からかっただろうか。その恋が成就したと聞いて、猛は心から祝福をした。
「仁さんとナオ先輩も、仕事に没頭してたみたいです」
「じゃ、だれ? あ、マサ?」
残りひとりの四天王の名を出すと、コウは一瞬言葉に詰まった。
「いえ……。マサさんは、その……行方不明、です」
「マサが……」
はい、と今度は肯定を返してきた。
あまりのことに、猛はギュッと緋色の目を閉じる。
今は無理でも、いつかまた集まれると思っていた。
四人で集まって、ユキの思い出を語れる日が、いつの日かやってくると思っていたのに……。
寡黙な質の、勝負事に水を差されることが大嫌いだった親友は、いつの間にか消えていたというのか。
それどころではなかっただろうが、一目会いにきてくれたっていいじゃないかと、猛は思った。
薄情者。
そんな言葉が浮かんで消えた。薄情さで言えば、家に引きこもって何もしなかった自分も言えた義理じゃないと考えなおしたからだ。
では、本当に、一体だれが?
先ほど声が聞えて来た樹壱や惇は、頭をやろうと思う輩ではない。万が一なったとしても、コウを介しての呼び出しなどするはずがない。そこまで考えて、これは、コウの個人的な呼びだしなのだと、猛は今更ながらに気がついた。
「誰がしてんの? コウ?」
「いえ、俺は……万が一のときの首すげ代え用っていうか……」
言葉を濁したコウは、驚かれると思いますが、と前置きをしてから答えを明かした。
「京です」
前置き通り、意外と言えば意外すぎる答えに、猛は反応が遅れた。
「………………へ? ……京って……あの?」
「はい。俺とは同い年で注文かぶって喧嘩ばかりしてた、女好きで老け顔の、藤さんの下に付いていた、あの安藤京一郎です」
今までに、さんざん言われてきたのだろうそれらの長い形容詞を一息で言って、コウは猛の反応を待った。
猛は、目を丸くする。
「マサより驚いたかも……」
「みなさんそう仰います……」
驚いた猛の声に、コウはそう返した。
「てことはコウは驚かなかったの?」
「え? はい、特には……。いつかは、と思っていましたし……」
鋭い先輩の指摘に、コウは頷いた。すぐ下に付いていただけに、猛のコウに対する理解は大きい。コウに簡単なハッキングを教えたのも、猛だった。よく見えない目のせいで偵察や見張りに向かない猛は、得意のパソコンでいろいろなことをやっていたのだ。
影の立役者といったところか。コウが入ってからは、そのノウハウを惜しみなく与えた。
全ては、フォースの次世代のために。
「そっかぁ……。で、フォースじゃなかったら、なんなの、話って」
「竜兄のことで、ちょっと……。詳しい話は明日の晩にします。来てください」
猛は、ため息をついた。
「コウ、俺ね、正直きつい。まだあいつが死んだこと、突き付けられたくない」
「それでも」
食い下がったコウに、表には出さなかったが、猛は内心で驚いていた。相手を思いやるコウにしては、随分強引だったからだ。
傷つくと、分かっていても集めたい、話したい、その理由は?
「それって、やっぱ、コウがユキに最後に会ったから?」
「それもありますが……、話はもっと別のことです。お願いします。猛さん、来てください」
必死な様子に、猛は心を動かされるのを感じていた。そこまで非情な人間ではない。
「…………他に、来るの、ダレ?」
来る人が、いるのか。足りないから、数合わせ、とかではないのか。
確認するような問いかけに、コウは肯定を返した。
「はい。今のところ、さっき名前の挙がった方は、マサさんと麻美を除いて来られるということです。麻美は、危険なので藤さんに後で伝えてもらうことにしました。他の死亡が確認されていない幹部の方々は、やはり、行方が分からず、連絡が取れていませんので……」
つまりは、消えたもの以外の幹部級は全て揃うということだ。
猛は、はあ、と息を吐いた。
「電話じゃ、いけねぇーの?」
「はい」
「会わなきゃ、ダメ」
「はい。会って、話したいんです。でなければ、みなさん信じてくださいません」
コウがここまで言うほどのこととは、一体何なのだろうか?
猛は気になる自分を抑えられなかった。
話題は、あの、太陽の話とくればなおさらだ。
「わーった。行くよ。でも、もう少し何の話かくらい教えてくれたっていいんじゃねぇーの?」
「駄目です。集まったときに、言います」
頑固なコウに、猛はむっとした。ここまで言って、折れなかったことはないというのに、いつになく我が強い。
「俺ねぇ、そんな気が長いほーでもないんだよね。そのくらい言ったっていいっしょ」
「…………」
否定を返す沈黙が返ってきた。
「すみません……」
どうあっても、今言うことはできないのだと、コウは言外に伝えてきた。
猛は、そこまでの事態なのだと悟る。
「……いーよ。もう、言わなくて。……じゃあ、これだけは教えて。心構えしとくから」
「……なんですか?」
静かな問いに、猛はそっと返した。
「それって、いい話? 悪い話?」
再度の沈黙。今度は、否定も肯定も、どちらも含んでいない、本当の沈黙だ。
グッドかバッドか。
たったそれだけの問いに、コウは答えかねている。
やっと口を開いたときには、困惑が滲み出ていた。
「……どちらも、イエスです……」
「……コウ?」
「俺は、知ったとき、後悔しました……。けれど、今となっては知らなかった方が良かったなんて思えない……。知らない方が、もっと後悔する、そう思っています……」
それは、おそらくコウの本音だろう。
よくもあり、悪くもある話。
猛は頷いた。
「分かった。迎えに来るのは、コウ?」
「はい。惇さんが、車を出してくれるそうです。あの、自宅の方まで伺っても?」
言われて、猛はそういえばそうだと思った。誰か自分の家を知っている奴はいるのだろうか?
「いや、中公でいー。北口。分かる?」
「はい。分かりました。中公の北口に。八時でお願いします。もしかしたら遅れるかもしれませんが、必ず迎えに行きますので、帰らないでください」
「わーった。待ってるよ」
礼儀正しい少年は、早朝の電話の非礼を詫びると、失礼しますと挨拶をして電話を切った。
受話器から、ツー、ツー、と電子音がこぼれる。
フォースが再興した。
マサが行方不明。
京が、ユキの後釜。
治まった渋谷。
なのに、集められる、フォースたち。
疑問は溢れるほどにある。
だが、それは明日には解消されているのだ。
猛は世間で言うところの朝食を取りに、リビングへと出て行った。鼻歌を歌いながら、母が嬉しそうに皿を並べている。新聞記者の父は、家にいることの方が少なかった。
「さ、猛ちゃん、食べましょう?」
「うん」
猛は素直に頷いて、席に着く。
「あ、俺明日の晩、出掛けるよ」
「きらちゃんと?」
「ううん」
きらとの付き合いは、母公認だ。連れてきたとき、猛より一つ年上の女性を、かわいいかわいいと言って抱きついたのはそう昔のことではない。猛がこっそり焼餅を焼くほどに仲良くなり、まるで女子高生のようにふたりではしゃいでいたのも。
母は、それ以上の詮索をしなかった。こういうところが、頭の上がらない所でもある。
「帰りは何時になるか、分からないよ」
「そうなの? じゃあ、明後日は開けておいてね? 新作のクッキー作ることにしたから、きらちゃんと芙蓉ちゃんにも持って行って感想聞いてきてちょうだいね?」
いつもの頼みに、猛は何の気なしに頷いた。
芙蓉はいつもなんでもおいしそうに食べるので、感想になるかどうかだが、それは母にとってなんてことないらしい。
あんまり作りすぎて、家中甘いにおいにならないといいなあ、なんてことを考えながら、猛は自分にとっては夕食である朝食を食べ始めた。