二人 1
迎えに来た玲に穂を引き渡してすぐ、未来は踵を返した。別に仲良しこよしがしたいわけではないから、別れの挨拶なんてものは粗雑で構わなかった。
それに、と未来は考える。
玲の庇護下という安寧を約束された場所に戻った穂は、面白くない。未来が好む穂はあくまでも好戦的にKANANを滅ぼさんとする穂である。〈蒼〉として動いていればこそ、未来の望むスリルをくれるのだ。ただの女になった彼女に用はない、というのが本当のところだった。
駐車場まで歩き、何の変哲もない乗用車に乗りこむ。車種も色も、ナンバーでさえも、人の印象に残りにくいものを意図的に選んだ。そうやって頭を悩ませるのは楽しかったし、これに乗って秘め事をする度に未来の冒険心を満足させた。
車内はしんと冷え切っている。ゴムで覆われたステアリングでさえ鉄のように冷たい。腕を組み、手を脇の下に挟みこんで、エンジンが温まるのを待つ。吐く息は白く、剥き出しの耳が寒さでじんと痺れてきた。
無駄と知りながら暖房のスイッチも押しておく。ゴオッという車独特のモーター音だけがやかましく主張を始めたが、出てくる風は冷えたものだ。ほんの少しばかり、エンジンが温まってきたのか、身をすくませるほどの冷風ではなかったが、零度に近い車内の気温を鑑みても暖かいとは言い難い風はなんの助けにもなりはしなかった。
徐々に空が白んでくる。動き始めた空気に焦れて、未来は予定よりも早くアクセルを踏んだ。夜の動かない空気も、昼の忙しない空気も、それぞれに未来の心をくすぐる何かがあるが、朝のこの動き始めた静謐な気配だけは癇に障る。
窓から漏れ始める明かりから、自分に齎されなかった一般の愛情とやらが、最も色濃く醸し出されるような気がするのだ。
それに憎悪を覚えるには時が経ちすぎ、嫌悪を覚えるには時間が足りなかった。諦めもある。それは嫉妬を呼ぶものではなく、納得ずくのことだ。それでも、まざと目の当たりにするよりも、じわりと琴線に触れてくるこの時間は好きになれそうもない。
いつか、この時間にも、晴れ晴れとした心もちが感じられるようになるのだろうか。
詮無いことを考えながら、未来はアクセルを踏み込んで家路に急いだ。