第7話、デストロイヤー転生!【シロクマさんと響ちゃん】前編
むかしむかし、そのむかし。
鬼や魔族やオークや二足歩行のシロクマなんかが極当たり前のようにして跋扈している、いかにも典型的なとあるファンタジーワールドにおいては、ひ弱で何ら超常的な力を持たない『劣等種』である人間族は、身体が頑丈で残虐極まる『白きオーク』族から、虐げられながら暮らしていました。
特にエイジア大陸の東部と南部に至っては、ガリア大陸発祥の白オークたちから完全に植民地にされていて、人間族はすべて奴隷や家畜に堕とされて、過酷な労働力や商品として、酷使されたりもてあそばれたりしていたのです。
そんな最中にあって、長らく鎖国を続けていた人間族の仲間である、エイジア大陸極東の海上に浮かぶ弓状列島──人呼んで『鬼ヶ島』の鬼人族たちが、人間族たちの窮状を憂えて立ち上がり、エイジア大陸一帯のすべての人間族を解放するための聖戦、『グレートイーストエイジア戦争』を開始して、鬼ならではの卓越した戦闘力と、高度な科学技術によって生み出した高性能の兵器とによって、瞬く間にエイジア全土から、ブリトン連合王国やエスカルゴ共和国やオレンジ王国といった、白きオーク族の列強諸国を駆逐していきました。
しかし、白きオーク族最強国家にして、世界最大の工業国であるアメリゴ合衆国が、白色種族の支配体制を守り抜くために参戦してきて、一気に戦局を覆されてしまったのです。
もちろん、鬼人族や各地の人間族の独立軍も勇敢に闘いましたが、大国アメリゴの兵器生産能力は凄まじく、加えて国内の奴隷階級である有色人間族を『捨て駒』として惜しげなく大量投入してくるものですから、まったく勝負にならず、鬼人族の敗北は早くも決定的になってしまいました。
──ただし、特に東南エイジア地域においては、短期間の解放時代において、鬼人族によって原住民たちへの軍事教練を始めとして、様々な教育や技術力の供与が施されており、加えて何よりも『劣等種』呼ばわりされながらも、敢然と『白きオーク』の列強諸国に立ち向かっていき、互角以上に健闘し続けた鬼人族の勇猛果敢さに、心から感銘を覚えるとともに自らも奮い立ち、戦後再びオークの支配下となりながらも、各地で大規模な武装蜂起を行い、ほとんどの地域で独立を成し遂げたのでした。
このように、鬼人族の高邁なる行為は、けして無駄ではありませんでしたが、結局戦争自体には完膚なきまで敗北を喫してしまい、本国である鬼ヶ島はアメリゴ軍に占領されるとともに、東エイジアにおける直轄解放区も、すべて失ってしまったのです。
そうなると、東エイジアに進出していた軍隊や民間人はすぐにでも、鬼ヶ島へと引き揚げなければならなくなったのですが、その際に大変な悲劇が起こってしまったのです。
──そう、それまで中立を守っていた、北方の大国『紅きシロクマ』連邦共和国が、いきなり何の前触れもなく、大挙して攻め込んできたのです!
そもそも連邦は、ガリア大陸において鬼人族と同様に勇猛で高邁なる思想を有する魔族からなる、『聖なる陽光』第三帝国が、腐りきった白きオーク族の諸国をガリア大陸から駆逐しようと、鬼ヶ島と呼応して同じく『聖戦』を発動したところ、追いつめられたブリトン連合王国が、これまで思想的に対立していたはずのシロクマ族に、突如として同盟を求めてきた際に、ガリア大陸の東半分を与えることを条件に承諾し、第三帝国と戦端を開いたものの、高度に機械化された第三帝国軍に一方的に蹂躙されて、もう少しで首都が陥落しかねない窮地へと、追いつめられていたのです。
──実は、そんな彼らを救ったのが、まさしく鬼人族との間で締結した、『鬼熊不可侵条約』だったのです。
白オークの『人種差別主義』と同様に、シロクマたちの『紅い革命主義』は、非常に危険極まりない思想であり、本来なら全世界の国々が一致協力して、全力を挙げて滅ぼすべきでした。
しかし『資本主義の犬』として、最大の対抗勢力であるはずのブリトン連合王国は、自分たちこそが魔族を抑えて、ガリア大陸の覇者になるべきだという、卑しい利己的な欲望のためだけに、ガリア大陸の東部の国々を紅いシロクマ連邦共和国(略して『シ連』)に売り渡すことを約束した、下劣極まる『鰤熊同盟』を結び、その結果何と、ガリア大陸と連邦内だけで、千万人以上の犠牲者を出すことになってしまったのです。
一方鬼人族のほうは、あくまでもエイジア大陸における人間族の解放という、高邁なる目的の実現のために、やむを得ずシ連と不可侵条約を結んだのですが、実はこれは後に大いなる悲劇を生むことになったのです。
こうしてブリトンやその同盟国であるアメリゴ等から支援を受けつつ、鬼人族との中立条約の締結によって後顧の憂いをも無くしたシ連は、全力を挙げて第三帝国を迎え撃ち、辛くも退けることができたのでした。
つまり、言うなれば鬼人族は、連邦にとっては『恩人』みたいなものであり、本来ならいくら感謝してもしきれないはずで、東南エイジアの解放戦争に協力できないまでも、少なくとも中立を守り続けるべきでしょう。
──だがしかし、戦争末期になって、もはや鬼人族軍がほとんど力尽きかけた際に、いきなり不可侵条約を破棄して、撤退を行っていた軍隊や民間の大勢の鬼人族たちに対して、連邦ご自慢の大戦車部隊が襲いかかってきたのです。
それは文字通りの、『地獄絵図』でした。
もはや武器弾薬も尽き果てていた、鬼人族の兵隊たちは、なぶり殺しに遭い、
降伏を申し出た指揮官は、問答無用で銃殺され、
男性は、軍民を問わずに奴隷にするために、極寒の地『死減悪』に連行され、
女子供たちは、なぶり者にされた挙げ句、戦車にひき殺されてしまいました。
もはや、やりたい放題のシロクマたちを止め立てする者なぞ、誰一人とていないものと思われた、
まさに、その時。
──一人の幼い少女が、エイジア東北部の大雪原を揺るがす、戦車の大軍団の真ん前に、果敢にも立ち塞がったのです。
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……それはあまりにも、異様な光景でした。
『彼女』は取り立てて、目を引くような容姿をしていたわけでは、ありません。
白を基調とした水兵服タイプの制服をまとった、十四、五歳ほどの小柄で華奢な肢体に、艶やかな烏の濡れ羽色の長髪に縁取られた、人形のような端整なる小顔の中の黒水晶の瞳といった、平均的な人間族の少女でしかありませんでした。
──しかし、このような戦場のまっただ中に、このように何の変哲もない幼子が、極当たり前のようにして現れたことこそが、むしろこの上なく『異様』だったのです。
「……何者だ、貴様」
ようやく我に返った、連邦軍の指揮官と思しき軍人が、戦車の砲塔から顔を覗かせて、訝しげに問いかけました。
それに答えを返してきたのは、やけに落ち着き払ったハスキーな声音でした。
「僕かい? そうだね、本当は違うんだけど、君たち連邦の軍人さんにもわかりやすいように、『ヴェールヌイ』とでも名乗っておこうか」
「『信頼できる』だと? ふざけやがって、人間族の小娘ごときが、さっさとそこをどかないと、戦車でひき殺すぞ!」
「……困ったねえ、やっぱり話が通じそうにないな。──でもまあ、一応『段取り』は踏んでおこう」
「む、何か言ったか?」
「いや、何でもないよ。──それよりも、お願いがあるんだけど」
「はあ? お願いだと?」
「なあに、簡単なことだよ。今まさに、君たちが蹂躙しようとしていた、鬼人族の軍人や民間人を、このまま逃がしてはくれないかなあ? ──その代わり僕のことは、自由にしてくれてもいいからさ」
一瞬にして、爆音と悲鳴の坩堝であった大雪原が、あたかも惑星自体が静止したかのようにして、完全なる沈黙に包み込まれました。
それも、当然でしょう。
こんなこと、とてもうら若き乙女が言うべき、台詞ではありません。
本当に意味がわかっていて、言っているのでしょうか?
──何せ、あの残虐非道なシロクマたちが、いまだ呆気にとられて、身動き一つすることすらも、忘れ去っているほどなのですから。
その間隙を突くようにして、小走りに『ヴェールヌイ』と名乗った少女の側へと駆け寄ってくる、一人の鬼人族の軍人さん。
「──き、君、何てことを言い出すんだ⁉ 早く逃げたまえ、ここは私が、どうにかするから!」
「これは、中尉殿、お役目ご苦労様です!」
「え? あ、ああ。……君、やけに『敬礼』が、様になっているね?」
「ご心配には及びません、自分はこう見えても、海軍の所属ですので」
「えっ、そうなのか⁉」
「はい、第一艦隊第一水雷戦隊、第六駆逐隊の、司令直属の四名の軍属のうちの、一人であります」
「……ああ、そうか、その水兵服は、女学園のものではなく、本当に海軍の制服だったのか。人間族で軍属と言うことは、『半島の同胞』かね?」
「まあ、そんなところです。とにかくここは自分が時間を稼ぎますので、中尉殿は鬼人族や人間族の民間人を率いて、早々にこの場を立ち去ってください」
「な、何を言っているのかね! 君のような少女にすべてを押しつけて、逃げることなぞできるものか⁉」
「逃げろと言っているのではありません、あなたにはこれからも、地獄の中で御国の臣民たちを守って、闘い続けろと申しているのです。この場を無事に逃れたとして、もう何も起こらないとでも、思っているのですか?」
「──‼」