第1話、【お試し版】魔王VS軍艦擬人化美少女。
※【ご注意】本作が本格的に始まるのは、次の第1章からですが、この第0章第1話は、いかにも典型的な『軍艦擬人化美少女の異世界転生物語』の【お試し版】となっておりますので、是非ともご参考までに御一読くだされば光栄です。
──撫子。
なでしこ科の植物の総称にして、秋の七草の一つ。
八、九月ごろに、淡紅色や白色の、先端が細かく放射状に分かれた、優美な花弁を咲かせる。
大陸産の『カラナデシコ(石竹)』に対して、特に日本産の『カワラナデシコ』のことを、『大和撫子』と言う。
古来より、日本女性の美しさや清らかさを讃える際に、「まるで撫子のようだ」と喩えられることが多く、いつしか大和撫子そのものが、日本女性自身やその美しさを表す言葉として、広く一般的に使われるようになった。
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「……くくく、よくぞここまでたどり着いた、異世界の勇者よ。この魔界を代表する精強なる『魔王軍四天王』をすべて退けるとは、人間とはいえ勇者の名に恥じること無く、大したものよ。──だが、それももう、終わりだ。この玉座の間こそ、貴様らの墓場となるのだ!」
魔王城最奥の薄暗い石造りの大広間にて響き渡る、この城の主の雷鳴のごとき怒声。
僕は思わず身をすくめて、その場に跪きそうになる。
無理も、無かった。
何せ、一段高い壇上に設えられた禍々しい意匠の玉座に座っている壮年の男性こそが、この世界の魔族と魔物の総元締めにして、我々人類の最大の敵たる、『魔王』その人なのであり、大陸きっての召喚術士と讃えられているこの僕すらも、足下にも及ばなかったのだから。
いまだ震えながらも、どうにか二本の足で立ち続けられているのは、あくまでも「今の自分は全人類の希望を担って、ここに立っているのだ!」という、矜持によるものでしかなかった。
そもそも大した力も持たないくせに、まさにこの『最終決戦の場』に居合わせているのも、実はこの僕こそが、魔王に唯一対抗し得る『勇者』を、この世界に召喚した張本人だからであって、たとえどんなに身に危険が及ぶ怖れがあろうとも、すべての結末を己の目で確かめる義務があったのだ。
──そうなのである、追いつめられた我々人類は、この世界の人間も魔族も魔物もそのすべてが、魔王にまったく敵わないと言うのなら、この世界以外から『最強の存在』を召喚して、『勇者』として魔王を退治させることにしたのである。
そして今、他でもなく僕自身が召喚した『異世界の勇者』が、魔王のすぐ真ん前に立ちはだかり、ただひたすら沈黙を守ったままにらみ合っていた。
年の頃は、十歳ほどか。
純白のシンプルで清楚な貫頭衣に包み込まれた、小柄で華奢な白磁の肢体に、滑らかな烏の濡れ羽色の長い髪の毛に縁取られた、人形そのままの端整な小顔の中で清廉なる光をたたえている、闇を凝らせたかのごとき黒水晶の瞳。
何と実は、我々人類最後の希望である『勇者様』は、まだほんの幼い女の子であったのだ。
──しかし、相対する3メートル以上の巨躯を誇る魔王様と言えば、目の前の年端もいかない少女を侮ることなぞ微塵もなく、相も変わらず厳かな声音で話しかけた。
「……ふん、おまえのような幼い子供が、この世界の人間どもの勝手な都合で無理やり召喚されて、勇者に仕立て上げられたことには、同情しないでもないが、けして油断はせぬぞ。何せこれまで我に挑んできた異世界の勇者どの中にも、男女にかかわらずおまえと同じ年頃の者もいたが、年齢なぞには関係無く、転生勇者という輩は一人の例外無しに、『チートスキル』なぞという、やっかい極まりない力を持っているのだからな。──して、おまえは、どのような『余興』を、我に見せてくれるのかな?」
確かに油断はしていないようだが、一見いかにも『慢心』しているように見えなくもないものの、彼がこれまで強大なるチートスキルを有する転生勇者たちを、ことごとく屠ってきたのは事実であり、その言葉のすべては確固たる実力に裏付けられていたのだ。
すると、ここに来て初めて、他称『転生勇者』の少女が、真珠のごとく艶やかな唇を開いた。
「……私は別に、チートスキルなんか持っていない。ただ兵器として、物理で殴りつけるだけ」
「兵器だと? 見たところ、何も手にしていないようだが?」
「その通り、何せ私自身が、兵器なのだから」
「ほう、おまえの世界で言うところの、『サイボーグ』とかいった輩か? 面白い、今回はなかなか楽しめそうだ。しかし、誤解はするなよ? これまで我に挑んできた数多の勇者の中には、現代兵器を操る者も少なからずいたが、全員が全員、勘違いしておったよ。──現代兵器さえあれば、異世界のいかなる強者も、容易く屈服させることができると。……阿呆か? そんなわけがあるものか。忘れてもらっちゃ困るが、この世界を始めとして、現代日本で言うところの『異世界』とは、そのほとんどが『剣と魔法のファンタジーワールド』の類いだと、相場が決まっているんだぞ? それが何ゆえ、たとえ科学技術的には大幅に差を付けられているとはいえ、物理的兵器に負けなくてはならないのだ? 機関銃やロケットランチャー程度なら、魔導障壁で完全に防げるし、ちょっと大規模な魔法を使えば、戦車くらい一秒でくず鉄にすることができるのだ。それなのに、とにかく現代兵器を持ち込んでくれば、ファンタジーワールドで無双できると決めつけている、『御都合主義』はそろそろやめてくれないか? これまですでに何度も何度も、『自衛隊』とか呼ばれている『軍隊モドキ』を、ひねり潰しているんだけど、もういい加減うんざりしているのだが?」
……うん、確かに、『あちらの世界』からの侵略者って、馬鹿じゃないかと思うよね。
たとえ科学技術の結晶である現代兵器とはいえ、たかが物理限定の攻撃手段が、魔法に敵うわけが無いじゃないか? 何でそんな初歩中の初歩のことが、わからないかねえ。
──ただし、それはあくまでも、普通の物理的兵器、限定の話であるが。
「……御託はもうその辺で、よろしいでしょうか? そろそろ始めたいのですが」
──ひえええええええええええええええっ!
こ、この子ったら、魔王の目と鼻の先で、何と言うことを⁉
いくら今から闘う相手とはいえ、無駄に煽らないでもいいだろうが⁉
いきなり魔王様がフルパワーでハッスルされて、この玉座の間ごと崩壊させて、僕まで巻き添えを食らってしまったら、勇者であると同時に、召喚術士である僕にとっての『僕』でもある身としては、どう責任をとるつもりなんだよ⁉
──そのように、内心でいかにも小物っぽい心配に明け暮れている僕に対して、自他共に大物中の大物である魔法陛下のほうは、鷹揚な態度を微塵も損なうこと無く、あっさりと言い放った。
「ふふん、やはりおまえも、その手合いか? チート転生勇者ときたらどいつもこいつも、同じ反応しかしないものだな。それほど自分のスキルに自信があるんだろうが、それっておまえたちの世界で言うところの、『負けフラグ』ではないのか?」
……やっべえ、この魔法様、異世界系Web小説のお約束に、精通されておられるぞ?
これも、浅はかでワンパターンな三流Web小説家──じゃなかった、チート転生勇者どもが、彼我の実力の差もわきまえないで、勢い任せに挑んでいったせいだよな。
「……ふむ、だからと言って、いつものように一撃でひねり潰しても、芸が無いな。──よかろう、まずはおまえのほうから、全力で攻撃してきてみろ。そうすれば、我とおまえの力の差というものを、思い知ることだろう」
そう言ってゆっくりと玉座から立ち上がり、何ら力みなぞ感じさせることなく、ただその場に棒立ちになるラスボスさん。
それを見て取り、ここで初めて僕のほうへと振り向く、勇者にして僕の少女。
「……よろしいでしょうか?」
「ああ、いつものように、やり過ぎるなよ?」
「もちろん、心得ております」
……どうだかな。
そんな主の胸中での疑念なぞ尻目に、おもむろに宙空に向かってつぶやき始める、ワンピース姿の少女。
「『提督』のご承認を確認。──集合的無意識とのアクセスを要請、大日本帝国海軍主力艦艇の、兵装情報のインストールを開始します」
「……………………………………は?」
我が僕のいかにも不可解極まる台詞を耳にした魔王様が、これまでの威風堂々とした態度からは信じられないほどの間抜けな面を晒しながら、呆けた声をあげた。
──そりゃ、そうだろう。
何せ、ほんの幼い少女の右腕が、何の脈絡も無しに突如として、禍々しく無骨な大型の砲身と化したのだから。
「主砲、発射準備完了、──発射!」
「──ぐおわあああああああああああああああ!!!」
少女の右腕の延長上の砲口が、まばゆい閃光に包まれかと思った瞬間、この玉座の間──否、魔王城そのものの約四分の一ほどを道連れにして、魔王自身が消し飛んでしまった。
後に残るは、(この場に到着する過程においてすでに、四天王以下の魔族たちはすべて、僕らに退治されたり逃げ出したりしてしまったために)すっかり無人となった魔王城(の残骸)の中で、新たに設けられた至極開放的な『大きな穴タイプの窓』から吹きすさぶ風に晒されながら、所在なげに立ちつくす、召喚術士とその僕の二人だけであった。
「……おい」
「はい、何でしょう、提督?」
「──『何でしょう』じゃないよ! どうしてれっきとしたラスボスであられる魔王様を、開幕初っぱな(第一話)早々に、これっぽっちも躊躇いも情け容赦も無しに、跡形もなく吹っ飛ばしてしまうんだよ⁉」
瓦礫の山を越えて、広大なる『魔物の森』中に木霊していく、僕の魂からの絶叫。
しかしそれに対して少しも臆することもなく、しれっと言ってのける幼い少女。
「別にそのように、声を荒げずともよろしいではありませんか? こんなことなぞ、いつものことでしょうが?」
「そうだよなあ、おまえがこうして、魔王クラスのラスボスを、まったく勝負にならずに瞬殺したのは、今回が初めてなんかじゃなく、むしろ毎度のことだよなあ?」
「そんなに誉めないでくださいよ。確かに私めの活躍により、提督を始めとする人類の皆様の敵が、どんどんと滅ぼされていっているわけですけどね」
「別に誉めてないよ! 物事には限度というものがあるだろうが? 下手するとそのうちおまえ自身が、『ラスボス認定』されかねないぞ⁉ 最終的にラスボスは倒してしまうにしろ、少しは苦戦をしている振りくらいはしろよ⁉」
物語(?)的にも、盛り上がりに欠けるだろうが⁉
そのように、(メタ的な面をも含めて)妥当極まりないツッコミを試みるものの、
──ここに来て、文字通りに『絶対言ってはならない』級の、爆弾発言をぶっ込んでくる、僕の僕ちゃん。
「だって、仕方ないではありませんか? 相手が弱過ぎるんですもの」
「──なっ⁉」
こ、こいつ、言うに事欠いて!
「謝れ! おまえがこれまで倒してきた、魔王さんや龍王さんや邪神さんや大魔女さんや死霊術士さんたちに謝れ! ほとんど実力を発揮できないまま、おまえの圧倒的火力を誇る軍艦の主砲によって、不意討ち気味に屠られておいて、文字通り『死屍に鞭打つ』ようにして、『弱い』呼ばわりはないだろ、『弱い』は⁉ そもそも、いくら魔王レベルのラスボスを相手にしているからって、軍艦の艦砲射撃なんかを使うのは、あまりにも場違い過ぎるんじゃないのか? もっとTPOというものを考えてくれよ⁉」
世間一般的に非常に正しい意見を訴えかけていく、他称『提督』の青年。
しかしすぐ側にたたずんでいる少女のほうは、少しも表情を変えること無く、
──更に、とんでもないことを、言い出した。
「むしろこれまで行われてきた『魔王退治』のほうが、よっぽどおかしいのですよ。どうしてラスボスのような強大なる敵に対して、まるで相手の力に合わせるようにして、手加減なんてするのですか? わざわざ別の世界から文字通りの『規格外の力』を有する、人物や集団を召喚すると言うのなら、『自衛隊の通常兵器の逐次投入』等のケチなことを言わず、核兵器で魔族や魔物の勢力範囲を一気に滅ぼせばいいし、さもなければまさしく私のような、少女の身でありながら軍艦の力を持つ、いわゆる『軍艦擬人化少女』を召喚して、軍艦の全力での艦砲射撃を海戦ではなく陸戦に使うといった、たとえ魔王や龍王すらも太刀打ちできっこない、圧倒的な火力で封殺してしまえばいいのですよ」
……うん、確かにその通りだよな。
魔王などという、強大なる『生きた災厄』を討伐するために、わざわざ現代日本等の異世界から対抗手段を召喚するのなら、自衛隊なんかよりも、核兵器のほうが、間違いなく目的が達成できるよな。
……それなのにどうして、これまで異世界から召喚されたチート転生勇者たちって、ラスボス側との間で極力『いい勝負』になるように、あたかもお互いに『手加減』しているかのごとく、どこかの世界の八百長格闘技みたいなことばかりしているんだろう?
──そしてそれは、『軍艦擬人化少女』についても、同様であった。
もしかしたら、「たかだか軍艦一隻分の力を持っていたところで、大したことはないのではないか?」とか、「結局物理的な攻撃力や防御力しか持たないのだから、剣と魔法のファンタジーワールドでは、あまり役に立たないのではないのか?」などと、思われる向きも多いかも知れませんが、大切なことをお忘れなく。
そもそも、『軍艦の力を有する少女』自体が、単なる物理的な存在と言えるでしょうか?
いやむしろ、れっきとした『魔法的存在』──いわゆる、『魔法少女』の一種とも、呼び得るのではないでしょうか?
しかも、普通の少女の小柄な身体の中に、軍艦レベルの攻撃力や防御力をそのまま秘めているなんて、『魔法少女』の中においても、規格外の存在だと思うんですけど?
想像してご覧なさい、『あちらの世界』の旧大日本帝国に所属していた軍艦を、身長三メートルを超す筋骨隆々とした魔王様が、拳で殴りつけている姿を。
……果たして、軍艦側からしたら、ほんのわずかでも、ダメージをこうむりますかねえ?
しかも、軍艦そのものの力を秘めながら、少女の肉体を有するゆえに──すなわち、『足』を有するゆえに、別に海上だけではなく、普通に陸上においても行動可能なので、もしも単独のゲリラ戦なんかに投入すれば、想像を絶する『戦果』を達成することができるでしょう。
もしあなたが、『現代日本』の方なら、考えてみてご覧なさい。
──休日の銀座の無数の人混みの中で、極当たり前のように歩いていた幼い少女が、いきなりその本性を現して、軍艦のフルパワーでの艦砲射撃を、四方八方にぶっ放し始めた姿を。
おそらくは、昨今のWeb小説あたりでよく見かける、『自衛隊対異世界の侵略軍との、八百長的一進一退劇』なんてレベルでは無く、ほとんど大量破壊兵器級の、数千人から数十万人規模の犠牲が生じることでしょう。
──そう僕は、己の勝手な願望のためだけに、下手したらこの世界そのものを滅ぼしかねない、災厄そのものの『怪物』を、召喚してしまったのかも知れなかった。
だかそれでも、『あの時』においては、何としても自分自身が生き延びるためにも、こうするしか無かったのである。